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タイトル独占の藤井聡太八冠は「独占禁止法違反」!? 働く人が知っておきたい独禁法のお話

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働く人が知っておきたい経済のお話。今回は将棋界のタイトルを独占した藤井聡太八冠と、「独占禁止法」の関係についてです。夜の街では(昼のオフィスでも?)「藤井八冠、独占禁止法違反じゃないか」という親父ギャグが飛び交っているようですが、この記事を読めば藤井八段ではなくあなた自身が独禁法違反を犯すリスクを避けられます。

これまでに竜王、名人など七冠を手にしていた棋士の藤井聡太さんが11日、ライバルの永瀬拓矢さんが保持していた王座を獲得し、見事将棋界の8大タイトルを独占しました。八冠独占のニュースに、「独占禁止法違反じゃないか」というおじさんギャグを口にした人、みなさんの周りにはいませんでしたか? 長年、新聞社で経済記者をやってきた筆者はついつい頭の中にそんなつまらぬ考えがよぎってしまいました。

独占禁止法(独禁法)は、みなさんが普段仕事を進めたり、消費者として生活したりするなかで、実はなかなか深い関わりがある法律です。気をつけないと藤井聡太八冠ではなく、あなた自身が独禁法違反になってしまうことも。ということで、藤井聡太八冠のタイトル独占と、独占禁止法について考えてみたいと思います。

将棋では称賛される「独占」がビジネスではNGなわけ

独禁法は、市場が少数あるいは単独のプレイヤーによって独占され、市場から競争がなくなってしまうのを防ぐことを目的にしています。

まず最初に身もふたもないことを言いますが、プレイヤー同士が実力をぶつけ合うスポーツなどの勝負事で、実力者がタイトルを独占することはただただ称賛されるべきことであって、独禁法とはまったく関係ありません。これから藤井八冠のタイトル独占と独禁法を絡めた記事を書くのは、偉業にけちを付けるものでもなんでもなく、あくまで頭の体操であり、みなさんのビジネスの参考にしていただくための試みとご理解ください。

ではそもそも、スポーツの世界では称賛される「独占」が、ビジネスの世界では規制されるのはなぜでしょうか。例えば、高品質な商品を、驚くような低価格で販売する「A」という小売店があったとします。Aは顧客の支持を背景にどんどん店舗数を増やし、やがてライバルだった「B」や「C」を買収し圧倒的な存在に。最後まで競争を繰り広げてきた「D」もついに倒産に追い込まれ、業界はA一色に染まったのでした――。

世の中の小売店が、高品質な商品を驚きの低価格で提供するAばかりになったら、消費者はみんな幸せになるからハッピーエンドじゃないか……と考えるのは、あまりにもお人好しです。競争相手が誰もいなくなり、自分で自由に価格を決められるようになったAは、当然ながら利益を削ってまで安売りなどしません。それどころか、どんなに高い値段を付けても消費者はAで買い物するしかないのですから、値段は上がり、サービスの質は下がる一方。結局の所、不利益を受けるのは消費者なのです。

競争がなくなれば、サービスは低下する。だから、多少市場に介入してでも競争を維持する。それが、独禁法の基本的な考え方です。勝負事の世界では、藤井八冠のようにタイトルを独占するスーパースターはファンを熱狂させてくれますが、ビジネスの世界で「独占は消費者にとって不利益」なのです。

藤井八冠は「優越的地位」ではあっても「濫用」はない

独禁法は、主に次の七つの行為を規制しています。中学校や高校で習ったのを、覚えている人もいるかもしれません。

  • 私的独占
  • カルテル
  • 入札談合
  • 共同の取引拒絶
  • 再販売価格の拘束
  • 優越的地位の濫用
  • 競争制限的な企業結合

今回、藤井八冠のタイトル独占を受けて「独禁法違反じゃないの?」と軽口を叩く人の多くは、漠然とではあってもこの中の「私的独占」と「優越的地位の濫用」をイメージしているのではと思います。この二つは、市場で独占的に強い立場にある者が、その影響力を行使することを制限する内容だからです。

優越的地位の濫用とは、文字どおり強い立場にある者が弱い立場の者に無理を強いることです。例えば大手小売店がその独占的な立場を利用して、納入業者に販売員を派遣するよう迫ったり、不当な返品を受け入れさせたりする行為を指します。いわゆる「下請けいじめ」に当たることが多く、独禁法を補完する「下請法」という別の法律でも厳しく規制されています。みなさんも業者さんに仕事をお願いする中で、値引きや仕事のやり直しの強要といった行為が下請法に触れる可能性が大いにあります。十分に気をつけてください。

かなり無理やりですが、藤井八冠が優越的地位にあたるかどうかを考えてみましょう。今後藤井八冠は(この八冠に限っては)タイトル争いの予選に出場する必要がなくなります。タイトル挑戦のために競争する必要がなくなり、厳しい挑戦者争いを何戦も何戦も勝ち抜いてきた相手とタイトル戦だけを闘えばいいということになります。予選の状況を見極めて、自分の対戦相手となる棋士の研究だけに集中できるという意味では、優越的地位と言えるかもしれません。とはいえ、全てのタイトルを独占しているということは全ての棋士が藤井八冠ただ1人の首を狙っているわけですから、とても「得してる」とか「ずるいぞ」ということにはなりません。「濫用」はないと言えそうです。

「藤井と渡辺が経営統合」で市場シェア75%!? 

私的独占は、業界内で強い力を持つ会社が、その影響力で他社を排除したり、新規参入を阻害したりする行為を言います。たとえば、パソコンの頭脳とも言える「CPU」を作っているあの有名企業が、パソコンメーカーにリベートを支払うなどして、自社製品以外を搭載しないように仕向けた行為がこれに当たると判断されたことがあります。ビジネスの手法としては「あざといけどやり手」とも感じますが、独禁法上はNGですのでご注意を。

藤井八冠がその史上最強のスーパースターという立場を悪用して、日本将棋連盟に「渡辺さんと永瀬さんは手強いから挑戦者にならないよう排除しておいて」とか、「八冠の揮毫をいっぱい書いてあげるから来年の名人戦は無しにしてよ」なんていう要望を出す――。あまりにもあり得ない仮定すぎて、書いている自分が笑ってしまいました。

続いては「競争制限的な企業結合」について見ていきましょう。これは、市場シェアを分け合うライバル関係にある企業同士が経営統合してしまうことで、市場から競争が失われることを防ぐものです。かつて日本の半導体大手・東京エレクトロンと、米アプライドマテリアルズの経営統合が独禁法当局に認められず破談になりました。新社名まで決まっていた中でのちゃぶ台返しに、「独禁法怖えぇ!」と衝撃を受けたことを思い出します。

さて、藤井八冠が19歳で王位・叡王・棋聖の三冠を奪取した時点で、残り五つのタイトルは渡辺明三冠(名人・棋王・王将)、豊島将之竜王、そして今回の対戦相手だった永瀬王座の3人が保有していました。つまり、市場シェアは藤井と渡辺が各37.5%、豊島と永瀬が各12.5%です。もしビジネスの世界であれば、藤井カンパニーが渡辺商事に経営統合を持ちかけ、「藤井・渡辺ホールディングス」を結成して手っ取り早く六冠=市場シェア75%を手に入れるという動きが想定されるかもしれません。75%のシェアを取ってしまえば、もはや全面勝利も同然でしょう。

が、この動きは独禁法違反です。企業がこのような企業結合を行う際は事前に独禁法当局に審査を申し出る必要があり、市場シェア75%となればNGは確実です。もちろん、勝負の世界では当然企業結合はあり得ないわけですが。

ライバルで戦友の藤井八冠と永瀬がカルテルを結んでいたら…

カルテルは、一番耳にしたことがある言葉かもしれません。複数の企業が連絡を取り合って、みんなで一斉に値上げを決めたり、価格を同じにしたりする行為のことです。SNSなどで業界横断の交流が盛んになっている現代。あなたが担当する事業でライバルの会社に飲み仲間がいる、なんてことは起こりがちですが、いくら仲がよくても「新サービスの価格どうする?」なんていう相談は絶対にダメです。

藤井八冠と、今回八冠目をかけて対決した永瀬さんは、2人きりで対局を重ねる練習パートナーとして知られています。実はこの2人が裏で話し合って共同戦線を張り、永瀬さんが他のタイトルホルダーの弱みを藤井八冠に伝えていた--なんてことはなさそうですし、あったとしても(なんか逆にいい話としてワクワクはしますが)カルテルとは言えないでしょう。

「入札談合」は文字どおり、入札の前に話し合って値段を決めておく出来レース、「共同の取引拒絶」はたとえば安売りをうたう家電量販店に電機メーカーが示し合わせて商品を卸してあげないといった行為、再販売価格の拘束は、メーカーが小売店に対して決まった価格で売るよう求めることです。この三つはさすがにわかりやすく「やっちゃダメ」な行為ですので(正直に言うと藤井八冠に絡めるのが難しかったので)、今回の記事はこのあたりでお開きにしましょう。

独占禁止法は、ビジネスの世界にいる以上、誰もが加害者側にも、被害者側にもなり得る法律です。この記事がみなさんのビジネスに役立つことを期待しています。

(執筆:華太郎)

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