みらいのとびら 好きを仕事のするための文章術ビジネスの方向性に悩んでいる人が「自分の売り」を見つける3つの方法
文章のプロ・前田安正氏が教える、好きを仕事にするための文章術講座。第16回は「自分の仕事のウリを見つける3つの方法」についてです。
目次
「あなたの商品・サービスの売りは何?」
ビジネスを始めたのはいいけれど、方向性がわからなくなることは多いですよね。振り返ると僕もそういう時期がありました。
「あなたの商品・サービスは何が売りなのですか」と聞かれて、ウッと詰まってしまいました。大学院で事業構想を発表していたときのことです。
「自分は何をしたいのか」「自分には何ができるのか」ということばかり考えていた時期でした。
入学当初、喫茶店を始めたいと思っていました。そこで集った人たちと話をして、さまざまなアイデアや事業が生まれるといいな、と。ところが、何の実績も経験もありません。そんなときに、同級生から「文章でやるべきだ」というアドバイスをもらったのです。本業を持ちながら、ゼロベースの事業を立てるのは、時間もお金も掛かりすぎリスクが高い、と言うのです。
文章ならじゅうぶんな実績がある。それを生かすべきだ、と言うのです。「なるほど」と思いつつ、「文章の何をサービスにするのか」が見つかりません。新聞社でコラムを十数年書き続けてきたことをそれなりに評価してくれる人もいました。しかし、編集委員や論説委員という肩書・実績の前では霞みます。
なんだか、もうどん詰まりでした。これといって活かせるものがないのです。文章に対するニーズもわかりませんでした。書店のビジネスコーナーを覗くと「文章が上手くなる」「文章がはやく書ける」といった類いの本が並んでいます。上手い文章の定義は何なのか、文章がはやく書けるといいことがあるのか…。僕にはさっぱりわかりませんでした。
自分の売りを見つける方法
① 視点を変える
あるとき、ふと5年ほど務めていたカルチャーセンターのエッセイ教室のことを思い出したのです。受講生は、必ずしも文章が上手くなりたいとは思っていませんでした。はやく書くことを望んでもいませんでした。シニア層が中心の受講生は「自分の思いを家族に残したい」という気持ちが強かったのです。
つまり「上手く書きたい」「はやく書きたい」は、文章を書くことを「目的」とした文章術です。しかし、文章は「自分の思いを伝える手段」です。そうであれば、個人であれ企業であれ、「読み手に伝わる文章」が書けるようになればいいということになります。
幸い、これまでに漢字の字源、文章作法、日本語についての書籍を5冊出していました。ここにもヒントがあるはずだと、再度読み直したのです。
②リソースを洗い出す
そして、改めて新聞社勤めをして得られたリソースを洗い出してみました。
新聞社の編集局は主に出稿、編集、校閲の3部門に分かれています。通常、記者は出稿部門にいて取材し原稿を書きます。編集は紙面のレイアウトや見出しを付け新聞を形にします。校閲は、原稿と紙面の確認作業です。
この3部門すべてを経験した記者は、多くありません。僕は、校閲にいながら特集記事や連載記事を書き、コラムを十数年毎週1本書いてきました。編集にも3年在籍していました。出稿、編集、校閲を経験した数少ない記者の一人だったのです。
③自分の想像やクライアントの要望を書き出す
ここで得た知見を統合すれば、企業のニュースリリースや自治体の広報紙のアドバイスができるのではないか。そして、一緒に仕事ができる仲間を育てられれば、別の形で喫茶店のような「場」をつくることができるのではないか。
そんな妄想をノートに書き出していったのです。
・企業のニュースリリースをわかりやすくできれば、メディアとの接触機会を増やす役に立つ。
・地方自治体の広報をサポートして自治体と住民の橋渡しができれば、地方創生を側面から応援できる。
・これまで出版した文章作法の書籍を見直し、「自分の思いを伝える手段」として「読み手に伝わる文章」をつくる本を出す。
・一緒に仕事ができる仲間を育て、「場」をつくる。
断片的なメモは、頭の中だけで組み立てたものではありません。細々と仕事をしているなかで、次につながる可能性を意識しながら、クライアントから求められるものをメモしていきました。
「自分の売り」を見つけて事業拡張
そして「エッセイ教室」では、受講生が文章にして残したいものを、どう引き出し形にすればいいのかをアドバイスするようにしたのです。何万字も費やして自分史を書くのは負担が大きい、しかし1回800字のエッセイなら取り組みやすい。それを続けていけば自分史になるということを伝えたのです。実際、5年通い続けた受講生は、約120本、9万6千字ほどの作品を家族に残すことができました。立派な自分史ができたのです。
企業での研修も「文章の書き方」から、「クライアントを意識した文章のあり方」「企業がSNSで炎上する理由」など、ビジネスに寄った内容に修正しました。すると、自治体からも話がくるようになりました。そこでは、広報文の書き方だけでなく、文章を直す際の考え方、不快用語の考え方、広報紙のレイアウトなどを盛り込んだのです。
リソースの見直しが必要なワケ
僕の場合、文章を活かした事業を模索するうちに、「文章教室の先生」から「文章コンサルタント」へと姿を変えていきました。「文章の何を売りにするのか」も定まっていなかった状況から、ここまでに4年ほどかかっています。ほとんどが失敗の連続です。
事業は状況に応じて求められるものが変化していきます。そのときに、対応できるリソースを見直して柔軟に組み立て直すことができれば、変化に対応した事業にすることができる、ということを失敗から学んだのです。
もがいていると、奇妙なところからアイデアが浮かんだり不思議な縁がつながったりするものです。そうしたチャンスが来たときに対応できるかどうかがポイントです。普段から意識していないと、自分のリソースに気づかなかったり忘れていたりするからです。
その時その時の思いを綴ったメモは、自分を客観的に見直すことができます。僕はそこから「何を売りにできるか」にたどり着いたのです。
執筆/文筆家・前田安正
前田安正 新刊
『注意ワード・ポイントを押さえれば文章は簡単に直せる!!』
10万部を超えた『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)は、それまで出版した自著を読み直して分析した結果、生まれたものです。次に文章を直すことをテーマにした『注意ワード・ポイントを押さえれば文章は簡単に直せる‼』(東京堂出版)を3年越しで出すことができました。
「マジ文アカデミー」というライティングセミナーを開き、一緒に仕事ができる仲間をすこしずつ増やしつつあります。そしていま、「場」をつくることを目指して、オンラインサロンを立ち上げる準備を進めているところです。ようやく形を変えた喫茶店を開くことができそうです。
関連記事
この記事を書いた人
-
早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。