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ChatGPTには書けない、自分らしい文章術・超入門

文章のプロが教える、人事担当者の印象に残る転職志望動機の書き方とは?

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第12回メインビジュアル

文章のプロフェッショナル・前田安正氏が教える、AIが主流になっても代替えのきかない「書く力を身につける」文章術講座。第12回は「転職志望動機の書き方」についてです。

プロフィール

未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長前田安正

ぐだぐだの人生で、何度もことばに救われ、頼りにしてきました。それは本の中の一節であったり、友達や先輩のことばであったり。世界はことばで生まれている、と真剣に信じています。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主催しています。

文章が下手と悩む人のための超文章入門。生成AIが当たり前になった今だからこそ、ChatGPTには書けない、自分の言葉で文章を書く力を身につけたい。朝日新聞社の元校閲センター長で、10万部を超えるベストセラー『マジ文章書けないんだけど』の著者・前田安正氏による文章術講座。今回は「転職志望動機の書き方」についてです。

志望動機は人生設計を理解してもらうツール

転職が一つのブームのようになっています。メディアでも転職のCMが頻繁に流れます。ところが、転職さえすれば人生が好転するわけではありません。転職で成功する人はそう多くありません。それは、戦略がないまま漠然とブームに乗ってしまうからです。漠然とした考えは、漠然とした志望動機しか書けません。

僕は、この志望動機を書くことが、社会で活躍するための原点になっていると考えています。

志望動機は、自分の人生設計を第三者に理解してもらうための道具です。

人生設計には、どういう仕事をしたいのか、どういう働き方をしたいのか、将来何をなしたいのか、を盛り込まなければならないからです。そのためには、まだ見えない将来について、自分の考えを具体的にまとめなくてはならないからです。

今回は、あなたの魅力や熱意をことばで伝える方法を考えていきたいと思います。

【例文】採用担当者に疑問を持たれる志望動機

以下の例を見てください。志望動機に対して、企業側から「会社を選ぶときのポイント」について質問された際の回答例です。

【例1】

「会社を選ぶときのポイントは何か」

私の会社選びのポイントは仕事のやりがいと人間関係です。私にとってのやりがいとは人のために何かに貢献し、お客様に感謝されることです。そのような自分軸に合った会社に入社したら、自分の将来の満足を得られ、仕事を長く続けることにつながると思います。さらに、そのような会社は人間関係が温厚であり、つながりを大切にしていると考えます。チームワークを大切にし、連帯感のある雰囲気の中、仲間と互いに高め合いながら目標を達成したいです。(206字)

単なる会社選びに対する質問ではなく、まさに人生設計を問われています。例1に何が書かれているのかを確認するため、ハッシュタグを使って文章の要素を分解してみます。

#1.仕事のやりがいと人間関係

#2.やりがい=人のために何かに貢献し、お客様に感謝されること

#3.自分軸にあった会社であれば⇒満足を得られ、仕事を長く続けられる

#4.そうした会社は人間関係が温厚で、つながりを大切にしていると考える

#5.チームワークを大切にし、高め合いながら目標を達成したい

#1の「仕事のやりがいと人間関係」という抽象的な回答になっています。

#1の補足として書かれたのが#2です。「仕事のやりがい」とは「人のために何かに貢献し、お客様に感謝されること」とあります。

ここの「人のために何かに貢献」するとは、具体的に何を指しているのでしょう。「人のため」の「人」と「お客様」は、同じなのでしょうか。「人のため」とは誰を指しているのかがわかりません。本来、補足説明は具体的な事柄を書くべきですが、曖昧な内容になっています。

そのため、#2の後半「お客様に感謝されること」のみが、やりがいとして浮かび上がってくるという構図になっています。

#3には「自分軸」と書いてあります。最近このことばを無批判に使う傾向があります。「自分軸」とは何か、が示されていないままこのことばを使っても説得力がありません。

この場合の自分軸が#2に示した「やりがい」であるというにしても、「貢献」の対象が曖昧なうえ「お客様に感謝されること」を望んでいるという身勝手な表現になっています。「自分軸」ということばが独り歩きして、何を指しているのかが、はっきりしていません。

それにも関わらず「自分軸にあった会社に入社したら」という条件を提示して、「将来の満足を得られ、仕事を長く続けることにつながる」と書いています。これは、かなり乱暴な物言いです。

企業側からすれば、「曖昧な自分軸に合う会社がうちですか?」という疑念を持たれても仕方ないところです。

#4では、自分軸に合う会社であれば「人間関係が温厚でつながりを大切にしていると考えます」という想像が示されています。これでは、自ら人間関係を構築する意思がないと思われてしまいます。

#5の「目標を達成したい」とありますが、その「目標」とは何を示しているのかもわかりません。自ら立てた目標なのか、会社が示すノルマのことを言っているのかが曖昧です。

紋切り型のことばは見透かされる

例1を読むと、「やりがいと人間関係」「貢献」「感謝」「自分軸」「将来の満足」「つながり」「連帯感」「互いに高め合う」というそこら辺に転がっている紋切り型のことばをちりばめているだけです。これは、就活のガイドブックなどに載っていることばを切り貼りしているだけだということが見透かされてしまいます。

就活や転職のガイドブックに書かれている概念的なことばは、総じて紋切り型なのです。どの企業にも当てはまることばや、その年のトレンドを表す単語を並べているに過ぎません。

そのため、例1を読んでも、どういう業界なのかがわかりません。どの企業にも使える内容になっています。これでは、志望者の熱意が見えてきません。

採用担当者は、毎日何人ものエントリーシートや業績シートを読んでいます。就活・転職のガイドブックにも目を通しています。その年のエントリーシートの書き方のトレンドも熟知しています。

同じようなことを書いていたり、書き方の体裁が同じであったりすれば、たちまちわかってしまいます。ごまかしはきかないのです。唯一、他の志望者との違いを出すには、自分にしか書けない具体的な内容を書くべきなのです。

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 紋切り型のことばは、採用担当者に好印象を残せない

【改善例】具体的に書かれた志望動機は印象に残る

具体的に書くことを意識して、例1を書き直してみます。

【改善例1】

「会社を選ぶときのポイントは何か」

学生時代に、貴百貨店の男性服売り場でアルバイトをしました。百貨店のお客様は、定番の服を求める方が多いように思いました。私はお客様の望む色合いや型をお聞きして、服選びのお手伝いしました。

定番のスーツに、チーフやネクタイなどで、少し遊び心を生かしたコーディネートをお勧めしたこともありました。その時のお客様の笑顔が忘れられません。

私が会社を選ぶときの基準は、お客様と直接会話ができ、裁量を許してもらえた貴百貨店です。(206字)

アルバイトが切っ掛けで、百貨店を志望した様子を書き加えました。お客様と自由にやり取りしたりコーディネートしたりしたことについて、アルバイト先が裁量権を認めてくれたことが、志望の大きな動機になっていることがわかります。それを「会社を選ぶときの基準」だとしています。

例1も改善例1も、206字です。それでも、紋切り型のことばが並ぶ例1より、少しでも具体的に書こうとした改善例1の方が、素直でわかりやすい文章になっています。少なくとも、アルバイトをしていたときの経験が、強い志望動機となっていることが伝わります。

「やりがいと人間関係」「貢献」「感謝」「自分軸」「将来の満足」「つながり」「連帯感」「互いに高め合う」・・・。こうしてみると、短く単純化された紋切り型のことばがいかに、虚しいかがわかると思います。ことばだけが躍って、書き手もそれに酔っている割には、何も伝わらないのです。

志望動機は、それが面接で活かさなければなりません。面接担当者が、志望動機などに興味をもって、それに対してさらに質問してくれるよう誘導するものでなくては意味がないのです。

志望動機が曖昧だと、一から質問をしなくてはなりません。より深い質問を受ける時間がなくなります。面接時間は、あっという間に過ぎていきます。そのイニシアチブを志望者が握れば、面接では有利です。そのためにも、面接担当者が興味を引く内容を志望動機に織り込んでいく必要があるのです。

もし、あなたが転職を考えたり、いまの職場で更なる飛躍を望むなら、仕事との関わりや将来像を具体的にイメージして、ことばに落とす作業をしてください。その時に、社会に出たばかりのときに何を考えていたのか、その原点にいま一度立ち返ることも重要です。

僕が新聞社を目指したのは、記者になって演劇の面白さを伝えたいと思ったのが原点です。残念ながら記者には落ちて校閲記者になりましたが、原稿を書いて表現したいという意志は、日本語という分野に移行して新聞でコラムを書くチャンスに巡り会い、いまにいたっています。僕のように、当初の目的からずれたとしても、具体的なイメージがあれば、修正したり挑戦したりすることはじゅうぶん可能です。

自分のことばを見つける努力は、現実を変える大きな力になります。ザックリ書いても、興味を持ってもらえません。具体的な文章にこそ、価値は生まれるのです。

執筆/文筆家・前田安正

写真/Canva

この記事を書いた人

前田 安正
前田 安正未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長
早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。

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