みらいのとびら 好きを仕事のするための文章術印象に残るエレベーターピッチは名刺がつくる。「業務内容」は目に浮かぶように言語化する
文章のプロ・前田安正氏が教える、好きを仕事にするための文章術講座。第 9 回は「業務内容が目に浮かぶように言語化できたら、名刺は究極のプレゼン資料になる。エレベーターピッチにも応用できる」です。
プロフィール
未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長前田安正
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主催しています。
目次
30 秒で行う自己紹介「エレベーターピッチ」
会社員時代は営業のために、ビジネス懇談会などに出かけるということは、ほとんどありませんでした。ところが独立して仕事をするようになって、そうした集まりに顔を出す機会を持つようになりました。ここでは、お互いがどんな仕事をしているのかを説明し、仕事を紹介し合うというのが基本です。
一人で営業するのはそう簡単ではありません。そんな時に相互扶助で仕事を紹介し合うことには一定の意味があります。直接仕事に結びつかなくても、会社員時代と異なり、全く異なる業態にいる人と知り合いになるのは、刺激があります。
集まりでは、自己紹介と仕事の説明をします。その時間は、1分〜3分程度です。30 秒で自己紹介するところもありました。いわゆるエレベーターピッチです。これは、エレベーターに乗っている 15〜30 秒ほどの間に、自己紹介や仕事についてアピールするというところから言われた手法です。
さすがに何十人もの人から 30 秒の自己紹介をされても、メモを取る暇もありませんし、集中力も続きません。追いまくられて誰が何の仕事をしているのか、1 回ではとても覚えられません。
それでも、初めて 30 秒のエレベーターピッチに参加したときに、不思議なことにある 2人の話が記憶に残りました。30 秒に収めるため、聞き取れないほど早口の人がいたり、しどろもどろになって時間の半分も満足に使えない人がいたりするのです。ところがその 2人は、話し方も自然で聞き取りやすく、自己紹介と仕事の内容が、無駄なく整理されていました。わずか 30 秒ながら、短いという感じではなかったのです。
何度も話し方を練習してきたのだろうと、そのときは漠然と思いました。しかしそれは、話し方がうまかっただけではないことに気づきました。自己紹介や仕事の内容が、見事な簡潔さでまとまっていたのです。
業務内容がはっきりしていると印象に残る
通常、
「○○の前田です」
という自己紹介は、会社員であれば○○の部分に会社名と部署名・肩書が入ります。
業務内容も「商社です」「IT 関係です」「流通です」などと話せば、イメージはある程度伝わります。士業なら「弁護士です」「公認会計士です」「司法書士です」などと言えば、それだけで業務内容の大方は伝わります。
ところが独立して、そうした括りから外れた仕事だと、会社名も業務内容も相手には未知なのです。それを 30 秒で伝えるのは、至難の業です。
印象に残った 2 人は、まずどんな業務を請け負っているのかがはっきりしていました。それも漠然としたものではなく、具体的な内容を手短に織り込んでいました。そのうちの 1人は名前と会社名のあとに、次のように仕事を紹介したのです。
A 「冠婚葬祭用の折り詰め弁当をデリバリーしています」
こう言われると聞いている側は、冠婚葬祭の場で食す折り詰め弁当を思い浮かべることができます。
これを、
B 「ケータリングを中心にした飲食店を展開しています」
と言われると、漠然としすぎてイメージが湧きにくくなります。ケータリングということばが、パーティー会場に出張して料理をつくることなのか、単に家庭に配達する料理のことなのかがわかりません。また「ケータリングを中心にした飲食店」と言われると、他にどんな店を展開しているのかが気になります。
A も B も 23 字、全く同じ字数の文ですが、印象が異なります。短い時間に伝えるということは、内容をぎゅっと濃縮してまとめることが必要なのです。
僕自身の話でいえば、「未來交創の前田です」と言っても、「未來交創」という社名も、「前田」という名前も、知っている人はいません。このとき、社名や肩書だけではなく名前さえも、会社勤めをしていたからこそ通用したのだということを、嫌というほど思い知らされるのです。
事業内容とは「事業の目的」そのもの
このエレベーターピッチという自己紹介は、名刺そのものなのです。短いことばだけで、通用する文章にしなくてはならないからです。
僕自身、「ことばデザイン」「コミュニケーション・ファクトリー」など、会社の業務を一言で伝えられることばをあれこれ探していました。ところがうまくいきませんでした。
結局、ことばを探していても意味がなかったのです。
- 何のためにこの仕事をしているのか
- 何を提供できるのか
という「仕事の顔」がデザインできていなかったからです。
新聞社で校閲という仕事をしていたためか、文章を上手に書くことを伝えるのが僕の役目だと思っていました。もちろんそれは、いまも仕事の一つではあります。しかし、なぜ文章がうまくなくてはならないのか、という問いには答え切れなかったのです。これは 5 年ほどカルチャーセンターでエッセイ教室を担当していたときに、ずっと自らに問いかけていたことでした。
文章が自己表現のツールであるいうことに気づくまで、かなりの時間を要しました。エッセイ教室に通う受講生は、必ずしも上手な文章の書き方を求めていたわけではありませんでした。エッセイを通して自らを表現したかったのです。僕はその手伝いをしていたのです。
改めて文章について考えてみました。すると、仕事がなんであれ僕たちは、文章やことばを通じて自己表現をしていることに気づきました。美術や音楽など感覚的な表現手段であっても、その根底にはことばがあります。ことばをツールとして使いこなせていないために、自己表現ができていない人や企業の手伝いをするということが、僕が文章に関わっていくミッションだということに、ようやく行き着いたのです。
「業務内容」を言語化した名刺は究極のプレゼン資料
実際に文章にまつわる仕事をしていくなかで、業態が変化し、ようやく行き着いたのが「文章コンサルタント」という業務内容でした。そこから僕自身の意識が変化し、仕事にも変化が出てきました。そして、エレベーターピッチというごく短いプレゼンは、何をしたいのかという内に秘めた小さな芯を自覚することから始まるのだということを知ったのです。いわゆる業務の言語化です。
その言語化した先に表現されたものが名刺です。そこには、限界ギリギリに濃縮されたことばが刻まれているからです。名刺は「仕事の顔」を極めた究極のプレゼン資料ということができるのです。
「広報文・企業文書から幼稚園の入学願書、泣けるラブレターまで、文章に悩む方のコンサルをしています」
これがいま、僕がエレベーターピッチで使っている自己紹介です。それは名刺に書かれた僕の「仕事の顔」なのです。
第 8 回「フリーランス・個人事業主の名刺は集客ツール」はこちら
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この記事を書いた人
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早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。