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人生を変えるI amな本あの文豪・谷崎潤一郎が教える文章術が今も目からウロコ。わかりやすい言葉で、品よく、言いたいことを伝える!

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昭和時代に活躍した大小説家が著した、文章術の不朽の名著『文章読本』。1 世紀近く前に書かれたとは思えない、古くて新しい文章上達の秘訣をあらためて紹介。

公教育では、あまり教えないことの裏返しか、日本では古くから文章術の指南書が出版され、読まれてきました。


数えたことはありませんが、2021 年に刊行の『「文章術のベストセラー100 冊」のポイントを 1 冊にまとめてみた。』(日経 BP)というのがあるくらいですから、100 冊を超えているのはたしかです。


今回紹介する一冊は、そうした本の中でも先駆けとなる、『文章読本』です。1934 年(昭和 9 年)に中央公論社より発刊され、以後版を重ねたロングセラーで、著者は昭和の文豪・谷崎潤一郎です。

文章術の要は言いたいことを明瞭に伝えること

著者は冒頭で、文章には、「実用的な文章」と「藝術(文芸)的な文章」の 2 種類がある―と、われわれがよく勘違いしている点を指摘します。


実は、そういう区分けはないのです。


『痴人の愛』『細雪』など、文学史に残る作品を書いた大作家から、このような言葉が出てくるのは意外でしょう。


著者は次のように続けます。文章の要とは、「自分の心の中にあること、自分の云いたいと思うことを、出来るだけその通りに、かつ明瞭に伝えること」だと。


明治時代には、いかにも芸術的な「美文体」という文章スタイルがあったそうです。それは、荘厳で格調高い、読むのも難しい漢語をつらねて書かれた文章であり、著者の少年時代は、作文の教室で美文体を叩きこまれたそう。


著者は、美文体を現代人が使うのは、「あまりに装飾が勝ち過ぎて」不便であり、使用をすすめていません。また、志賀直哉の『城の崎にて』を引用しながら、小説ですら必要なのは、「簡単な言葉で明瞭に物を描きだす技量」であって、いかにももったいぶったような文章を書く能力ではないと説いています。しかし同時に、「最も実用的に書くと云うことが、即ち藝術的な手腕を要するところ」とも記しており、実用的に書くことは、実は容易なことではないとほのめかされています。


別の章でも、説明過多な饒舌すぎる文章は、品格を欠きがちだとも書いています。これは明治維新以降にどっと移入してきた英文の書物の影響だそうですが、すべてクリアに書き切ってしまうのは、日本人の伝統精神にそぐわないと著者は喝破しています。だからあえて、「あまりはっきりさせようとせぬこと」。これが品のよい文章であり、その点を重視することも強調されています。

たくさん読んで実際に書いてみる

文章術の本はなんであれ、その上達法が内容の中核となるでしょう。本書も、ズバリ「文章の上達法」いうタイトルで丸一章が割かれています。


そもそも、うまい文章・名文とはどんな文章を指すのでしょうか? 著者は次の二つの条件を満たすものが名文であるとしています。

長く記憶に留まるような深い印象を与えるもの何度も繰り返して読めば読むほど滋味の出るもの(本書 83p より)

では、こうした文章を書けるようになるには? これも簡潔に次のように記されています。

出来るだけ多くのものを、繰り返して読むことが第一であります。次に実際に自分で作ってみることが第二であります。(本書 89p より)

つまり多読と実践のすすめです。もう少し具体的に言うと、昔から名文と言われるものを数多く、繰り返し音読する。それも暗唱できるくらいまで。やがて、文章に対する感覚が磨かれてきて、名文を味わうことができるようになります。ここまでくると、自身が書く文章についてもセンスが高まり、自然とうまい文章を書けるようになるそうです。

用語の選択眼なくして文章力は上がらない

文章を書く難しさの一つに、たくさんある用語・表現の候補から、どれをセレクトして一文に組み込むかというのがありますね。


例えば、代々木公園を「散歩する」のか、「散策する」のか、あるいは「そぞろ歩き」するのか?


「意味はどれも一緒」とみなして、適当に決めてしまうのもありかもしれません……。


でも、その決め方に対して著者は、「言葉や文章に対する皆さんの神経が遅鈍なのでありますと」と手厳しい。

たしか佛蘭西(フランス)のある文豪の云ったことに、「一つの場所に当て嵌まる最も適した言葉は、ただ一つしかない」と云う意味の言がありますが、この、最適な言葉はただ一つしかないと云うことを、よくよく皆さんは味わうべきでありまして、数箇の似た言葉がある場合に、孰れでも同じだと思いになるのは、考え方が緻密でないのであります。(本書 104p より)

この「最も適した言葉」を見定めるスキルは、よい文章を書くための必須の要件。これなくしては「良い文章を作ることは出来ませんと」とまで断言されています。


一つのヒントとして、用語選択の基準がいくつか提示されています。その第一が「分かり易い語を選ぶ」。いくつもの候補から迷ったときに、一番平易な言葉を吟味するのです。これで違和感なくしっくりくるのなら、それがベストの選択になるでしょう。『文章読本』が書かれた当時は、あえて難しい用語を使う風潮が知識人界隈にあったそうで、それを諫めたアドバイスでもあります。


もう一つは、むやみやたらと新しい言葉(新語)を使わない。極力、数十年前から使われている言葉を用い、どうしても表現するのが難しい場合に初めて新語を使うようにする。さらに、新語以上に注意したいのが造語で、よほどのことがない限り、造語を編み出して使うのは避けるようにとも。


このように本書は、100 年近く前に書かれたとは思えないほど、新鮮味ある文章術の名編です。文章力を本気でアップさせたければ、一度読んでみるといいでしょう。

『文章読本』(谷崎 潤一郎著/中央公論新社)

この記事を書いた人

鈴木 拓也
鈴木 拓也
都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。

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