知られざる「哲学者の弟子入り制度」。哲学者というナゾ職業。いつから哲学者になるの?《哲学者・苫野一徳の哲学入門最終回》

現代にも哲学者は存在する。苫野一徳氏は熊本大学准教授であり、実践する哲学者でもある。その“名乗り方”とは?

プロフィール
熊本大学准教授苫野一徳
経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか、全国の多くの自治体・学校等のアドバイザーを歴任。著書は『親子で哲学対話』『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)など多数。
哲学者は歴史上の人物というイメージも強いが、この現代にも哲学者はいる。熊本大学で教育学の教鞭を執る苫野一徳氏は、大学准教授でありながら、名実ともに哲学者としても知られる存在だ。では、「哲学者」とは、いつ、どのようなきっかけで名乗るものなのだろうか?
目次
本を読んで「納得いかない」と門を叩く
教授職は大学に採用されることで与えられる。博士号を取得すれば「研究者」と名乗ることはできる。しかし哲学者はどうだろう。
今、教育界や哲学界で気鋭の学者として、各方面からひっぱりだこの苫野氏だが、そのキャリアを語るとき、必ず登場する人物がいる。哲学者であり、苫野氏の師でもある竹田青嗣氏だ。竹田氏は、苫野氏が学んでいた早稲田大学で哲学の教鞭を執っていた。
「この頃、私は躁状態で“人類愛”というビジョンを確信していたんです。すべての人類がつながり合い、愛し合っていると。でも、竹田は著作の中でそれを“反動的な理想理念”だと断じられていて、“何を言ってるんだこの人は!”と腹が立って、竹田の門を叩いたんです」
当初は道場破りのような気持ちで竹田氏の元を訪れたという苫野氏だったが、その後、弟子入りし、哲学修行に打ち込むこととなる。
道場破りのはずが、弟子入り
憤りとともに読み始めた竹田氏の著作も、ページをめくるほどに自分の信念が崩れていったという。苫野氏の躁うつに関しては、自著『子どもの頃から哲学者』(大和書房)に詳しい。
「完全に論破されました。人生最大のウツを味わいましたね。でも同時に、“なんだこの思考の力は”という衝撃もありました。自分を壊したのも哲学なら、立て直すのも哲学なのではないか、と」
道場破りのつもりが、いつのまにか道場の住人に。弟子入り後の哲学修行については、関連記事にあるが、朝から晩まで哲学の勉強をさせられたという。
そして、弟子入りから約20年を経て、哲学者の師弟対談本『伝授! 哲学の極意』(河出書房新社)を刊行。戦争から経済格差など、現代社会の難問を哲学で解決する糸口を探る。
子どもの頃から哲学者だった?
では、「哲学者」という肩書きは、いつ、どのようにして手に入るのだろうか。苫野氏の答えは明快だ。「哲学者と名乗ったときから哲学者です。僕は子どもの頃から哲学者です」。
実際、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)という著書を持つ苫野氏だけに、説得力がある。
しかし、哲学の研究者と哲学者は異なるとも言う。過去の哲学の系譜を研究するのではなく、自らの哲学を編み出す。「それが哲学者です」。
文/長谷川恵子
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- 猫と食べることが大好き。将来は猫カフェを作りたい(本気)。書籍編集者歴が長い。強み:思い付きで行動できる。勝手に人のプロデュースをしたり、コンサルティングをする癖がある。弱み:数字に弱い。おおざっぱなので細かい作業が苦手。