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ジャニーズ会見で炎上の「NGリスト」は「かつての常識・今の非常識」ベテラン経済記者がもやるワケとは?

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ジャニーズ事務所の記者会見で、「NGリスト」の存在が明らかになり批判が巻き起こっています。ただ、このようなリストは、記者たちの間で「当然あるもの」と認識されてきました。それが今、なぜ炎上の対象になっているのか。実は、「記者会見」というものの存在意義が大きく変化したことが理由でした。経済取材歴20年のベテラン記者が、「記者会見ってこんなもの」という自分自身の「常識」への痛切な反省を込めて、みなさんが令和の時代に仕事を進める上で注意していただきたい点をお伝えします。

10月2日に開かれたジャニーズ事務所の記者会見で、会見を運営していたコンサル会社が指名を避けるべき記者やメディアをリストアップした「NGリスト」が猛烈な批判を浴びています。一方で、指名されていないのに発言した記者を井ノ原快彦副社長がたしなめたところ、会場にいた他の記者たちから拍手がわきあがるという現象も起きました。結果的に「NGリストはお互いにとって必要だったんじゃ?」と感じた人もいたはずです。

筆者は約20年にわたり、経済記者として数え切れないほどの記者会見に参加してきました。今回の会見で起きたことは、旧来の企業や記者が常識と考えてきたことと、現代の新しい常識がぶつかり合った結果だったと感じています。みなさんがこれから、記者会見や報道に触れるときの一つの見方として、そしてご自身の仕事を進められる上での他山の石として、この原稿をお届けします。

荒れてほしくない記者と荒れてほしい記者が混在

まず、「記者会見」って何でしょうか。『デジタル大辞泉』によると記者会見とは、「官庁・企業・団体・著名人などがマスメディアの記者を集め、重要な発表を行うこと」となっています。

では、記者とは何でしょうか。同じく『デジタル大辞泉』は「新聞・雑誌や放送などで、記事の取材・執筆、また編集に携わる人」と説明しています。

つまり記者会見の伝統的な定義は、「企業などが、新聞・雑誌・放送など向けのニュースを書く記者を集めて、重要な発表を行う場」ということになります。参加している記者は取材をする人であり、ニュースを書く人でもある、という位置づけです。

新聞であれテレビであれ雑誌であれ、ニュース記事には締め切りがあります。なので、特に新聞やテレビの記者は必要なデータや会見者の思い、隠されたファクトなどをできるだけ効率的に、短時間に聞き出して会見を終え、今度は「書く人」の仕事に移る必要があったのです。その意味では、会見が荒れて何時間もかかるという状況は、発表する側にとっても、記者側にとっても、避けたいものでした。

ところが、現代の記者会見はネット経由でフルに生中継され、会見そのものがコンテンツになっています。テレビは放送時間に限りがありますが、ネット中継は時間の制限もありません。会見が決まった時間で終わってくれる必要などありませんし、なんなら長く続けば続くほど、お客さんにはそのまま長く視聴してもらえるわけですから、収益面でプラスです。会見の場で自らの意見を披露し、それが世界に中継されることそのものに最大の価値を感じる参加者もいます。

つまり、現代の記者会見は「記事を書くために」出席している人にとってはなるべく効率的に進めたい一方、「会見そのものをコンテンツとして利用している」人にとっては荒れに荒れた方がハッピーな場です。出席者にその両方が入り交じっているため、参加者の属性によって完全に利益相反が起きているわけです。

「NGリスト」の存在は記者側も承知していた

会見を運営したコンサル会社は、この点を理解できていませんでした。会見時間を2時間に設定していたことや、後に発表したコメントで「この資料は限られた会見使用時間の中で会見の円滑な準備のために弊社が作成し……」としていることからも、コンサル会社が今回の会見を「記事を書く記者のため」という、旧来型の意味づけで捉えていたことがよくわかります。

誤解を恐れずに言うと、かつての記者会見は、発表者側と記者側の対決の場であると同時に、共同作業でもありました。記者側は企業側に対し、隠された事実を暴き、世の中の関心を引くような経営者の失言を引き出し、世間の怒りに対する謝罪の言葉を述べさせようと牙をむきます。

一方で、いたずらに会見時間が延びないよう、企業側をおとしめるための演説めいた質問や、ただただ感情的なだけの発言は避けるのが、「できる記者」「いい記者」と位置づけられてきたわけです。内容がぎゅっと濃縮されたいい会見をつくるという意味で、記者と企業は、いわば共犯者の関係にあったのです。

もちろん、「そんなのくそ食らえだ」と空気を読まない記者はいます。本当はその人のほうが「いい記者」という面もあるのです。でも会見を効率的に進めるためには、その人が発言しないほうがいい。なので、一部の企業の会見で司会が手元に「NGリスト」を置いている、少なくとも頭の中に入っていることは、参加者する記者の多くが承知していました。効率的に会見を終わらせるためには、やむを得ないと思われていたのです。

発表側が指名する記者を調整するのが「お作法」

また、誰かをNGにするところまでは行かなくても、会見する側が指名する記者の順番を調整することは、「記者会見のお作法」とも言えるものでした。

たとえば企業が不祥事について謝罪する会見では、会見の前半で経済系の記者を指名することで事件の概要や再発防止策、経営への影響といった報道上必要なファクトや企業の姿勢への理解を深めてもらう。それが終わったあとに社会部系や週刊誌の記者を指名して、世間の怒りへの陳謝の思いや被害者への謝罪の態度を表明し、時には記者からの追及に耐えかねて経営者が涙を見せたり、辞意をちらつかせたりする。そして、予定時間を20~30分過ぎて会社側が誠意を見せたところで終わる。それが、ほんの数年前までの「よくできた会見」だったのです。

今回、井ノ原さんが一部の記者をたしなめたとき賛同したのは、このあたりの「お作法」になじんだ記者のみなさんだったのでしょう。私自身、その場にいたとしたら、声に出して賛同はしないまでも「イノッチよく言った!」ぐらいは思ったかもしれません。

旧態依然とした「常識」は通用しないと痛感

ここまで書いてきて、私は今、自分自身が旧態依然とした記者であることを、心の底から反省しなくてはと感じています。

今回のジャニーズ事務所の会見の主題は新体制の公表でした。ただ、前回の会見が不十分なものだったことで多くの企業がタレントのCM起用を見合わせているという状況にもあり、「謝罪会見」という意味合いも大きいものでした。

ジャニー喜多川氏による性加害問題には、多くの被害者の方々がいます。被害者のみなさんの心情を思えば、記者会見に参加する記者が、加害側であるジャニーズ事務所と会見を円滑に進めるという「共同作業」をする、言い換えれば「共犯関係になる」ことは、決してあってはならないことだと思います。

NGリストは昔からあったし、会見を円滑に進めるには必要なものだ。そんな「常識」で今回の会見を語るのは、極めて非常識なことです。記者会見は長年、新聞やテレビなど同じような業界の記者だけが参加する「仲良しクラブ」のようなものになっていました。週刊誌記者お断り、ネットメディアお断りといった会見もたくさんあったのです。

現代において会見に参加できる人を制限するようなことは許されません。会見はリアルタイム中継を含め、全ての人に開かれたものです。ましてや性加害という重い問題を抱える企業の謝罪会見に、当時のままの記者会見感覚を持ち込むのは、大きな間違いです。 昔の常識は、今の非常識。特に、世の中の目にさらされる現場では、自分の振る舞いや心中の思いが、「今のコンプライアンスに、この場で求められるコンセンサスに合致しているだろうか」という自問自答を忘れてはいけない。今回の会見問題で、私はそう痛感しました。

(執筆:華太郎)

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