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経済記者が読み解く、ジャニーズ新体制の惜しむべき2つのポイント

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経済取材歴20年、東電原発事故など数々の企業不祥事を取材してきたベテラン記者が、ジャニー喜多川氏による性加害問題に対するジャニーズ事務所(「SMILE-UP.」に改称予定)の対応について、わかりやすく解説します。

世間を揺るがすジャニーズ事務所の性加害問題。企業のリスク管理の観点からみて、どう評価されるべきなのか。10月の会見で発表された新体制と東京電力の奇妙なシンクロ、ジャニーズ事務所がおかした大きなミス、そして社名問題の「正解」とは? 一連の対応が「経済視点」でどのようなものだったか、経済取材歴20年、東電原発事故など数々の企業不祥事を取材してきたベテラン経済記者が読み解きます。

最大の問題は企業との事前対話ができなかったこと

今回の問題を、あくまで経済視点で、しかもジャニーズ側から見ると、「企業が所属タレントのCM起用を次々に見合わせている」という問題に集約されます。テレビやラジオはこれまで通りタレントを出演させていますし、映画の公開が見合わせられるといったことも起きていません。企業の反発が結果的にタレントの番組起用に影を落としつつあり、問題はほぼ「企業の反応」一点といえます。

あらゆる性加害が許されないのは言を待ちません。ジャニー喜多川氏の蛮行が厳しく糾弾されるのは当然です。ただ、あくまで経済目線で「企業の反応」という問題に絞り込むならば、ジャニーズ事務所が正しく対応していたら、影響を最小限にとどめることは可能だったと考えています。その理由をご説明します。

ジャニーズ事務所はこれまでに、9月7日と10月2日、計2度の記者会見を開きました。このうち、1回目については企業のリスク管理としては「ほぼ0点」といえます。内容がどうこう以前に、とにかく一にも二にも準備不足でした。

直前までタレントだった東山紀之氏が社長に就くということは、プロの経営者がいない企業体なのでしょう。なので、内部で正しい結論を出せないのはある意味仕方がないと思います。ただこの足りざる部分は、テレビ局や、タレントをCMに起用している企業との事前対話で十分に補うことができたはずなのです。

ジャニーズ事務所はテレビ局と長年のつながりがあり、マネジメント会社として企業CMにタレントを多数出演させています。であれば、少なくともテレビ局や各企業とは事前に意見交換をし、自身が考えている対応がテレビ局にどう報じられるのか、タレントがCMに出演している企業はどう反応するのかを把握しておくべきでした。

事前に企業の反応に耳を傾けていれば、少なくともこの時点で、加害者であるジャニー喜多川氏の名を冠した社名の存続などありえないことには気づけたはずです。

多くの企業が「こっそり」使っているリスク管理の裏技

上場企業であれば、情報漏洩が株価に影響するため、このような手法は公には採りにくいものですが、ジャニーズは同族経営で株は完全非公開。しかも実際には、上場企業も非公式にこのような手法を使っています。

広報担当者は、会見でトップが手元に置く「想定Q&A」を作る必要があります。部内で想定できる「Q」には限界があるため、信頼関係のある記者に事前に相談して、どんな質問があるのか、会社側の「A」をどう感じるのかを探ることも多いのです。私自身、信頼関係がある企業広報や省庁の幹部から公表を予定している内容を事前に伝えられ、「何を聞き返す?」「報じ方はどうなる?」と質問されたことは何度もありました(もちろん、個人的な信頼関係あってのことですが)。

各方面に強大な影響力を持ち、メディアやスポンサー企業との関係も深いジャニーズ事務所ですから、ある程度は事前に関係者の意向を探り、「社名を変更する」「旧ジャニーズは補償に専従する」といった、企業側により納得してもらえる発表内容にブラッシュアップしてから記者会見を開くべきだったと思います。いざというときへの備えとして企業やテレビ局側との信頼関係が築けていなかったという可能性を含め、リスク管理への意識が低すぎたことは間違いありません。

ここさえクリアしていれば、会見の開催が多少遅れて一般メディアの批判を受けたとしても、雪崩を打つようにタレントのCM起用が見合わせられるという事態は避けられたはずです。問題が一気に収束に向かっていた可能性さえあります。

ジャニーズ新体制は「幻の東電再建案」とうり二つだった

一方、10月2日にあった2度目の会見は、私自身は十分に評価されるべき内容だったと考えています。もちろん、1回目の会見が0点ですから、そのマイナスを全て挽回できるほどすばらしい会見というのは、事実上不可能です。タレントのCM起用を見合わせた企業も、振り上げてしまった拳をそう簡単には下ろせません。それでも、2度の会見の合計は、ぎりぎり合格点まで盛り返したと言えると思います。

過去、日本企業で起きた最大の不祥事案件は何でしょうか。星の数ほどある候補の中で、やはりあまりにも大きすぎる影響が長年にわたり払拭できないという点で、私は東京電力福島第一原発事故こそがそれにあたると考えています。

当時の東電と現在のジャニーズは、極めて類似した状況にあります。大きな問題を起こし、会社の存続が揺らぐほど巨額の賠償をする必要がある一方、本業そのものはユーザーから支持され、必要とされている、という点です。

当時、東電にすべての賠償を負わせると、間違いなく企業として倒産してしまうという問題がありました。電力供給を止めるわけにはいきませんから、事業は存続させなくてはならない。とはいえ、まるで「おとがめ無し」かのように賠償を国の税金でまかなうのは、国民の反発を招いてしまう――。政府内で激烈な議論が繰り広げられました。まぁ結果的には、賠償や廃炉を確実に行うことを優先するという名目で、政府が東電株の半分を持って実質的に一時国有化するというかなり甘めの再建策が採用されたのですが……。

ただ、水面下ではより厳しい案も検討されていました。一時は「本命」となっていたその案こそ、今回ジャニーズ事務所が公表した再編案とうり二つのものだったのです。

従来の東京電力は損害賠償専門の会社にし、全ての内部留保を損害賠償のためにはき出させる。発電・送電事業は政府主導で新会社を設立してそちらに移す。いわば旧東電は「バッド東電」として賠償に専念させた後廃業させ、新たに作る「グッド東電」はきれいさっぱりな会社になるという案でした。

この案は、東電再編の「本当は正解だった案」として一部で知られており、1回目の会見のときから、筆者は「関係企業を納得させるには、この案しかないだろうな」と考えていました。実際、化粧品大手のコーセーが9月15日に公表した「現在のジャニーズ事務所には被害者の補償に専念していただくべきと考えており」というコメントは、明らかにこの案を意識したものだったと思います。

おそらく9月の会見後、「プロの経営者」や「企業再生の専門家」がジャニーズのブレーンとして加わったことは間違いないでしょう。もちろん、新会社の株を具体的に誰が持つのかといった疑問点は残りましたが、10月の会見は、経済記者からみるとほぼ満点と感じる内容でした。

賛否広がる社名問題の「正解」はこれだ

ただ、惜しむらくは社名の部分です。商標登録の問題があるため、新たな名前をこの時点で決定・公表することが難しいのは確かです。「SMILE-UP.(スマイルアップ)」という社名はおそらく、過去にジャニーズ事務所が商標登録してあったもののなかから、何とか使える「即戦力」として引っ張り出したのでしょう。このやりかたも、プロの知恵を感じるところです。

ただ、性加害問題の被害者への賠償に特化するという、現ジャニーズ事務所の今後の役割を表現するものとしてふさわしいとは言えないと思います。賠償問題とひもづけてしまうことで、「スマイルアップ」という商標を使った過去のコンテンツが使えなくなるという問題も発生します。

おそらく今回の正解は、①現ジャニーズ事務所の社名は「喜多川氏による性加害問題への賠償組織」といった機能表示型で類似の商標登録がない名称にする、②「スマイルアップ」は新たに設立するタレントエージェント会社の一時的な名称とし、例えば1年後にファンから公募した名前に社名変更する、といったあたりだったのではないでしょうか。

(執筆:華太郎)

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