社会人大学院で学び直しをしたワーママ3人。会社での評価は上がったのか、下がったのか?
「働きながら×子育てしながら×リスキリング」。ハイブリッド、ハイスペックな印象を受けるがが、リスキリングの何が働く女性たちを駆り立てるのか? なぜ3足目のわらじを履いてまでリスキリングをするのか? リスキリングの先にどんなメリットがあるのか? リスキリングを体験した働く女性3人に話を聞いた。
目次
自分のために行ったリスキリングが評価につながった
リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、 必要なスキルを獲得する/させること」。リスキリングをすることで、今の仕事をより発展させた仕事ができるようになったり、周りから評価されるようになったり、別の仕事にかかわれるようになるのだ。
今回お話を伺った3人の女性たちはそれぞれ、リスキリングが自身の仕事に大きくプラスになっている。
「今よりもっと責任のある仕事がしたい」「子育てを優先できるような仕事に就きたい」「今の仕事をライスワークに、ライフワークとして別の仕事を始めたい!」など、女性たちの思いは様々だ。しかしどんな立場であっても、リスキリングで新たな仕事や今の業務に必要なスキルを取得できるとすれば、それは働く女性たちにとってもプラスになるに違いない。
しかし、リスキリングは現在、まだまだ社会に浸透していないように感じている。
大多数の人にとってリスキリングはまだ自分事になっていない。特に働く女性にとっては日々の仕事と生活をやりくりするので精一杯になりがちだ。また、リスキリングの際の会社の支援や、リスキリングを評価に組み込んでいる会社はまだまだ少ないことも、リスキリングが自分事にならない理由の一つのように思う。
でもリスキリングが、もっと自分の仕事の価値を高めたり、認めてもらう手段になると分かれば、もっとリスキリングが身近に感じられるのではないだろうか?
社会人大学院に実際に進学した働く女性たちへのインタビューをもとに、女性がリスキリングすることのリアルに迫っていきたい。
実例①突破口を求めた大学院で希少価値が
ITコンサル企業勤務の吉田美穂さんの場合
ITコンサルタントとしてフルタイムで働きながら大学院に進学した吉田美穂(仮名)さんは、
「将来のために大学院へ、なんてことは全く考えていませんでした」という。
エンジニアからITコンサルタントになった吉田さんだったが、ビジネスとITの間をつなぐ何かが必要だとこの仕事を始めたころから思っていた。しかし、ITの仕事だけをしていると、ビジネスのことを経験したり勉強する機会はほとんどない。そのうえITスキルを重視する会社からはなかなか評価されず、悶々とキャリアに悩む日々が続いていた。
そんな吉田さんが大学院に進学するきっかけとなったのは、その後恩師となる大学院の教授との出会いだ。育休中に参加した教育関連のイベントで出会ったその教授が、元ビジネスコンサルタントであり、大学院ではビジネスマネジメントを教えていると聞き、「これだ!」と思ったそうだ。
「大学院に行けば突破口が開けるかもしれない、と思ったんです」
会社側の対応は”仕事に支障がなければ問題ない”
当時、フルタイムで働きながら大学院に進学することは、育児休暇同様に前例がなかった。創業して間もない会社だったから無理もない。会社としては「仕事に支障がなければ問題ない」という反応だったそうだが、そのスタンスは10年近く経った今でも変わっていないそうだ。
この調査が行われた2016年の時点において、”企業の状況④(大学等の受講支援の有無)”によれば、7割以上の企業は会社としての支援を行っていない。少しずつでも支援を行う企業が増えることで、大学院での学びのハードルが下がるのではないだろうか。
大学院での学びが、希少価値を上げたことを実感
吉田さんの仕事そのものは、MBAの知識がなくても全く困らない。しかし知識として、お客様の企業がどういう事業成果を求めていてどういう方向性で進めているのか、お客様のビジネスの状況を踏まえたうえでITの話をしないと上手くいかないのだという。ビジネス戦略の手段としてITは使われるそうだが、手段にだけフォーカスしてしまうと、方向性がずれてしまうというのだ。
大学院でビジネスマネジメントについて学んだことで、お客様の想いやビジョンを理解したうえでエンジニアとITの活用方法を相談できたり、ビジネスしか知らない人にも伝わるような文脈でITの話ができたり、学んだことが生きてくる場面がたくさんある、と吉田さんは言う。
「希少価値が上がったな、っていう実感があります」
企業の中長期戦略も読みこなせるようになったことは、仕事に大きな変化をもたらした。担当レベルよりもっと上位の視点で会話ができるようになったのだ。
大学院に行く前は課長クラスの方たちと打ち合わせていたことが、大学院に行った後は3段階ぐらい上、役員クラスの方たちと話ができるようになり、仕事がよりスピーディーに、より面白くなっていったそうだ。
お客様から評価されたことで、風向きが変わった
そんな吉田さんの働きをまず評価してくれたのは、お客様だった。「ITとビジネス両方の視点を持っている人」ということで評価される場面がすごく増えたのだ。社外からの評価を目の当たりにして、会社の吉田さんへの評価も少しずつ変わってきたという。
女性が出産した後も働き続けるということについての会社の対応は「やっと一定の認知がされるようになったぐらい」だと吉田さんは言う。ましてや、働きながら大学院に通うことについてはまだまだだ。
しかし、吉田さんがお客様から評価されるようになり、それが大学院での学びによるところが大きいことも確かだ。それだけの成果を上げているのなら、企業側としてももっと積極的に取得させることを考えてもよいのではないだろうか。
今の本業をやり切ったら、今の副業を本業に
現在、大学院での学びを経て、キャリア的にも積み上げてきたものが認められ、ようやく本業が実を結ぼうとしている。やり切ったと思えるところまでやって、成果を形にしたいと思っているそうだ。
「今の本業をやり切ったら、今の副業を本業にしたいんです」
大学院への進学は、本業のみならず副業にも大きな影響を与えている。副業として行っているのは、大学院での研究をもとにした子どものプログラミング教育サービスだ。
大学院でアイデアを形にしてお金にするやり方を学んだことも後押しし、「自分でもやってみよう!」とワークショップとしてサービスを提供する道を選んだ。しかしコロナ禍の間はワークショップを中断していたこともあり、現在はサービスを書籍化するための学びに全振りしている。
今は大人の学びなおしが盛んに言われているが、吉田さんがキャリアに悩んでいた当時、大学院に行くという選択肢があるなんて、知らない人も多かったに違いない。その選択肢を発見したのは、ひとえに吉田さんの行動力のたまものだ。その行動力で本業をやり切り、副業を本業にする日はすぐそこまで来ているに違いない。
実例②大学院で考え方の土台をつくる
大手企業で経営企画部門勤務の小林貴子さんの場合
「大学を卒業したころから、いつか大学院へ、という気持ちはありました」という小林貴子(仮名)さんは、大企業で経営企画を行うポジションにつきながら大学院に進学した。
小林さんは、大学院の前にも様々な学びなおしを行っている。
育児休暇中には、大学の履修科目である法学部で学んだ内容をアップデートしようと法学部に通ったり、会社の実務を他にも生かそうと中小企業診断士をはじめとする資格を取得したりと、eラーニングや短期間のコースで学んだそうだ。
「スキルをさらに高める学びは毎年何かしらやっています」
大学院への進学は、それとはまた違う学びだという。
「地になるというか、違う角度から考えられるようなことをしたくて」
システムデザインマネジメントという、経営企画という仕事には一見全く関連のない分野を専攻したのだ。
会社側の対応は”仕事に支障がなければ問題ない”
会社側の対応は、吉田さんと同様に「本業に影響が出なければ、大学院に進学しても問題なし」。大学院進学に際して補助も評価もしない代わりに、仕事以外の時間にはなにをしてもOKというスタンスだ。
2016年の時点において、”学び直しに関する大卒社会人の意識③”によれば、社会人で大学院に進学する目的は、現在の仕事を支える広い視野を得る学びが最も多い。
世の中の仕組みは今、ますます複雑になっている。それをどう解決していくかの学びは、考え方の土台になるに違いない。そういった学びを自ら行う社員を増やすためにも、補助や評価について、いま一度見直す時期が来ているのではないだろうか。
大学院で得られたのは、かけがえのない仲間
「大学院は研究するところ」と多くの人は入ってから気づくそうだが、小林さんもそうだった。
授業は毎日あったが、それ以上にグループワークがたくさんあり、メンバーが一丸となって成果物を作らないといけない。当時はまだオンラインシステムも今ほど整っておらず、リアルに集まる必要があった。様々な人がいる社会人大学院では、みんなの時間を合わせるのが一番大変だったそうだ。
同じ研究室のメンバーとは常に励ましあい、悩みながら研究し、論文を書いた。1人でコツコツやるのはなかなか難しいが、仲間がいれば頑張れる。
「大学院で得られたのは、戦友と言えるような友達ですね(笑)」
今でも定期的に会い、お互いに刺激をもらっている。
直接関連のない学びが、仕事に生きることを実感
もちろん、大学院で得られたのはそれだけではない。
システムデザインマネジメントという学問は、「これからの社会人に必要な学び」だと小林さんは言う。システムデザインマネジメントを研究したことで、今までなんとなくできていたことを意識して可視化・言語化するようになったことは、小林さんにとって大きな財産だ。
可視化によりいろいろな角度から仕事を見られるようになったり、言語化により自分の仕事を他の人にちゃんと説明して渡すことができるようになったりと、経営企画という仕事にも大いに役立っているという。
経営にかかわり、女性の声を活かしたい
現在、小林さんは大企業にてフルタイムで働きつつ、中小企業診断士としても活動している。また、経営に関しても本格的に勉強をはじめた。経営関連のコミュニティに属して様々な話を聞いたり、つながりを作る活動も行っている。
「経営には女性が関わったほうがいいと思っているんです」
会社の組織はピラミッドからだんだんフラットな組織になりつつあるというし、様々なコミュニティ運営の多くはフラットな形態のチームで行われている。小林さんの大学院での研究は、きっとそこでも活きてくるに違いない。
経営層の女性はまだまだ少ない。だからこそ経営にかかわり、女性の声を経営に生かす活動をしていきたい、と小林さんは言う。さらに必要な学びを続けていくことで、小林さんは次のステップを目指している。
実例③「声」ためにドクターを目指す
コミュニティスペースを運営する宮本綾さんの場合
宮本綾(仮名)さんは教育学部の芸術系学科を卒業後、大学院修士課程まで進学している。しかし教えることに興味を持てず事務職で働いていたころに、たまたま参加した地域イベントで衝撃を受けた。100人以上の初めて会った人たちが、自分の意見をどんどん話し出し、議論が活発になっていくのを目の当たりにしたのだ。
「なんだこれ?すごい!って思ったんです」
それがファシリテーションとの出会いだ。その力に興味を持ち、正社員として地方都市で働きながら、夜はファシリテーションの講座に2年間、都内までほぼ毎日通った。15年ほど前の話だ。
「ファシリテーターとして様々なワークショップを運営したい!」
自分のやりたいことは明確になったが、当時はまだほとんどの企業が副業禁止だった。そこで宮本さんは、様々なイベントの実行委員として運営に参加することで、自分で企画するやり方を学んだそうだ。
そんな時に起きたのが、東日本大震災。「これからはやりたいことをやろう」と、退職してフリーのファシリテーターの道を選んだ。
子ども食堂運営で知った「子どもの貧困問題」を何とかしたい
地域を活性化するプロジェクトにかかわることになり、そのご縁で一軒の空き家を使わせていただけるようになった宮本さん。コミュニティスペースとして整え、始めたのが子ども食堂だ。
「まずはみんなでご飯を食べるところから、と思って」
今でこそ多くの地域に子ども食堂があるが、当時はまだ珍しく、宮本さんのお住いの県では初だった。そんな宮本さんは、子ども食堂の背景にある子どもの貧困問題を、こども食堂を始めてから知ったそうだ。そして自分が当事者だったかもしれないことも、その時に気づいた。
貧困は選択肢を狭めるそうだ。例えば県外の大学は最初から選ばない、というのもその一つ。宮本さんもまさにそうやって大学を選んでいたし、言われてみれば思い当たるふしがいくつもあった。
また、子ども食堂にくる人たちにも様々な人たちがいる。そこで気づいたのが、楽しそうに子育てをしている人と、辛そうな子育てをしている人がいるということだ。
「そのギャップが謎だったんです」
自分になにかできることはないかと考えていたところに、地元の大学院の大学院生募集を知って、飛びついたのだ。
学びと仕事がリンクする醍醐味を実感
大学院では社会学系のゼミに所属し、母親の就労と育児の関連性について研究を始めた。また、これまでの論文や国の統計データを調べると、わかることがたくさんあるそうだ。これまで子ども食堂を運営してきて肌感覚では分かっていたが、統計データを調べることで、その根拠となるデータや社会的状況が分かってきたという。
「その研究成果をもとに、コミュニティスペースでお母さんをサポートするプロジェクトを立ち上げたんです」
学んだことが丸ごと自分の仕事に直結し、対象となるお母さんたちのための活動になり、自分自身にも新しい仕事を生み出している。これこそ、学びと仕事がリンクする醍醐味ではないだろうか。
博士号を取って、世の中へ発言できる力を
修士課程を終え、今年度から博士課程に進んだ宮本さん。博士課程に進んだのは、
「マスターを出ただけでは、社会を変えられないから」
なのだという。実は引用できるのは博士論文以上であり、修士論文は引用してもらえない。たとえ新しいことを見つけても、修士論文では世の中に還元される新しい知恵にはならないことに気づき、マスターでは終われないと思ったそうだ。
ドクターを取るまでにはまだまだ道は険しいが、宮本さんは勉強するのがとても楽しいという。
「自分の限界はまだまだこれからだって思えるんですよ」
社会人になると、自分で勝手に自分の限界を決めてしまいがちだけど、大学院に行くと世の中の広さに気づくことができる。自分にもてる希望の大きさに制限がなくなるのだそうだ。
これからの博士課程で、「これは私が最初に気づいたこと、発見したことだ!」と確信を持てるものを見つけ、論文にしたため、世の中を変えていく。宮本さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
大学院でのリスキリングは、仕事の価値や評価につながるか?
吉田さんも小林さんも、大学院では仕事に直結する学びを行ったわけではない。しかし、学んだことがしっかり本業に反映された結果、吉田さんは「担当レベルよりもっと上位の視点で会話ができるようになった」と仕事の価値を高めることに成功しているし、小林さんは「今までなんとなくできていたことを意識して可視化・言語化するようになった」ことで、仕事の質を高めることに成功している。
宮本さんは逆に、仕事で生まれた疑問を解決したくて大学院に進学した。大学院修士課程で学んだことをもとに、早くも新しいプロジェクトを立ち上げている。大学院での学びが、仕事に還元できているのではないだろうか。
仕事の向上に伴い、彼女たちの仕事の評価は上がったに違いない。特に吉田さんの、お客様からの評価を得られたことで会社からの見方が変わったというのはすごいことだ。大学院での学びは、たとえ仕事に直結していなくても、仕事の価値や評価につながると言えるだろう。
また、3人とも学びをとても楽しんでいる。「学ぶことが楽しい」という気持ちこそが、学びを続けていく最大のモチベーションなのだ。
リスキリングと仕事のリアル、いかがだっただろうか。
吉田さんも小林さんも、仕事に直結する学びをしたわけではないが、仕事に大いに役立っているのが興味深い。一通りスキルはあるがもう一段高い目線で仕事をしたいと思ったときや、キャリアに悩んで何か突破口を見出したいとき、大学院への進学はとても有効であると言えそうだ。
または宮本さんのように、仕事での疑問点が明確であれば、それを解決するための学びを行うことで、新たな仕事を生み出すこともできるに違いない。
社会人が大学院で学ぶということは、私たちの世界を広げ、その世界をより自由に動けるようになるためのメインルートの一つだ。やってみたいことがあるなら、チャレンジする価値はある。
あなたの新しい一歩を踏み出すために、大学院でのリスキリングを検討してみてはいかがだろうか。
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この記事を書いた人
- 知りたがりのやりたがり。エンジニア→UIデザイナー→整理収納×防災備蓄とライターのダブルワーカー、ダンサー&カーラー。強み:なんでも楽しめるところ、我が道を行くところ。弱み:こう見えて人見知り、そしてちょっと理屈っぽい。座右の銘は『ひとつずつ』。