ChatGPTには書けない、自分らしい文章術・超入門ChatGPTに依存する前に知っておきたい、自分で文章を書いて得られる3つの効果
文章のプロフェッショナル・前田安正氏が教える、AIが主流になっても代替えのきかない「書く力を身につける」文章術講座。第1回は「自分で文章を書いて得られる3つの効果」についてです。
プロフィール
未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長前田安正
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主催しています。
文章が下手と悩む人のための超文章入門。生成AIが当たり前になった今だからこそ、ChatGPTには書けない、自分の言葉で文章を書く力を身につけたい。朝日新聞社の元校閲センター長で、10万部を超えるベストセラー『マジ文章書けないんだけど』の著者・前田安正氏による文章術講座。今回は「自分で文章を書いて得られる3つの効果」を教わります。
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目次
なぜ文章を書かなくてはならないのか?
ChatGPT(生成AI)が、日常生活に溶け込みつつあります。そうした状況を受けて「文章は、もう自分で書く必要はない」という意見も出てきているとか・・・。
ちょっと、待ってほしい。ことばや文章で幸せをつかんでほしいと願う僕は、そういう意見にちょっと抵抗したいのです。ですから、「なんで文章を書かなくてはならないのか」という根本のところから、連載を書き始めていこうと思うのです。
「ほらほら、そういう上から目線っぽいスタンス。だから文章は面倒なんだよなあ」と思ったあなた、5分だけお付き合いください。
いや、3分だけで結構です。
結論から先に言います。
文章なんて書かなくても生きていけます。
それは、本を読まなくても生きていけるのと同じです。
本を読まなくても、勝手に情報は入ってくるし、文章もChatGPTのような生成AIが勝手に書いてくれる世の中です。何も苦労をして文章を書く必要はないのです。
ありがとうございました。これで、お話は終わりです。終わりでいいはずなのです。
ところが、「自分の文章」を書きたいと思っている人は、存外多いらしいのです。ある出版社の編集者に聞いたところ、これだけ本を読まなくなっているのに、文学賞の応募は年々増えているのだそうです。確かに僕の周りでも「本を出したい」という経営者仲間が多い。
これは一体どういうことなのだろう、と思うのです。
効果①:自分の意思で動く回数が増える
少し、視点を変えます。
僕たちは日々、能動的に選択したり行動したりして過ごしているわけではありません。
朝起きて、会社に行って仕事をし、時間になって家に帰り、あっという間に一日が終わります。その時々、自分の意思を働かせることがあるものの、なんとなく周りの動きに合わせている自分がいます。だからと言って、特に不満があるわけではありません。それは、案外幸せなことなのかもしれないからです。
ところが、あるとき「このままでいいのか」「何かしなくては」と考えて、妙に焦りを感じてしまうことがあります。将来像が描けなかったり、自分の存在意義について考えてしまったりします。流れに身を任せてゆるゆる生きればいいのに、そうもいかない自分を見つけたとき、「何かを選択しよう」とします。
僕自身、高校から大学時代に、どこにぶつけていいのかわからない憤懣やるかたない気持ちを持ち続け、「ここではないどこか」を求め続けていました。
40歳ころになって、仕事は面白いものの、会社の付属物としての存在であり続けていることに疑問を持ち始めました。
思春期も壮年期も「流れされている自分」に憤りを感じていたのです。
僕はそうしたときに、ひたすら本を読み、ノートに文章を書きなぐっていました。
問題を解決しようと思って、本を読んでいたわけではありません。何を読んでいいのかわからないので、書店で格好いい装丁の小説を買っていました。そうすることで、一人の時間を持ちたいと思っていたのかもしれません。まあ、逃避の類いです。
ノートに書きなぐった文章も人に読ませる目的のものではなかったし、それで上手く書けるようになったわけでもありません。いま読み返しても恥ずかしいお粗末な文章です。所々、本を読んで気に入ったところを書き写したものもあります。
自分の意思で何か行動しようにも、何から手を付けていいかがわかりません。そんな時は、書店に行って本を探す、ノートにペンで書き記す。取り敢えず自分の意思で行動することを心がけたのです。パソコンやネット販売に頼らず、自分の手と脚を使って動きました。
効果②:チャンスに気づく
それで結局、何をしていたのかというと、「無意識を意識していた」のです。ちょっと難しい表現ですね。
なんで「流されている」のか。愚にも付かない文章を書きなぐっていたあるとき、ふと無意識のうちに周囲に合わせて行動していたからだ、ということに気づいたのです。それで無意識の行動をいったんやめて、無意識を意識しようと思ったのです。
なぜ中学・高校時代に、親や学校の先生の意見にあらがえなかったのか。なぜ会社という組織から自由になれないのか。その時々の選択ではあったものの、何となく周りの動きに合わせた「無意識」の行動が、根っこにあったのではないかと思ったのです。
「無意識」のまま生きて問題がなければ、それでよかったのかもしれません。
それこそ、文章を書く必要がなければ書かなければいいし、本を読む必要がなければ読まなければいいだけです。情報は意識せずともChatGPTが生み出し、スマホを経由して勝手に入ってきます。そうして届けられたものを「無意識」のまま受け入れればいいのです。
ところが「無意識」を意識したとたん、様々な理不尽と向き合わなくてはならなくなります。
「不安」「不満」「不足」「不確か」「不都合」「不具合」・・・。
「何とかしたいんだけれど、どうしたらいいのだろうか」
もし、あなたが運悪く?「無意識」を意識してしまったら、恐らく同じような壁にぶち当たるはずです。ところが、「無意識」を意識することは、人生の問題だけでなく、ビジネスにも共通する考え方でもあるのです。
「不安」「不満」「不足」など、「不」のつくことばは、普段感じながらもそれを「無意識」に流すことができます。
しかし、「不」をどう回避し、その先につなげていくかが人生であり、それを解決するのがビジネスです。つまり「うまくいかない=理不尽」こそが、チャンスでもあるのです。ここに気づくまでに、かなりの時間がかかってしまいました。気がつけば齢50に手が届かんとしていました。
効果③:「観察」「思考」「表現」が磨かれる
先に書いたように、文学賞の応募が増えているのは「理不尽」や「不」を意識している人が増えているからかもしれません。そして文章でそれらを昇華させようとしているのだと思うのです。
文学賞まではいかなくても、文章は自己表現の手段です。経営者も書くことによって、自らの事業やその考えを表現したいのです。
これまでの生活にどこか違和感を持ってしまったあなた、そして「無意識」を意識してしまったあなた。チャンスです。それこそが希望への第一歩です。
あなたが感じる「理不尽」や「不」をメモしましょう。断片的なことでいいのです。借り物ではないあなたのことばを使って、書いてみましょう。「意識」したことをエネルギーとして「無意識」を掘り起こしていけばいいのです。それがあなたの自己表現になるからです。
「無意識」を掘り起こすということは、それまで見えなかったものを見ることです。それが「観察」です。「観察」によって、掘り起こされたものをひたすらメモに残します。
無意識を意識したところから生まれるモヤモヤこそが、「思考」です。メモも溜まっていけば、何らかの形を示してくれます。それが「表現」です。
「観察」と「思考」があれば、「表現」は、自然にこぼれ落ちてきます。
文章を書かなくても生きていけます。しかし、何らかの「不」を抱え、それを乗り越えていこうと思うのであれば、ノートを開いてペンで、「理不尽」と思うことを1行書いてみてはいかがですか?
文章なんて、そんなところから始めればいいのです。
執筆/文筆家・前田安正
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この記事を書いた人
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早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。