Series
連載

白川密成のお悩み駆け込み寺 僕にもわかりません独立に両親が反対。会社を辞めると伝えるにはどうしたらいい?【フリーランスと親の反対】

ログインすると、この記事をストックできます。

読者から寄せられた働き方や仕事のお悩みに白川先生がお答えする癒しのコーナー【白川密成のお悩み駆け込み寺― 僕にもわかりません―】

白川密成

プロフィール

四国第57番札所栄福寺住職白川密成

住職。「ほぼ日刊イトイ新聞」に「坊さん。」を連載。その後、著書『ボクは坊さん。』(ミシマ社刊)が映画化。著書多数。

今日のお悩み

【独立を両親が反対。両親と関係を崩したくはない】
30 歳 女性 銀行
私は今年、会社を辞めて趣味で続けていたハンドメイドで独立をします。年末年始に帰省した際に、両親にこのことを直接伝えようと決めていました。
いざ帰省して、独立について報告すると、両親は大激怒。「そんなリスクのある生活をさせるために育てたんじゃない」と母が泣きながら言うのです。その後帰省中は険悪モードに。話も聞いてもらえませんでした。
両親は「安定が一番」を信条としており、私は幼い頃から公務員になることを求められていました。しかし公務員試験の勉強に挫折し、大手の銀行に就職しました。当時両親はかなり落胆しつつも大銀行なら安泰だろうとほっとした様子でした。両親の反対は予測できていましたがまさかここまでとは……とショックです。
親の反対で決意が揺らぐことはありませんが、元々仲のよい家庭なので、関係が悪化してしまうのは悲しいです。どうにか理解してもらう方法はないのでしょうか。

白川先生からあなたに贈る言葉
「呪」

親との関係性を時代によって変わる

ご質問をありがとうございます。すべてのことを「時代」で語ることはできませんが、こういった「家族」の関係性も時代によって色々な変遷があるようです。ずっと昔は、「親の考えは絶対!」のような時代も長かったでしょうし(それでも従わない人は多かったでしょうけれど)、私の親の世代ぐらいは、人にもよりますが、「親の考え方はひとつの参考で、自分の道を生きる」という方もけっこう多く、今になって、また家族の結びつきと、悪く言えば束縛が強くなっていると感じる人も少なくないようです。
しかし家族の問題は、有難くも難しい問題ですね。もちろん「親も色々」です。同じ反対するにしても、真っ当な意見を冷静に言ってくれることもあるでしょうし、ほとんど病的な場合なども少なくはないでしょうから、対応も人それぞれ、正しい公式があるわけではありません。しかも、ほとんどの場合、親も子も「正しさ」と「危うさ」が混じっているから一筋縄にはいきません。

自分の葛藤も伝える

今回は、「突き放して自分の考え方を通す」前に、「やってもいいかもしれないこと」を提案してみようと思います。それは、自分自身が家族に限らず、「自分のやり方」でやる際に、相手に説明する時に心がけていることです。
それは、「自分も迷いながら、リスクに不安を感じながら、この道を行こうとしているんだ」ということを伝えることです。だれかを説得しようとする時、どうしても、自分の選んだ道の「いいところ」をプレゼンテーションするように、並べることが多くなります。しかし、相手が突いてくるリスクや危険性は、「自分だって相当に不安なんだ」と認めること。
「でもその上で、やってみたいんだ」という思いを段階的に伝えるように心がけています(もちろん冷静になれないことも多いですが)。

タイミングもある

もうひとつ、タイミングも大事です。今はご両親もあなたのことで、頭がいっぱいかも知れませんが、ふと「それよりも大きなこと」 例えば、おられるかどうかはわかりませんが、あなたのご兄弟のことや、親御さんご自身の人間関係など、「より大きなこと」があると、驚くほどその興味が、あなたに向かなくなるタイミングがあります。その時にさっと、ことを動かすのもいいでしょう。あなたが先に決断しても、そういうことがあれば、すぐに忘れることもあると思いますよ。

「諦め」も大事

ここまで書いておいて、申し訳ないのですが、おそらく生物学的にも、親は「こうなったら大変だぞ!」と懸念を振りまき、「そらみたことか」と言うことを生物としての機能として持っています。ですから、ある程度、「そういうものだ」という諦めの心も大事になってきます。
自分も親になってなんとなく感じるのですが、親は子どもに対して、強力なバイアス(偏り)がかかっており、それは結構アンビバレント(一つのものに対して相反する感情を同時に抱くさま)な気持ちです。それは、「この子なら出来る!やってみろ!」と「この子は絶対無理!守らないと!」というふたつの気持ちです。それに「付き合いすぎる」とちょっと<きつい>と思います。応援していますよ。

「呪」

あなたに贈る言葉は、「呪(じゅ)」です。「のろい」とも読みますね。おだやかではありません。この語は、元々は古くから「祝」と共通の意味で用いられてきました。「呪」「祝」の原義は<神に告げる言葉>であり、そこから「祈り願う」という意味で用いられるようになりました。「呪」は、仏教経典の中では、呪文のような「陀羅尼(だらに)」の訳語として用いられます。
言葉は、「のろい」にも「祝い」にもなります。文面から、あなたがこのことに関しては、困っているけれど、基本的にはご両親を大事にされてきて、これからもその関係性を大事にされてきたことがすごく伝わってきました。それは素晴らしいことだと思います。
あなたもこれから、大事な話をご両親にしなければならないこともあるでしょう。しかもご両親が聞きたくない話を。同じ内容を話すにしても、それが「祝い」にも「のろい」にもなります。ぜひ「祝い」の言葉をあなたなりに意識して、伝えてみてください。思わぬ展開があるかもしれません。そして誰かに対して「祝い」の言葉を持つことが、あなた自身が「のろい」を受けないための大切な方法になると私は思っています。
そして「呪」は、本来祝いの言葉であり、大いなるものと私達を結びつける特別な存在であることを意識してみてください。

【今日のまとめ】

・自分の不安や葛藤を正直に伝えてみよう。
・伝えるタイミングもうかがってみよう。
・伝えにくい内容であっても、「のろい」ではなく「祝い」の言葉を伝えよう。

【直感・運気アップ】

意識的に好きなものを毎週食べて、両親にプレゼントをしてみよう

この記事を書いた人

白川密成
白川密成四国第57番札所栄福寺住職
「ほぼ日刊イトイ新聞」に「坊さん。」を連載。その後、著書『ボクは坊さん。』(ミシマ社刊)が映画化。著書多数。他の連載に「密成和尚の読む講話」(ミシマ社「みんなのミシマガジン」)、「そして僕は四国遍路を巡る」(講談社、現代ビジネス)など。執筆や講演会などで仏教界に新風を巻き起こすべく活動中。趣味は書店で本の装幀デザイナーを当てること。1977年生。

ログインすると、この記事をストックできます。

この記事をシェアする
  • LINEアイコン
  • Twitterアイコン
  • Facebookアイコン