Interview
インタビュー

松山ケンイチ「リアルを超えた芝居」とスタッフも涙。映画『ロストケア』で大量殺人を演じさせた前田哲監督の手腕は「演者のやりたい気持ち」の集結。

ログインすると、この記事をストックできます。

42人もの高齢者を殺害した男を松山ケンイチさんが演じる映画「ロストケア」。前田哲監督が「リアルを超えた芝居だった」と振り返ります。主題歌を作った森山直太朗さん、一時は引退を考えたことから復活した綾戸智恵さんとの秘話も。

プロフィール

映画監督前田哲

映画監督。撮影所で大道具のバイトから美術助手を経て、助監督となり、伊丹十三、滝田洋二郎、大森一樹、崔洋一、阪本順治、周防正行らの監督作品に携わる。1998年相米慎二監督のもと、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語・かわいいひと』のエピソード3で劇場映画デビュー。本年公開作として、6月に『水は海に向かって流れる』と『大名倒産』がある。

3月24日に公開される映画「ロストケア」の前田哲監督が、42人の高齢者を殺害した男を演じた松山ケンイチさん、その認知症の父役の柄本明さん、検事役の長澤まさみさんらの演技を振り返ります。映画の構想中、自身にも大きな変化が起きました。

映画『ロストケア』のイベントの様子

「ぜひやりたい」の思いが集結

――俳優の松山ケンイチさん、長澤まさみさんが初共演した映画「ロストケア」で監督と脚本を務められました。

前田哲:僕が葉真中顕さんの小説「ロスト・ケア」(日本ミステリー文学大賞新人賞受賞)を読んだことが始まりでした。本を薦めた松山(ケンイチ)くんも「ぜひ、やりたい」と言ってくれて、映画化に向けて脚本を考えていきました。松山くんやプロデューサーとも話し合いを重ねました。

――松山さんは42人もの高齢者を殺害する介護士・斯波宗典を、長澤さんは斯波と対峙する検事・大友秀美を演じました。最もこだわられたのは、どのような部分でしたか。

前田:取調室での斯波と大友の言葉のやり取りですね。自分が行ったのは「救い」で「殺人」ではないと主張する斯波の信念に戸惑う大友。二人の緊迫感ある攻防の中には、日本が抱えている問題が含まれています。

映画「ロストケア」 全国公開中 / 配給:日活・東京テアトル ©2023「ロストケア」製作委員会

目を向けられないものに目を向ける

――葉真中さんが小説を発表したのは2013年のことでした。10年以上経った現在も、介護現場の過酷な現実について、解決策は見つかっていません。

前田:10年前から問題となっていたのに、国は有効な手立てを打つこができないままに、状況はどんどん悪くなっている。社会の中には、見えるものと見えないものがあるんじゃなくて、見たいものと見たくないものがある、みんなイヤなものには目を向けないんですよね。ヤングケアラー(18歳未満で家族の介護などをする子ども)だって、昔からそういう子どもたちがいたけれど言語化され可視化されてやっと目を向けるようになった。

――前田監督ご自身は、介護の経験などはありましたか。

前田:本と出合ったときは、僕も介護について実体験としては知らなかった。でも「ロストケア」の構想を練っている最中に、僕自身の人生と小説がシンクロする出来事がありました。叔母が認知症になったと連絡があり、行ってみたらすでに家がゴミ屋敷になっていました。そこからが大変で、お金を管理するために通帳を探すことから、施設に入れるための手続き、家の片付け・・・と、初めてのことばかりであたふたしながらも、叔母が少しでも快適安心安全に暮らしていけるように手配しました。いまは僕の両親もホームに入っていますが、叔母のことがあったので、慌てずにすみました。

――映画にはジャズ・シンガーの綾戸智恵さんも出演していました。私は綾戸さんが2008年に迎えた歌手デビュー10周年のときにインタビューをしたのですが、「認知症の母を放っておけない」と現場にお母さまが同席されていて、介護の厳しさについて、そのとき初めて気づかされました。

前田:綾戸さんには、「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」(2018)に出演していただいて、以来親しくさせてもらってます。コロナの渦中に、綾戸さんはお母さまを亡くした後、「引退する」と言っていたのですが、つい最近「Hana Uta」というアルバムを出して、2月にはライブもして、再び歌い出されたことがうれしいです。大切な人を思う歌は、生きる力がわいてきます。

「言語化され可視化されてやっと目を向けていく」

映画は一瞬にして天国と地獄を生み出す「生き物」

――歌と言えば、主題歌の「さもありなん」は森山直太朗さんに直々にオファーされた曲ですね。森山さんには同曲でインタビューをしたのですが、斯波のように壊れてしまう可能性について、ご自身も「否定できない」と話しておられたのが印象的でした。

前田:森山さんには、斯波と大友の対決シーンや、斯波と認知症の父親(柄本明)が自宅で向き合うシーンの編集をする前のラッシュ映像を観ていただきました。その映像がとても心に響いたようでして、そこから曲の方向を話してくださり、そのアイデアが素晴らしくて……そして、「さもありなん」という心に沁みる素晴らしい曲にしてくださいました。タイトルからして凄い!と思いました。

――資料に「映画は日々変化し、一瞬にして天国と地獄をも生み出す『生き物』であることを思い知らされた撮影現場でした」と書かれていました。

前田:僕が考える演出とは「場」を与えることで、俳優陣が集中して力を発揮できる状況をスタッフと作り上げて、あとは俳優同士の世界の構築に任せています。今回は松山さん、長澤さん、柄本さんがリアルを超えた芝居を見せてくれた。スクリーンを通してその熱が伝わればうれしいです。

取材・文・写真/翡翠
編集/MARU

ログインすると、この記事をストックできます。

この記事をシェアする
  • LINEアイコン
  • Twitterアイコン
  • Facebookアイコン