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コミュニケーションうまみピーク「十年物の昆布」を世界へ 大手商社マンが5年で起業できた「人脈力」

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最高級と言われ高級料亭だけで消費される3年熟成の昆布。実はさらに熟成させれば、うまみ成分は10年目でピークに達するといいます。観光で訪れた北海道・利尻島で昆布漁師と出会い、昆布に「ドはまり」した商社マンは、いかにしてわずか5年で昆布の魅力を世界に発信する会社を興すことができたのでしょうか。

大手商社マンを辞めて、食文化を世界に発信する会社「文継」を立ち上げた大路幸宗(おおじ・ゆきむね)さん。起業を実現させるカギになったのは、人脈をつくる技術でした。

弟から兄へ…人生を変えた利尻島の漁師との出会い

大路さんは大手商社でスマート農業やスマート林業を手がける新規事業の立ち上げに携わっていた2018年、観光で訪れた北海道・礼文島で一人の町職員と知り合います。この町職員から「兄貴が昆布漁師なんだけど……」とある悩みを相談されたことが、人生の大きな転換点になりました。

「兄貴」と呼ばれた小坂善一さんは、礼文島の南隣にある利尻島で働く漁師で、漁業法人「膳」も運営する人物です。小坂さんの抱える悩みとは、収穫した昆布を天日で干す作業をするための人手が足りないことでした。

昆布の収穫は7~8月に行います。深夜2時ごろ、天気予報や風向き、湿度などから翌日の日中は雨が降らないと判断した漁師は船を出し、午前3時ごろから先が二つに分かれた「さすまた」のような道具を水中に突っ込み、昆布をぐるぐると巻き取って船に引き上げる昆布漁を始めます。

問題はこのあと。水揚げされたばかりの昆布は全長約150センチ。たっぷりと水を含んで重い上、ぬめぬめと滑りやすく、持ち上げるのも一苦労。それを「干し場」と呼ばれる浜辺の岩場に1枚ずつ、重ならないように並べて乾燥させなくてはなりません。

乾燥させられるのはその日の午後3時ごろまでの約12時間だけ。時間との勝負です。水揚げしたらとにかく急いですぐに並べなくてはならず、乾燥させたらこれまた大急ぎで倉庫へ運び込む重労働。大路さんは「高齢化が進み、人口も減少しつつある島の人たちだけではまったく人が足りない状況で、解決するには島外から若い人たちを呼び込むしかないと考えました」と振り返ります。

「京都の学生を利尻に」人脈生かし島の課題を解決

昆布漁が行われる7~8月はちょうど大学が休みの時期です。大路さんは、自身が卒業した京都大学の学生に、夏休みのアルバイトとして利尻島に来てもらうアイデアを思いつきます。

「京都は和食の街ですが、その味の基本となる昆布がどこでどうやって作られているのかを知っている人はほとんどいません。京大の学生なら、お金のためではなく、『昆布がどこから来るのか』を知り、自ら体験したいという知的好奇心で島に来てくれると考えました」

早速、学生時代の人間関係をたどり、現役の学生を対象に利尻島でのアルバイトへの参加者を募集してもらうことにしました。時給こそ1800円と高めにしましたが、重労働なうえ往復の交通費は支給されず、割のいいアルバイトとはとても言えません。

しかし大路さんが予想したとおり、京大生たちは離島での昆布収穫という未知の体験に興味津々。十数人を予定していたアルバイトの枠はすぐに埋まり、彼らは昆布干し作業の貴重な戦力になったのです。アルバイトは毎年続き、5年目となった今年の夏は枠がいっぱいで学生を断ったほどの人気ぶり。初めて、イギリスやケニアからの留学生も参加したそうです。

自身のアイデアで積年の悩みが解決されたことで、小坂さんとの関係が深まった大路さん。学生時代の人脈を使って、小坂さんという新たな人脈を深める。大路さんにとって大きな力となる「人脈構築術」が、はっきりと形になった瞬間でした。

そして大路さんは、小坂さんから昆布そのものの魅力を聞かされ、その奥深さにとりつかれていきます。

「十年熟成昆布」の衝撃のうまさに人生をかけ起業

乾燥した昆布は長さ約1メートルほどに縮みます。それを3等分にしたものが、市場に出荷される利尻昆布です。ちょっと古めかしい乾物屋さんの店頭に並んでいるところ、見たことがある人も多いのではないでしょうか。

昆布は時間をかけて熟成させると、うまみ成分のグルタミン酸が増える性質があります。3年熟成させた昆布は、グルタミン酸が実に2倍に増加するというデータがあるそうです。特に、利尻の昆布蔵で保存し熟成させた昆布は、夏の湿った風と冬の厳しい寒さで膨張と収縮を繰り返し、うまみをたっぷり含んだ飴色の昆布へと姿を変えていきます。

ただ、熟成が進んだ長期保存の昆布が市場に出回ることはこれまでほとんどありませんでした。最長でも3年や5年熟成させたものが、ごく一部の高級料亭などで使われているだけで、それ以上長期熟成させた昆布は地元の漁師だけが知る味でした。

「昆布を取り扱う問屋さんにとっては、長い間昆布を保管しておくと品質が悪化したり、最悪の場合は何らかの事故で価値がなくなってしまったりといったリスクを抱えることになります。利尻の昆布は1年熟成や、熟成させていない『新物』でも市場でちゃんと売れるので、これまではそんなリスクを負う必要がなかったのです」

しかし実際に長期熟成の昆布で取った出汁を味わった大路さんは、その深い味わいに衝撃を受け、「十年物昆布」で起業という大勝負に打って出ることを決意します。ただ問題は、世の中のほとんどの人が「長期熟成の昆布はうまみが増す」という事実を知らないことでした。そもそも、そんな商品が市場に出回ったことがないのだから、当然です。

「自分の仕事は、世の中に長期熟成の昆布の魅力を広げ、熟成期間に見合った価格で買ってもらえる状況を作り上げることだと心に決めました。5年、10年と熟成させても売値が変わらないのでは、ビジネスとして成立しません。10年物の昆布を、少しぐらい高くても手に入れたいと多くの人が思うようになれば、ビジネスとして間違いなく成功すると確信しました」

後に立ち上げた会社の名前は「文継」。昆布を始め、知られざる日本の「文化」を次世代に「引き継いで」いきたいという願いを込めたと言います。

新たなビジネスの源泉は「人脈を大切にする力」

利尻に大学生たちを招くようになって間もなく、長期熟成昆布を自身の新しい仕事にしようと心に決めた大路さん。東京で会社員として働くかたわら、小坂さんの漁業法人の助言役となり、国内外で新しい販路の拡大に努めはじめます。

「ここで役立ったのは商社で学んだビジネスのやり方と、商社時代の人間関係でした。海外に信頼できる代理店を見つけ、そこを通じてしっかりとしたビジネスをするというやり方はまさに商社マンですし、信頼できる相手かどうかを見極める際には、商社時代に一緒に仕事をした方々との関係が大きな力になりました」

利尻に招いた京大生たちとのつながりも、新たなビジネスの種になっていきます。「昆布干しのアルバイトをした子が、祇園の料亭でもアルバイトをしていたことでその料亭が私たちの昆布を使ってくれるようにもなりました。今ではアルバイトを経験した学生が商社やジェトロ、農業機械大手などに就職し、『何か僕に出来ることはありませんか?』と気にかけてくれます。彼らがそれぞれの職場で責任ある立場になっていけば、きっとまた新しいビジネスが生まれると期待しています」

ただ、大路さんが実際に会社を辞め、自身の会社を立ち上げたのはおよそ5年が経った2022年1月のことでした。そこにも、人脈を大切にする大路さんの心配りがありました。

「当時働いていたのは商社の新規事業として立ち上げ、創業メンバーとして出向した会社でした。2016年の立ち上げからまだ数年しか経っておらず、創業メンバーの一人で営業の責任者だった私が抜けることは、会社のみんなに大きな迷惑をかけてしまうと考え、すぐに会社を辞めることは出来なかったんです」

今いる組織での仕事に全力投球し、身につけられるスキルをしっかり身につけること。そして、今ある人間関係を決しておろそかにせず、その人脈をさらに次の人脈作りにつなげていくこと。大路さんの仕事術は、将来独立を考えている人にとって、あるいはそうでない人にとっても、日々の過ごし方を変えるきっかけを与えてくれそうです。


大路幸宗(おおじ・ゆきむね)

株式会社「文継」代表取締役、利尻島の漁業法人「膳」CSO。京都大学文学部日本史学専修卒業後、三菱商事に入社。宇宙航空機部、ワシントンD.C.駐在、スマート農業などを手がける社内ベンチャーのスカイマティクス出向・転籍などを経て独立起業。石川県能登半島にある明治創業の鍛冶屋「ふくべ鍛冶」特別顧問や五島の織物工房「しまおう」の営業本部長も兼任。社名の「文継」は、「22世紀に日本文化を継承する文化商社」という意味を込めた。静岡県出身。

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