ハックピカソが超有名なのは知ってるけど、そのすごさを言葉にできない人のための、ちょっと変わった現代アート入門
ピカソを知らない人はほとんどいないと思います。あの子どもが書いたような絵を描く現代アートの巨匠。でも、何がすごいのか説明できますか?
ピカソはAI時代の今に当てはめると、そのすごさがよくわかります。『君はリンゴで世界を驚かせるだろう 現代アートの巨匠たちに学ぶビジネスの黄金法則』(飛鳥新社)の著者、ニューヨークで活躍するアートディレクター・ARISAさんに、「なんでピカソってこんなに有名なんですか?」と聞いてみました。
目次
ビジネスマンが学ぶべきピカソの3つの能力
作品数の多さはギネスにも
「ピカソはとにかく作品数が多いことで有名です。ギネスブックにも掲載されています。1日10点もの作品を描いていたとも言われています」
ピカソは絵画作品:1万3,500点、版画作品:10万点、挿絵:3万4,000点、彫刻作品:300点、合計14万7,800点の作品を作ったとされています。
91歳まで生きたピカソ。8歳から描き始めて最期まで作品を作り続けたとされているので、1日平均4〜5点を制作していたことになります。
同じ画家とは思えない変わる力
次に、作品がどんどん変化していくのも特徴です。
「大きく分けて5つの時代があります。「青の時代」「バラ色の時代」「キュビズムの時代」「新古典主義の時代」「現代の時代」。青の時代」以前の子どもの頃にも素晴らしい作品があり、この頃は印象派の絵を描いていました。それも含めると、何度も作風が変わっていることがわかります。それまでの思考を破壊して、ゼロベースで新たな作風をつくっていることです。その度に、本質を見つけ出してきたとも言えますね」
コミュ力高すぎる人気者
3つ目は、芸術家には珍しいコミュニケーション能力の高さ。
「ピカソはプロデューサータイプであり、非常に面倒見が良かった。いろんな人から好かれていました。キュビズムやシュルレアリズムは絵画における新しい手法ですが、一人ではなくブラックと一緒に確立していきました。他のアーティストと力を合わせて時代を作っていくということに長けていました」
人付き合いの良さがそのまま画家としての営業力の高さにつながったとも言えるようです。
ここまでが、ピカソの初級編です。
ピカソは早く、たくさん描けるという生産性の高さに加え、時代の流れに合わせてどんどんスタイルと変えていく適応能力も高く、極め付けはコミュニケーション能力に秀でている、という最強スペックの持ち主だったようです。
カメラ登場で危機的状況からのイノベーション
しかし長いアートの歴史の中でこれらの能力を持ち合わせる作家は他にもたくさんいたはずです。なぜ、こんなにピカソがすごいのか? さらに掘り下げてみました。
ピカソの代表作といえばキュビズム時代の幕開けとなった《アヴィニョンの娘たち》(1907年/ニューヨーク近代美術館)。一度は目にしたことがあると思いますが、スペイン・バルセロナの娼窟を描いたこの絵には、5人の裸婦が不均衡な構図で描かれています。背中を向けながら顔はこちらを向いている。長らく用いられてきた遠近法や明暗法など写実を無視した作品です。
30年後に描かれたピカソの代表作《泣く女》(1937年/テート・モダン)。これもあまりにも有名な作品ですが、一つの顔の中にあっちこっちを向いた3人の女性が描かれている、あの絵です。
ピカソもピンチ「カメラでいいんじゃね?」
キュビズムが生まれた背景には「写真機」の登場がありました。
「カメラが出てきた時に「写真でいいんじゃね?」みたいな感じになったんです。これは画家にとっては危機でした」
この状況はまさに今と同じ。AIが出てきて、さまざまな仕事が置き換えられていく。イラストや漫画も「ChatGPTでいいんじゃね?」と思ったことがある人も多いのではないでしょうか。実際、あらゆるシーンでAI生成されたグラフィックはすでに使われています。
この状況を乗り越えるヒントがピカソにあると、ARISAさんは言います。
「この時代は、アーティストがどんどん新しい手法を生み出しています。ピカソのキュビズムは多様な角度から見たものの形を一つの側面に描くという視覚的実験です。この後に出てくるダリのシュルレアリスムも、どんなに精緻なカメラでも表現できない手法です。シュルレアリスムも幻想的な模写ではなく、無意識から生まれるものを作品にしています」
つまり、キュビズムもシュールレアリスムもカメラでは表現できない手法であり、「芸術とは何か?」を再定義した結果でもあるといいます。
ピカソの3つの能力のひとつ「変わる力」。ピカソは91歳で亡くなるまで作品を作り続けてきましたが、芸術をやり続けながらも、時代に合わせて変化し続けたとも言えます。
「ピカソがすごい」のは、変わらずに芸術作品を作り続けながら、変容できるしなやかさが、ピカソのすごさなのかもしれないと、ARISAさんに教えていただきました。
写真/shutterstock