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地方移住の成功のカギは「フリーランス」「人とのつながり」。フルリモートワークなら移住すべき理由を経験者に聞く

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移住してから仕事に困らないための秘訣とは? 東京生まれ、東京育ち。41 歳で地方移住を決断した『女フリーランス・バツイチ・子なし 42 歳からのシングル移住』の著者、藤原綾さんに聞きました。

プロフィール

インタビュアー、スタートアップ広報中村優子

(なかむら・ゆうこ)元テレビ局アナウンサー、インタビュアー、スタートアップ広報。作家・林真理子さんのYouTubeチャンネル「マリコ書房」、および著者インタビューサイト「本TUBE」を運営。インタビュー動画の企画から出演、編集まで一人でこなす。年100本以上の動画制作に関わる。2022年、スタートアップ広報の会社を設立。

人口減少する地域での定住の覚悟

いまや多くの地方自治体が、短期間の「移住体験ツアー」や「お試し移住」の制度をもうけています。気に入ったら住む、そうでなければ住まないという手軽さが、移住希望者に好評です。


東京でフリーランスライターをしていた藤原綾さんは、最初から定住の覚悟で霧島に移り住みました。長く住み続けることの利点は多いですが、心配もあるようです。

「何となく、65 歳までは働こうと決めていて、そのとき、野菜を自分で作れて、そばで果物の実がなっていて、釣りさえできれば、まあ何とかなるかな、みたいな。
でも、周りは高齢の方ばかり。10 年後、20 年後に地域の人口がどんどん減っていけば、インフラもなくなっていく未来が目に見えます。
移住者や U ターン、関係人口を、増やしていくしかないんですよね。すでに、霧島市の中でも、市街地の方に人が流れてしまって、私が住んでいる山間部の人口は減りつつあります。
近い将来、東京の価値観とは別の価値観を持つ人が増え、ここで育たないかなと期待しています。機会があるなら、今後は地域の課題解決的な動きもしたいですね」

東京では「漠然とした不安」から異常に働いていた

藤原さんは、2023 年 2 月に著書『女フリーランス・バツイチ・子なし 42 歳からのシングル移住』(集英社)を上梓しています。本書は、2021~22 年の移住前後のエッセイをまとめたもので、見出しには「働けど働けど女フリーランスの不安は増すばかり」とあるなど、移住後の仕事への心配が綴られています。


現状(2023 年春)、藤原さんの仕事は、どのような具合か、率直にうかがいました。


「出版不況と言われて久しいですが、この点に関しては、東京にいたところで一緒だったと思います。コロナ禍の影響という意味では、収入は全く変わりませんでした。それは、ライフスタイルや美容関連の記事の仕事が、むしろこの期間に増えたことが大きいです。
移住後の仕事については、リモートワークで対応できるものが多く、その点では田舎にいることの不都合は感じていません。
ただ、撮影が伴うと、上京が必要な場合がどうしても出てきます。そのときは、以前はなかった航空運賃や駐車場代といった費用が発生します。ほとんどの仕事は自己負担です。それで、小さめの仕事は受けることができなくなり、そのぶん収入は減るかたちになりました。
ただ、東京にいた頃は、ちょっと異常なぐらい働いていました。睡眠時間を削りまくって、ご飯も外食ですます感じ。長く続いている仕事でも、『いつなくなるかわからない』という切迫感みたいなものがありました。そうすると、キャパを超える量を受けてしまって、次の月は死にそうになります。そう考えると、今はある意味、まともに戻ってきたのかもしれません」

東京にいても仕事がなくなるリスクは同じ

業務がオンラインで完結する職業でも、取引先と距離的に遠ざかると、「仕事の依頼が自然消滅するのでは」という不安感が、大半のフリーランスにはあります。そのあたりの事情について、藤原さんは、こう話します。


「移住したことで、東京の仕事は結構減るものと覚悟していました。『今回で最後の仕事だね』なんて言われたこともあります。ただ、仕事の件数自体は多少減りましたが、収入面での不安は当面ない感じです。かつて勤務していた出版社とは、かれこれ 20 年ぐらいの付き合いになります。一緒に呑みにいく間柄で、気を遣ってくれているからか、途切れずに仕事はいただいています。自分の 20 年先まで考えると、例えば、ファッションの記事の仕事は、今後なかなか難しい状況になっていくだろうと。貧富の差が広がり、ハイブランドと安いアパレルだけ残って、中間のものがなくなっていく可能性があるからです。東京にもいないですし、それを中心にやっていけるとは思っていません。いずれ、今ある仕事がなくなることも、当然ありえるでしょう。そのときは、霧島で、自分で仕事をつくると思います」

人とのつながりはフリーランスの財産

確かに、東京にいるからといってフリーランスの仕事が滞りなく続くと言う保証はありません。とはいってもビジネスは一極集中。どうしても東京が中心。遠くへ移住しても仕事が回っていくための、フリーランスの心得を教えていただきました。


「時代の流れや生活の変化とともに、依頼される仕事も変わってきました。そんな変化があるなかでも、人を大切にしていることは変わりません。すべてつながりだと思ってます。全部ご縁ですよね。例えば、集英社から本を出版しましたが、付き合いの長い宝島社の元編集長がいろんな編集部に紹介してくれて、宝島社の雑誌のインスタに紹介されたことも。
やっぱり、フリーランスは人を大切にすることが大前提だと思います。横のつながりで仕事が広がっていくので、そこをないがしろにしてる人は、多分やっていけないんじゃないかな」

独り身なら移住に悩む必要はない

最後に、地方移住を考えているけれど、ふんぎりのつかないフリーランスの方々にアドバイスを教えていただきました。


「家族がいると難しいこともあると思いますが、もし 1 人だったら悩む必要はないのでは、と思います。
私は、独り身のフリーランスですが、かえって何も守るものもないし、責任もないので、別にどこで暮らしたっていいという気持ちです。
ふんぎりのつかない人は、きっと漠然とした不安があるのかもしれません。でも、フリーランスであろうとなかろうと、結局未来なんてどうなるかわからないじゃないですか? 私も 20 年後のことを思いながら生きてはいますけど、一方で明日死ぬかもしれないとも思っているわけで。
20 年前に、世界や日本が今の状況になるとは、誰も想像できてなかったでしょう? 予想ができないのであれば、常に自分にとっての最良の道を歩み、それを重ねていくこと以外ないんじゃないかなと思います」

前回までの話はこちらです

この記事を書いた人

鈴木 拓也
鈴木 拓也
都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。

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