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オザワ部長のちょっと変わった履歴書介護予防を笑顔で伝える「シニアのための体操のお兄さん」は、「どうやったら自分のお客さんを開拓できる?」「体操やればいいじゃん」からはじまった。

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日本で唯一の吹奏楽作家オザワ部長が大人にフォーカス。「シニアのための体操のお兄さん」、ごぼう先生こと簗瀬寛さんは、どのようにして今の仕事を手にし、輝いているのでしょうか。

プロフィール

シニアのための体操のお兄さんごぼう先生

本名簗瀬寛(やなせ・ひろし)。介護予防を笑顔で伝える「シニアのための体操のお兄さん」。1985年7月23日生まれ。愛知県岡崎市出身。2009年よりデイサービスにて健康体操のボランティア活動を開始。2012年から「ごぼう先生」をニックネームにし、2014年に株式会社GOBOUを設立。2017年にNHK「ハートネットTV めざせ!いきいき長寿」への出演などで注目を集める。全国を股にかけた体操講演会、DVDや書籍のリリース、メディア出演などで活躍中。

日本で唯一の吹奏楽作家オザワ部長が、日本中の「ちょっと変わった履歴書」を持つ素敵な人たちにインタビュー。「大人が思いがけず仕事で青春しちゃった話」を深掘りしつつ、「好きなことを仕事にする」ために必要なこと、「好きなことを仕事にし続ける」ために必要な思いや行動、あり方について伝えます。第一回は高齢者に向けて体操の講演や指導を行う「シニアのための体操のお兄さん」、ごぼう先生こと簗瀬寛さん。高齢者のアイドルとして大活躍中のごぼう先生に「好きを仕事に」のことはじめから、現在に至るまでの挑戦、自らにとってのゴールなどを伺いました。

今回のちょっと変わった履歴の持ち主
ごぼう先生(ごぼう・先生)
本名簗瀬寛(やなせ・ひろし)。介護予防を笑顔で伝える「シニアのための体操のお兄さん」。1985年7月23日生まれ。愛知県岡崎市出身。2009年よりデイサービスにて健康体操のボランティア活動を開始。全国を股にかけた体操講演会、DVDや書籍のリリース、メディア出演などで活躍中。

「手のひらをくっつけてください。手のひらをこすっていきます。ぽかぽかと、血行を促していきましょう」

ごぼう先生は合掌の状態で両手を擦り合わせる。話し方はごくゆっくりだ。それを見る高齢者たちも同じように両手を擦り合わせる。ごぼう先生の爽やかな笑顔につられて、みなが笑顔になる――。

高齢者に向けて体操の講演や指導を行う「シニアのための体操のお兄さん」、ごぼう先生。本名は簗瀬寛。

介護界のアイドル「カイドル」とも呼ばれ、日本全国から依頼が殺到。DVDや書籍を出し、テレビなどのメディアにも取り上げられるなど、注目を集めている存在だ。

ごぼう先生は愛知県岡崎市で生まれ育ち、現在も同地を拠点としている。

少年時代は体操とは無縁で、漫画『はじめの一歩』に影響されて中学時代からボクシングジムに通っていた。高校でもボクシング部に所属し、インターハイ(全国高等学校総合体育大会)や国体(国民体育大会)に出場するほどだった。

ボクシング部時代のごぼう先生(写真提供:ごぼう先生)

現役時代に体を傷めて接骨院や鍼灸院で治療を受けた経験から、「自分も鍼灸師になろう」とはり師・きゅう師の国家資格を取得。大手鍼灸接骨院で働き始めた。

その後、専門学校時代に「師匠」と慕う先輩と知り合った。師匠の鍼灸接骨院で「働かせてください」と頼み込むものの、「自分でやりなよ」と勧められ、24歳のときに「やなせ訪問鍼灸治療」を開設。1日の半分を師匠のところで、残り半分を自分の治療院で働く生活をスタートさせた。

そこに大きな転機があった。

「どうやったら自分のお客さんを開拓できるでしょうか?」

師匠に相談したところ、重要なヒントをもらったのだ。

「体操やればいいじゃん。ボランティアでデイサービスや介護施設に体操に行って、名前を覚えてもらいなよ」

体操はやったことがなかったが、ピンとくるものはあった。24歳だったごぼう先生は、さっそく健康体操のボランティアを始めた。

体操の予備知識がなかったこともプラスに働いた。

「高齢者向けの体操はどうやったらいいんだろう?」

そう思ってネットなどで調べたが、良いお手本が見つからない。あるものは堅苦しい旧来の体操ばかり。

「これはチャンスだ!」

高齢者でも無理せずできる体操を自ら考案し、ボランティアで実践していった。その中で治療院の客も増えたが、それよりもごぼう先生は体操のほうに可能性を感じ、ワクワクした。

ごぼう先生は「棒体操」を考えて自ら新聞紙を丸めて作った棒を持っていったり、考案した「ボール体操」のために100円ショップで大量のボールを買ったりした。試行錯誤をしながらも、様々な体操を「発明」し、徐々に人気になっていった。

いつも笑顔のごぼう先生

体操を始めて2年ほど経ったころ、当時はまだ本名の簗瀬寛で活動していたごぼう先生は「もっと覚えてもらいやすい名前、ニックネームはないかな」と考えていた。たまたま海外旅行へ行ったとき、妻から冗談で「あんたの見た目はごぼうみたいだ」と言われた。

「ごぼうか……。それ、いいね!」

ごぼうみたいな体操の先生……ごぼう先生。ネットで検索したが、まだ誰も使っていなかった。これにしよう!

「ごぼう先生」名義で活動を始めたところ、デイサービスで働く人から「介護の『ご』と予防の『ぼう』でごぼうなんですね」と言われ、それをありがたく「ごぼう」の意味として使わせてもらうことにした。衣装も白衣からごぼう色の作務衣にチェンジし、親しみやすいキャラクターを前面に出した。

当初はボランティアで活動していたが、そろそろビジネスとして成り立たせる頃合いになった。あちこちで引っ張りだこになり、時間が取りづらくなったこともあった。とはいえ、自分の体操を楽しみにしてくれている高齢者をどうにかフォローしたい。

そこで思いついたのがDVDだった。体操を映像に残して提供すれば、自分が訪問できないときも日常的に体操をやってもらえる。売れるかどうかわからなかったが、手作りで動画を制作し、先行投資で段ボール50箱分作った。喜んで利用してくれる施設もあったが、2年間は赤字だった。

人気シリーズ「ごぼう先生の健康体操」は今も手作り(写真提供:ごぼう先生)

失敗もした。ボクシング少年だったごぼう先生が当初体操で目標にしていたのは「正しくできること」だった。だが、高齢者と一緒にやってみると、疲れ切ってしまう人たちもいた。「できない自分」という現実を突きつけられ、落ち込んでいる人もいた。

「いまの状態は正解じゃない気がする……」

モヤモヤした気持ちで続けていく中で、たどり着いたのは「楽しいがゴール」という言葉だった。まず、誰にでもできる、座ったままでも可能な簡単な体操にすること。それから、「正しい」かどうかは二の次で、高齢者が体操を通じて「楽しい」を感じてくれることをゴールに設定した。

すると、高齢者の表情が目に見えて変わった。ごぼう先生は自らが見つけた道は間違いではなかったと確信した。

ごぼう先生の活動はメディアの目に留まった。TBS『情報7daysニュースキャスター』、日本テレビ『羽鳥慎一モーニングショー』に出演。また、NHK『ハートネットTV めざせ!いきいき長寿』にも出演したことで、その知名度は一気に全国区になった。コロナ禍以降は、介護施設向けオンライン旅番組配信『旅介ちゃんねる』にも出演を続けている。講演の依頼は全国から舞い込み、引っ張りだこの人気だ。

ごぼう先生には忘れられない光景がある。

とある地方の集落へ呼ばれていったときのことだ。体操が終わった後、ひとりのおばあさんが声をかけてきてくれた。

「久しぶりに笑ったわ」

そう言うと、おばあさんは満面の笑みを浮かべた。

「あぁ、いまの自分の在り方、最高だな! 自分はこの笑顔を見るためにやってきたんだ!」

本来の体操は笑顔になるためのものではないかもしれない。だが、高齢者に向けて行う「ごぼう先生の体操」は、笑顔のためであっていい。「楽しいがゴール」だ。

笑顔のおばあさんを前にして、ごぼう先生はまるで自分が映画の主人公になり、そのハッピーエンドのシーンにいるような感動に包まれた。

自分は体操という自分が輝けるステージを見つけたのだと思った。

体操が終わった後で、ごぼう先生はこう言う。

「2025年に紅白に出るのが目標なんです。だから、皆さん、それまで生きていてくださいね!」

すると、目の前の高齢者たちがドッと笑う。

「それでは、お達者で〜!」

敬礼のように手のひらを額の横に挙げると、会場から大きな拍手が送られる。

おなじみのポーズ。いつも笑顔のごぼう先生(オザワ部長撮影)

ごぼう先生の考える「お達者」とは、自分自身が気持ちよく、また、まわりも気持ちがよいという状態のこと。体操を通じて高齢者が楽しさを感じ、「お達者」になってくれればいい。いや、高齢者だけでなく、社会のみんなが「お達者」になればいい。自分自身もまだまだ「お達者」を目指していきたい。

額に汗し、瞳をキラキラ輝かせたごぼう先生に向けて、会場からの拍手が続く。拍手は来場者ひとりひとりの「楽しい」のあかしだ。会場全体が「お達者」になれたということだ。

現在(2023年1月)、37歳。挑戦し、努力し、成長を遂げ、夢をかなえた――。そんなごぼう先生の青春ストーリーは、これから先もまだまだ続いていく。

左からオザワ部長、ごぼう先生。オザワ部長のおなじみのポーズで記念写真

オザワ部長新刊情報

空とラッパと小倉トースト』絶賛発売中

この記事を書いた人

オザワ部長
オザワ部長
世界にただ一人の吹奏楽作家。早稲田大学第一文学部在学中に小説家を目指す。フリーランス歴は26年。初めはフリーライターとして活動。中学時代吹奏楽部だったことから、オザワ部長のペンネームを起用して『みんなのあるある吹奏楽部 』を出版。吹奏楽作家に。最新刊『空とラッパと小倉トースト』好評発売中。

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