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人生を変えるI amな本メイド喫茶のメイド名に隠された意外な共通点とは?とことん面白い言語学の世界

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人生が変わる I am な本。今回は川原繁人さんの著書『フリースタイル言語学』(大和書房)を紹介。

フリーランスライターになる前の会社員時代は、同時通訳者と仕事をすることが頻繁にありました。

あるとき雑談で、通訳者の一人が「大学院で言語学を専攻した」ということを知り、言語学に興味を持ちました。

……と同時に、「なんか面倒くさそうな学問だな」と先入観が働き、その通訳者には「言語学ってどんなものなのですか?」と質問はせずじまいに終わりました。

以来、「言語学=面倒な世界」という固定観念はずっとそのまま。なぜそう思うのか、その理由のヒントをもらったのが、はからずも言語学の本でした。本のタイトルは、『フリースタイル言語学』(大和書房)。慶應義塾大学言語文化研究所の言語学者(音声学専門)、川原繁人教授の著作です。

メイド喫茶を言語学的に分析したらどうなった?

写真/shutterstock

いきなりですが、メイド喫茶のメイドさんの名前は、いかにも萌え系なものが多いと思いませんか?

「萌え系な名前って何?」とツッコまれそうですが、これは言語学的に言えば、「共鳴音に溢れる名前」となります。「共鳴音」とは、ナ行、マ行、ヤ行、ラ行、ワ行を含むもので、メイド名の「メロ」や「ユマ」はその例。

川原教授は、はじめてメイド喫茶を訪れたとき、研究者視点で彼女たちの名前が気になったそうです。このとき生まれた仮説が、「メイドさんの名前は、一般的な女性の名前と比べて共鳴音の率が上がるのでは?」というもの。ところが精査してみると、予想に反して、「メイドさんの名前は共鳴音率が高いどころか、低かった」という結果に。

これでくじけないのが、研究者のすごいところ。川原教授はメイド喫茶巡りをするうちに、メイドには「萌えタイプ」と「ツンタイプ」の 2 タイプあることに気づきます(ツン=ツンデレ)。そして、「萌えタイプ」の名前だけ抽出すれば、共鳴音の率が高いのでは、という新たな仮説が登場。

調べてみると、統計的にそれが正しいことが立証されます。

ちなみに「ツンタイプ」には、阻害音が多いそうです。阻害音とは、カ行、サ行、タ行、ハ行、パ行などの子音を含むもの。本書には「ぎんこ」が一例として挙がっています。

これを読んで、なぜ自分は「言語学」に敷居の高さを感じていたか、わかったような気がしました。「げんごがく」は阻害音が多いのです。ツンタイプの学問というイメージが、この方面への関心を遠ざけていたのでした(仮説ですが)。

蛇足はこのくらいにして、めくるめく言語学者の日常を続けましょう。次は家族関係がテーマです。

どうして子持ちの夫婦はお互いを「パパ」「ママ」と呼び合う?

写真/CANVA

日本では多くの夫婦が、子供が生まれて少し成長した段階から、互いを「パパ」「ママ」あるいは「お父さん」「お母さん」と呼び合うようになりますね。普通であれば、どうしてそうなるか、わざわざ考えないならわしも、言語学者の手にかかれば、考察の対象に。川原教授は、次のように解説します。

日本語の呼び名は、「その家庭内で一番小さな子の視点」にシフトするのだ。夫にとって妻は、その人の「ママ」ではない。しかし、妻は夫の子どものママだから、「ママ」と呼ばれる、という仕組みだ。視点は一番小さな子を基準とするから、上の子は「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」に変身できるが、下の子は「妹ちゃん」「弟ちゃん」には変身できない(本書 110~111P より)

一方、川原家は、夫婦そろって言語学者であるせいか、夫婦同士では「お父さん」「お母さん」という呼び名は基本的には禁止されているそうです。さらに、二人娘の上の娘を「お姉ちゃん」と呼ばず、教授の両親を「じーじ」「ばーば」と呼ぶこともないそうで。

ところが……川原教授は奥さんから「とーちゃん」と呼ばれることがあるそうです。それには法則性があって、「とーちゃん、そこちらかっているよ」「とーちゃん、ごはんつぶ残さず綺麗に食べて」というように、注意するシーンに限られています。

つまりこれは、娘視点から注意することで、夫の無用の反感を買わず、家庭内平和を保つための「有効な戦略」だと分析しています。さすがは言語学者の夫婦だけあって、コミュニケーションも秀逸(?)です。

「にせたぬきじる」は何がニセモノか?

写真/shutterstock

「たぬき汁」という、こんにゃくを使った味噌汁がありますね。昔はたぬきの肉を使った汁物だったそうですが、獣肉を忌避する思想から今のレシピになったそうです。

ところで、「にせだぬきじる」と「にせたぬきじる」の違いはなんでしょうか? 川原教授は、本書でこんな問いかけをしています。

答えは、「にせだぬきじる」だとニセモノは「たぬき」、「にせたぬきじる」だとニセモノは「たぬきじる」となります。これは、「にせだぬきじる」だと「にせ」が修飾するのは「たぬき」で、「にせたぬきじる」だと「にせ」が修飾するのは「たぬきじる」となるからです。

これをふまえての新たな問いかけが、なぜ日本語話者は、1 つの濁点の違いから意味の違いを推察できるのか、というものです。

川原教授は、まず「連濁」という用語から説明します。連濁とは、2つの単語をつなげると、2つめの単語の頭に濁点がつく現象のこと。例えば、「ゆき」と「くに」が合わさると「ゆきぐに」になります。

ところが、2 つ目の単語にすでに濁点が含まれていれば、この連濁は起こらないのです。たしかに、「もり」と「そば」がつながっても、「もりぞば」とはなりませんね。これをライマンの法則と呼びます。

この点が理解できたところで、今一度たぬき汁の話に戻りましょう。「にせだぬきじる」は、「にせ」と「たぬき」が連濁して「にせだぬき」、さらに「しる」をくっつけてまた連濁して「にせだぬきじる」となります。一方、「にせたぬきじる」は、ニセモノは「たぬきじる」なので、まず「たぬき」と「しる」をくっつけて「たぬきじる」。そこへ「にせ」をくっつけますが、ここでライマンの法則が働きます。つまり連濁は起きず、「にせたぬきじる」になるわけ。


うーん、日本語って奥深いですね。思わず唸ってしまいました。


本書には、言語学の知識が全くなくても、楽しく学べる言葉の知識が山盛りに入っています。記事をここまで読んでしまったあなたなら、読むだけで知的興奮を味わえること間違いなし。一読をおすすめします。

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書名フリースタイル言語学
著者川原繁人
出版社大和書房
出版年月日2022/05/19
ISBN9784479393894
判型・ページ数4-6・352ページ
定価1,980円(本体1,800円+税)

この記事を書いた人

鈴木 拓也
鈴木 拓也
都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。

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