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オザワ部長のちょっと変わった履歴書井戸端会議の長さが起業のヒント? お色気と不健康を払拭した昭和レトロ「街中スナック」で街づくりに挑戦

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日本で唯一の吹奏楽作家オザワ部長が「好きなことをを仕事にする大人」を取材。今回は、これまでのスナックの概念を覆した「街のスナック」を起業したたなかるいさんの起業の物語です。

プロフィール

吹奏楽作家オザワ部長

世界にただ一人の吹奏楽作家。早稲田大学第一文学部在学中に小説家を目指す。フリーランス歴は26年。初めはフリーライターとして活動。中学時代吹奏楽部だったことから、オザワ部長のペンネームを起用して『みんなのあるある吹奏楽部 』を出版。吹奏楽作家に。最新刊『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ』好評発売中。

今回のちょっと変わった履歴の持ち主

株式会社イナック代表取締役
たなかるい(たなか・るい)
1986年、東京都町田市出身。専門学校卒業後にジーンズメイト、凸版印刷、xymax、リクルート、カカクコムなどを経験後に独立。レトロ感と下町の良さを漂わせる東京都荒川区に移住し、街づくり・仲間づくりをテーマにした新たなコンセプトのスナック「街中スナック」を展開。

まったく新しい「クリーンなスナック」

コロナ禍が次のフェーズに入りつつある現在、とある飲食店が注目を集めている。それが「街中スナック」だ。

スナックというと、小さな店舗で運営され、常連客が夜遅くまで飲んで、食べて、歌って、ときには色恋沙汰や喧嘩もあって……という「昭和」なイメージがあるかもしれない。そんなスナックを、「街づくり」「仲間づくり」の場として、令和の時代にマッチした新しい形態へとアップデートしたものが街中スナックである。

たとえば、街中スナックにはカラオケはない。22時で閉店し、深夜営業はしない。色を売りにしない。店内は禁煙。ひと言で表現するなら「クリーンなスナック」だろう。

そんな街中スナックを考案したのが若き実業家、たなかるいである。

たなかるい氏

脚の大怪我が転機だった

東京の下町、荒川区西尾久。都電荒川線が路面を走るこの地にたなかるいが移住したのは、単純に山手線から近いエリアでもっとも賃貸料が手ごろだったからだった。

散歩が趣味のるいは、暇を見つけては街中を歩き回ってみた。そして、ふとあることに気づいた。

「さっきから1時間以上も道端で井戸端会議をしている人がいるな。あ、こっちにも。どこか集まれる居場所はないのかな?」

そんなちょっとした「発見」が、現在注目を集める「街中スナック」の始まりだった。

るいは専門学校卒業後にジーンズメイトや凸版印刷、カカクコムなどに所属し、優秀な成績を残してきた。しかし、20代後半で趣味だったバスケットボールを楽しんでいる最中に大怪我を負ってしまう。脚が完全に逆方向を向く螺旋骨折。病院では膝下切断を宣告された。

幸い切断はせずに済んだが、入院期間中に改めて自分の人生について考え直した。そして、退院後に自ら起業することに決めた。

まさに大怪我が転機だった。そして、移り住んだ荒川区で「地域の人たちが集まれる居場所がない」ことを発見し、まずは雑貨店「生活広場」をオープン。さらに、「昼間のスナック」というコンセプトで2018年末に「生活茶屋」をオープンした。朝から夕方まで営業するカフェスタイルの店だ。

実は、たなかるいはそれまでスナックに入ったことがなかった。彼が「スナック」という形態に着目したのは、ライブ配信サービス「SHOWROOM」を手掛けて成功者となった前田裕二の本に、ネットビジネスはスナック的な要素を持っており、スナックにこそ人が集まる、といったことが書かれていた。るいはそれをヒントに、いまの時代にマッチしたリアルなスナックを作ろうと考えたのだ。

20代の頃のたなかさん(写真右・写真/たなかるい氏提供)

「心が健康になる」場所を作ろう!

不運なことに、生活茶屋がオープンして1年半も経たずにコロナ禍が到来した。

飲食店には厳しい日々が続く中、たなかるいは2020年秋から生活茶屋の営業終了後に週1回だけ「スナックるい」を始めた。当初は「スナックの真似事」のような感覚だったが、その中でるいは街中スナックのコンセプトを紡ぎ出していった。

「世の中にはスナックが大好きな人もいるけど、良い印象を持っていない人もいるだろう。だとしたら、良い印象を与える店にすれば人は集まるんじゃないか。カラオケはなしにしたほうがゆっくり話せるし、禁煙にすれば女性客も入りやすくなる。営業時間を早めに切り上げれば深酒する客は減り、従業員も早めに帰宅して健康的な生活が送れる……」

そんな新時代のスナックは「地域貢献」もできるに違いないとるいは考えた。路上で井戸端会議をしていた人たちがゆっくり語り合える居場所になるだけでなく、近所に住んでいても知らない者同士だった人たちが出会ったり、外から遊びにきた人たちと地域の人が出会ったりする場になる。若者・現役世代・シニアが世代を超えてコミュニケーションできる場になる。イベントもできる。

そう、人と人の境界を超え、新たなつながりを作れる場所。つながることで「心が健康になる」場所を作ろう!

こうして街中スナックのコンセプトが出来上がった。

街中スナック本店のメンバーと記念撮影(写真前段中央・写真/たなかるい氏提供)

「幸せなつながり」が生まれる店

2022年1月、たなかるいは街中スナックを全国で展開していくパッケージをつくり、フランチャイズの募集を開始。3月には福井県福井市に「街中スナック ふくい店」がオープンした。その後、京都店もオープンし、12月には直営店としてCHAYAの店舗を改装した「街中スナック ARAKAWA LABO 本店」もスタートした。

ARAKAWA LABO 本店はいま、メインのママとして田中希帆がカウンターに立つが、ほかにもチーママやマスターやセカンドマスターがいる。本業を持ち、週数回店に出るという人がほとんどだ。清潔感のあるオリジナルユニフォーム(黒や白のシャツ、Tシャツ等)を身に着けた姿は、スナックというよりは、小洒落たカフェやレストランの従業員に見える。

営業日になると、荒川区の内外から客が集まってくる。以前は居酒屋で寂しくスマホをいじりながらひとりで飲んでいたのに、いまは「この店が楽しくて仕方ないから」とわざわざ他県から毎週通ってくる人もいる。

客はママやマスターだけでなく、周囲の客とも会話に花を咲かせる。会社の上司と飲みにいくのは敬遠する若者が、街中スナックでは上司と同世代、あるいはずっと年上の客の意見に耳を傾けたり、相談をしたりする。逆に、年長者が若者たちに最新の話題について教えてもらったりするのだ。

店内では音楽の演奏イベントなども行われる。若いミュージシャンが演奏すると、中高年の客は驚くほどの額の投げ銭をしてくれる。

「年長者は、若い世代と話したいし、応援したいんだ」

るいはそれを「スナックるい」で経験した。必死にコロナ禍を乗り切ろうとしている30代の自分を、50代の客が盛んに励ましてくれた。意図的に店にお金を落としてくれた。一方、若い世代も本当は経験豊富な年長者の意見を聞きたいのだ。それで人生が開けたり、救われたりすることもあるだろう。

るいはそんな幸せな「つながり」が生まれるような店として、街中スナックのあるべき姿を設計したのだ。

「幸せなつながりを生むのが街中スナックのあるべき姿」とたなかさん

街中スナックは「日本全国の街中」へ

街中スナック ARAKAWA LABO 本店の店内に並ぶキープボトルはユニークだ。オーナーの名前とは別にテーマが書かれている。

「ロック好き」「四国出身の方」「吹奏楽部出身の人」などなど。

「シェアボトル」に書かれたユニークなテーマ。当てはまる人はボトルをシェアできる

実はこれは「シェアボトル」。このテーマに合致する人はボトルから一杯飲ませてもらえて、代わりに「お礼メッセージブック」にひと言感謝の言葉を残す。客同士が趣味によってつながる仕組みだ。

シェアボトルを飲んだ人は、お礼メッセージブックに感謝の気持ちなどを書き込む

また、店内には大型モニタがあり、営業中はウェブ会議システムを通じてほかの街中スナックとリアルタイムでつながる。

現在、ARAKAWA LABO 本店の席数はカウンターが8席にテーブル4席。決して大きくはない。だが、街中スナックの可能性は店の規模を超え、人と人とのつながりによって無限大に広がっていく。

たなかるいの目は、街中スナックが「日本全国の街中」にオープンし、各地の人々が幸せにつながり合う未来を見据えている。

取材・執筆・撮影/オザワ部長

《「唯一無二の職業を手に入れるには」 I am オザワ部長インタビューはこちら》

オザワ部長新刊情報》

空とラッパと小倉トースト』絶賛発売中

この記事を書いた人

オザワ部長
オザワ部長
世界にただ一人の吹奏楽作家。早稲田大学第一文学部在学中に小説家を目指す。フリーランス歴は26年。初めはフリーライターとして活動。中学時代吹奏楽部だったことから、オザワ部長のペンネームを起用して『みんなのあるある吹奏楽部 』を出版。吹奏楽作家に。最新刊『空とラッパと小倉トースト』好評発売中。

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