Interview
インタビュー

「生涯現役」を目指す88歳ジャズシンガー齋藤悌子、毎朝ラジオ体操で全国ツアーに備える

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86歳で初のCDをリリースした齋藤悌子さん。「元気な限り歌い続けたい」と意欲的に取り組む約2時間のコンサートは休憩なし。椅子にも座らず、温かい歌声で観客を包み込んでいる。

歌が大好きで18歳の時に歌手活動を始めた齋藤悌子さん。ラジオ体操と発声練習は毎朝の日課。命が続く限り歌いたいと生涯現役を掲げています。その原動力について聞きました。

【写真】2023年、都内で行ったコンサートの様子

――昨年12月に東京で開かれたライブを観に行きました。「アメイジング・グレイス」の歌唱中、悌子さんの温かい歌声に涙を流していた女性の姿がありました。

齋藤:コントラバスの荘厳な音に合わせて歌うことができて、胸がいっぱいになりました。ウクライナやガザ、世界では扮装が続いていますよね。世界に平和が広がってほしい。その思い一心で歌いました。歌い終わった後に不思議な空白の時間があって、皆さんと1つになれたように感じました。

――米軍の基地内で歌い始めたのは、18歳の時でした。

齋藤:ラジオから流れてくるジャズに魅了された高校時代。歌が好きだということを知っていた恩師が、「米軍基地内で歌うシンガーのオーディションがある」と教えてくれました。英語なんて話せなかったけれど、「やってみたい!」と飛び込んだんです。米軍基地内では最新のジャズに触れることができたので、国内外からたくさんのミュージシャンが集まってきていました。

――後に夫となる勝さんが、バンドマスターを務めていたグループの専属ボーカルを務めることが決定。約10年間、米兵たちに歌を届けていました。

齋藤:はい。ステージでは、将校たちのリクエストに応えて「サマータイム」「テネシー・ワルツ」などを歌いました。特に多かったのは「ダニー・ボーイ」。ある夜も若い将校さんから「ダニー・ボーイを歌って」とリクエストされて。女性と踊っているのを見て「素敵ね」と思っていたのだけど、頬に涙が流れるのが見えてびっくりしてね。後でスタッフの人に話したら「彼は、ベトナムに戦争に行くんだ」と聞きました。無事に戻ってきたのかは分かりません。

米軍基地で歌っていた時代(©︎Herbie Yamaguchi)

――勝さんが亡くなられた後、気力がなくなり大好きだった歌から離れたと聞きました。

齋藤:えぇ。10年以上、歌うことはもちろん音楽からも離れていました。でも何気なく入った喫茶店で、ジャズのスタンダードナンバーを耳にした時、「また、歌いたい」という気持ちが芽生えたんです。久しぶりにジャズを歌った時は、リズムや歌詞が体に染みついていると感じました。

――2022年には、ライブで歌うジャズのスタンダードナンバーを収録した初のアルバム「Teiko Saito meets David Matthews – A Life with Jazz -」を発表。ライブも精力的に行っています。今年は4月6日に福岡で開かれるライブを皮切りに、兵庫、東京などで全4公演を予定しています。

齋藤:各地で声をかけてくださる方の存在が励みになっています。仙台や名古屋の方から「私の街にも来て」と言っていただいたり。いつまでも歌えるように、毎朝5時に起きて、6時には近くの公園でラジオ体操をするのが日課です。終わったら腹式呼吸のトレーニングをして。機会があれば2枚目のアルバムにも挑戦したいです。

■公演情報

※チケットは前売りが5500円、当日6000円。東京公演は別途ドリンク代600円が必要。

・4月6日(午後3時開演)、7日(午後2時開演)
 場所:キャナルシティ劇場 (福岡市博多区)

・4月19日(午後6時半開演)
 場所:神戸朝日ホール(神戸市中央区)

・4月23日(午後6時半開演)
 場所:EXシアター六本木(東京都港区)

問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-003-337

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