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自分でできるマーケティング入門これが浪速の商魂? 大阪に一杯「11万円」のコーヒー。常識破りの「値付け」と「値上げ」を科学的に解説してみた

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値付けで悩む人は多い。いくらが適正価格なのか? 競合をリサーチし、ヒアリングし、適正な値付けに落とし込んでいく。しかしよく言われるのが、低めに値付けしてしまう、ということです。何をもって適正価格というのか?について考えてみたいと思います。

プロフィール

外資系IT企業のデジタルマーケティングマネージャー室橋健

顧客関係管理の外資系IT企業でマーケティングマネージャー。

「元祖熟成樽仕込み氷温コーヒー26年物 40cc 、11万円」

先日、大阪府の住宅街、八尾市にある「ザ・ミュンヒ (THE MUNCH)」というコーヒーショップを訪れて驚きました。一杯11万円メニューが用意されていたためです。こんな高額なコーヒーは、東京・銀座の高級レストランでも目にしたことはありません。しかも、ここは東京・銀座でもなければ、大阪・心斎橋でもなく、大阪・八尾という何の変哲もない (といったら失礼かもしれませんが…) 住宅街にある一軒のコーヒーショップなのです。

コーヒー1杯、110,000円のメニューを出す喫茶店「ザ・ミュンヒ (THE MUNCH)」。大阪の住宅街、八尾市にある(撮影/室橋健)


なぜ住宅街で「一杯11万円のコーヒー」を出して、商売が成り立つのでしょうか。この超高額のコーヒーから、値上げとプライシングの科学を紐解いていきたいと思います。


ちなみに私は抽出時間に「1時間」もかかる一杯 4500円のコーヒーをいただきました。雑味、渋みが全くないピュアなコーヒーの味わいと、後味のすっきり感に感動。一緒にいただいたチーズケーキも手作りで、程よく「凍って」いて、コーヒーと一緒にいただくと口で溶けて体験したことのないマリアージュを生み出していました。

1杯4500円のコーヒー
抽出時間に1時間を要する1杯・4500円のコーヒー(撮影/室橋健)

このコーヒーショップ店長の田中さんと1時間以上の「コーヒー談義」をし、コミュニケーションを重ねた最後に田中さんは笑顔でおっしゃりました。


「皆が書いてくれるGoogle Mapのレビューを読むのが毎日の楽しみなんだよ」と。


わたしは、気がついたら★5のレビューをGoogle Mapに書いて投稿していました。このコーヒーショップのGoogle Mapのレビューは2023年7月7日時点で1,456件もあり、★4.9。積もりに積もって、圧倒的な高評価を得ているようです。もしGoogle Mapのレビューを自然に増やすことを望まれているビジネスオーナーであれば、顧客がサービスに大満足したタイミングでそういったウェットなコミュニケーションを「嫌味無く」行うこともオススメです。

「値上げ」と「ダイナミックプライシング」の時代

  • 「自分のサービスの値段がつけられない…」
  • 「原材料が高騰しているから値上げしたいけど踏み切れていない…」
  • 「手数料がもったいないから支払いは現金のみにしているけど、キャッシュレス決済も気になる…」

といった悩みを抱えているビジネスオーナーは多いと思います。これらの悩みはすべて「プライシング」(値付け)。値付けに悩む皆さんに2つのトレンドを共有し、最後に「プライシングの科学」をお伝えいたします。


1つ目は「値上げ」です。帝国データバンクによれば、2023年の1年間の値上げは去年を1万品目上回り、3万5,000品目前後に達する可能性があるとしているようです (テレ東BIZ)。長期にわたって物価が下がるデフレだった日本も、もう原材料や賃金の高騰に耐えられず、大値上げ時代に突入しているといえます。


しかし、これは皆さんにとって新しいチャンスになるかもしれません。「値上げ」よりも「値下げ」だった時代から、「値上げ」が普通の時代になったからです。この「値上げ時代」に合わせて、自身の提供しているサービスや製品を改善・アップデートすることでお客様に喜んでもらえる「値上げ」ができないか。むしろ、大阪のコーヒーショップのように普通の10倍や100倍の値段をつけることができる「規格外」の商品を新しく作れないのか?


そういった思考をすべきタイミングとも言えます。

値上げの成功例

実際に値上げをして成功した事例は数多くあります。わたしの知り合いの整体院オーナーは、思い切って院長の初診料を「2倍の値段」に値上げ。その結果、初診受診の数は減らずに、往診ではその金額が「デフォルト」と認識されたお客様は2枠分の施術予約をして売上向上につながりました。


また、自社サイトで食品や器を販売するビジネスオーナーは、販売商品をすべて「送料込みの価格」にすることで値上げを実施。結果として、顧客が送料の計算をする必要がなくなり、注文率が向上。ネットからの食品および器の販売数と売上が増えることになりました。

2つ目は「ダイナミックプライシング」です。ダイナミックプライシイングとは、お客さまの「ほしい」と思う強さと、ビジネスオーナー側の忙しさや在庫を考慮して、商品やサービスの価格を「変化させる」手法になります。


例えばお盆のゴールデンウィークの飛行機やホテル代金が高額に設定されるのは、ダイナミックプライシイングの一例です。また、賞味期限前のお弁当やお惣菜を20%OFFにして売り切ってしまうことも、ダイナミックプライシイングの例といえるでしょう。


お客様が「ほしい」と思うタイミングに価格を上げ、そうでないタイミングは価格を下げる。そういった調整によって廃棄ロスを最小化したり、売上を最大化することを実現できます。皆さんのビジネスでも需要と供給に合わせて価格を変えることはできないか?価格を柔軟に変えることで、お客様にメリットを提供できないか考えてみてください。

プライシングの科学

ここまで超高額商品をつくる事例と、値上げ、ダイナミックプライシングの基礎をご紹介いたしました。最後に自分の商品・サービスの価格を決める「プライシングの科学」をご紹介いたします。


V = P / C

  • V = Value (価値)
  • P = Performance
  • C = Cost (購入費用、手間、等)

『「価格上昇」時代のマーケティング』の著者である小阪 裕司氏は上記の公式を提唱しています。パフォーマンスをコストで割ったものが、価値になると。そして、お客様にとっての価値が高ければ原価を考える必要はないと言い切っています。わたしもそう考えます。チェーン店のコーヒーで一杯400円のコーヒーは、大阪のコーヒーショップでは11万円にまでなりうる。唯一無二の価値が存在し、それを求めて来るお客さんが存在するかぎり、原価は関係ないのです。


そしてもう1つ大切な値付けのルールを小阪氏は述べています。それは「同業他社と比べない」ということです。他社より少しだけ安く売ろうという価格設定は、大手の企業が行うプライシングのルールです。個人事業主やスモールビジネスのオーナーは、発注量の多さで原価を下げることができる大手企業と同じプライシングをしてはいつまでたっても利益が出ないのです。


皆さんの製品やサービスの価格は、原価率30%で計算した価格でもなく、同業他社の価格から1%安い価格でもなく、「顧客へ提供する価値」から逆算して価格を考えるべきです。そして、ぜひ一杯11万円のコーヒーに習って、「規格外」の値段がする大手企業が提供していない「規格外」のサービスや製品を新たに開発し、提供してみましょう。

「値上げ」とプライシングのまとめ

  1. 大阪のコーヒーショップから学び、顧客が喜ぶ「規格外の商品・サービス」を提供して価格を「100倍」にできないか考えてみる。
  2. 「値上げ」と「ダイナミックプライシング」を導入できないか考え、相性が良ければテストしてみる。
  3. 価格は原価率の計算でもなく、同業他社の価格でもなく、「顧客へ提供する価値」から逆算して決める。
  4. 値付けをもっと深く学ぶ人にオススメの3冊の書籍

『「価格上昇」時代のマーケティング』
『なんで、その価格で売れちゃうの?』
『「値づけ」の思考法』

この記事を書いた人

室橋健
室橋健
顧客関係管理の外資系IT企業でマーケティングマネージャー。慶応義塾大学卒業後、リクルートとベンチャー企業でデジタルマーケティングの仕事の従事。2011年から1年間、中国・北京の清華大学に留学。ホテル暮らしで日本全国を移動しながらフルリモート勤務を続けていたが、2022年春より京都の町家に定住。顧客管理のメモ理論を実践している。

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