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独立起業の先輩たちからノウハウを学ぶ〈起業家・宮崎晴美さん/後編〉「フリー広報」の先駆けは、結婚・出産・時短を経て訪れた独立のシフトチェンジ。苦悩が生んだ新ビジネス

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10年前、出産・育児をきっかけに独立した「STORIES Inc.」代表取締役の宮崎晴美さん。当時は珍しかったフリーランスの広報・PRの道を選びました。仕事相手の信頼を得つつ子育てと仕事の両立にも役立つ「必殺技」を聞きました。

 自分の「好き」やスキルを生かして独立するためにどんな準備が必要かを、独立起業の先輩に聞くシリーズ。企業の広報・PRサポートを手がける「STORIES Inc.」代表取締役の宮崎晴美さん(46)の後編です。

 前編では、日本PR協会の「PRアワード」を授賞し、「常に全力でハードワークすること」と「思ったことを率直に伝えること」の両立で仕事相手の信頼を得るというスタイルを身につけたPR大手「プラップジャパン」時代を振り返りました。

 後編では、長男の出産後に当時まだ珍しかったフリーランスの広報として独立した経緯や、仕事相手の信頼を得つつ子育てと仕事の両立にも役立つ「必殺技」、そして仕事に役立つ情報収集術について聞いています。

プロフィール

PR・広報宮崎晴美

(みやざき・はるみ)新潟県上越市出身。STORIES株式会社代表取締役社長。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業後、外資系テレビ局であるブルームバーグテレビジョン入社。その後、国内大手PR会社プラップジャパン、就職人気ランキング常連のTAKAMI BRIDALを経て、2013年よりフリーランスに。2019年、STORIES株式会社(ストーリーズ)を設立し、オウンドメディア編集を含めた広報戦略構築を行う。
先輩起業家Profile

宮崎晴美(みやざき・はるみ)新潟県上越市出身。STORIES株式会社代表取締役社長。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業後、外資系テレビ局であるブルームバーグテレビジョン入社。その後、国内大手PR会社プラップジャパン、就職人気ランキング常連のTAKAMI BRIDALを経て、2013年よりフリーランスに。2019年、STORIES株式会社(ストーリーズ)を設立し、オウンドメディア編集を含めた広報戦略構築を行う。

恋人と別れ意識した私生活とのバランス

 PR大手プラップジャパン社員だった2005年、日本PR協会からPRアワードを授賞した宮崎さんですが、このころ、激務によるすれ違いもあり学生時代から6年間交際していた恋人と別れてしまいます。

「このままじゃ私、仕事はできても結婚なんてできないなぁと。全力で仕事をしつつ、もう少し私生活とのバランスも取りたいと考えるようになったんです」

 2006年には同僚の紹介でウェディング業界大手のタカミブライダルに転職、しばらくして広報マネージャー職に就き、前職に比べると規則的で穏やかな毎日を手に入れます。東京と京都の2拠点に部下を抱え、神社を借り切ってのPRイベントやハワイのウェディング施設・レストランのオープニングなど様々な広報企画に取り組みました。

「リーダーとして、部下とともにチームで仕事する楽しさを知ったのはすごく大きかったです。後に独立してから、ひとりのフリーランスではなく会社を立ち上げようと思ったのも、仲間とチームで仕事をすることが好きという動機があったからこそでした」

結婚・出産・時短を経て訪れた独立の転機

 独立という転機が訪れたのは2013年でした。宮崎さんは、かつてPRアワードを授賞したプロジェクトでクライアント企業の社員だった靖浩さんと32歳で結婚、33歳で出産。産休・育休と時短勤務を経て、長男は3歳を迎えようとしていました。

 当時のタカミブライダルは、子が3歳になったら時短勤務ができなくなる制度でしたが、宮崎さんは会社に「今後も時短勤務を続けさせてほしい」と希望します。

「雇用形態をこれまでの正社員から、一時的に契約社員に切り替えるという条件で時短継続を認めてくれることになりました。自分としてはそれを受け入れ、感謝しつつ契約書に記入していたのですが……」

契約書を見つめながら流れ落ちた涙

 このとき、宮崎さん自身想像していなかった異変が起きます。契約書にあった、「連帯保証人」の欄。ここに夫の署名捺印をもらおうとした時に、宮崎さんの目から涙が一筋こぼれたのです。

「あぁ、男性と女性は違うんだなって、この時はじめて感じました。働き続けるためには変えないといけないことがあるんだなと」

 この涙を目にした夫の靖浩さんは宮崎さんにこう語りかけました。

「無理して会社に所属し続けなくても、自分でやれるなら自分でやればいいんじゃない? 君なら十分やれると思うよ」

 かつて宮崎さんと同じプロジェクトで働いていた靖浩さん。誰よりもハードワークし、自身の意見を周囲に率直にぶつけながらも必ず打開策を見つける宮崎さんの姿を目の当たりにし、その実力を信頼しているからこそ言えた言葉でした。

「フリー広報」、不安裏切る順風の門出

 こうして2013年、宮崎さんは当時まだあまり前例がなかった「フリーランスの広報」として独立します。フリーの広報なんて仕事になるのだろうか--。そんな不安をよそに、自身や夫の知人らから「プレスリリースのライティングを引き受けて」「新しく民間の学童保育サービスを立ち上げるので、広報を手伝ってほしい」といった依頼が次々に入り、仕事が途切れることはありませんでした。

「ほとんどが、過去に一緒に仕事をした人やその知人からの依頼です。これまでの仕事とは規模こそ違いますが、企業が何をやりたいかという思いやサービスの魅力を伝え、人々の行動を促すという広報の仕事は全く同じですね」

信頼勝ち得る秘訣は「即レス」にあった

 独立した宮崎さんを支えたのは、何よりも会社員時代の人脈でした。「ハードワークと、率直に意見を伝えること」で人脈を築いてきた宮崎さんですが、これほど相手の信頼を得るのは他にも秘訣があるのでは?

「仕事をする上で常に意識しているのは『即レス』です。メールなどで仕事相手から連絡があったら、外出先だったり、他の作業をしている最中だったりしても可能限りきちんと回答します。集中しているときや、オフィスに戻らないと対応できないときでも『今外出先なので戻ってから返信します』といった返事はすぐ返すようにします。やっぱり、相手が知りたいとき、熱量があるときにすぐ情報が手に入ったほうが、仕事ってうまくいくと思うんですよね」

仕事と子育ての両立にも効く「必殺技」

 宮崎さんの必殺技とも言える「即レス」は、仕事と子育ての両立にも大きく役立っているそうです。

 現在7社のクライアントを抱え、平日はフル稼働している宮崎さんですが、毎日午後7時には小学生の男児2人のために夕食を用意し、朝は朝食を作って子どもたちを送り出しています。

 これが可能なのは、仕事相手からの問い合わせに即レスすることで仕事が溜まらず、日中だけに業務を集中させることができるからこそだといいます。

「朝10時から夕方6時までは仕事の時間で、それ以外は完全にオフ。オフの時間はよほどのことがない限り、連絡があっても対応しません。午後6時には完全に仕事を終えて夕食の支度をしながら大好きなお酒を飲み始め、10時には寝るという生活サイクルです」

 即レスは仕事相手の満足度を高めるとともに、自身のオンオフ切り替えにも役立っているようです。

子育てはできあがった世界を壊すチャンス

「仕事と子育ての両立は大変」「子育てはつらくてきつい」--。宮崎さんはそんな世間の「前提」にも疑問を持っているそうです。

「人って、子どもの頃はいろんな家庭出身の子が一緒にいるのに、高校、大学、就職--とだんだん周囲に自分と均質な人間が集まるようになると思うんです。でもママ友って、同じ時期に子どもを持っているという共通点はありながらも、いろんなバックグラウンドの人どうしがつながれる。いったんできあがった自分の周りの世界をガチャッと壊せるチャンスなんです」

異質さに触れ世の中の風潮を肌感覚で知る

 宮崎さんはツイッターなどでの情報収集でも、有名人や実績を残した人に限らず、一般の人でも「この人おもしろいな」と感じる人や「自分とは異質な人」の意見を読むよう心がけているといいます。

「ママ友との交流もそうですが、自分と違う属性や価値観を持つ人とふれあって、何がどう違うのか、それはなぜなのかと分析することで、世の中の風潮とか空気感を、肌感覚として知ることができる。広報戦略を立てる上で、アイデアの源泉になります。私自身、特定の属性にはまってしまわず、いろんな考え方に染まれる一つの『媒体』であり続けたいと考えています」

前編はコチラです

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この記事を書いた人

華太郎
華太郎経済ライター
新聞社の経済記者や週刊誌の副編集長をやっていました。強み:好き嫌いがありません。弱み:節操がありません。

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