独立起業の先輩たちからノウハウを学ぶ〈起業家・萩原良さん/後編〉起業したい人が会社を辞めるまでに何をすべきか? 脱サラまでの3か月間で出会った人たちが人生を変える?
海外に日本の情報を発信するスタートアップ企業「株式会社TSUNAGU(ツナグ)」を起業した萩原良さんに、企業を決断する経緯や起業後に起きたピンチ、その乗り越え方について伺いました。
自分の「好き」やスキルを生かして独立するために、会社員時代にするべきことは--。
先輩の経験から学ぶシリーズの2人目、海外に日本の情報を発信するスタートアップ企業「株式会社TSUNAGU(ツナグ)」を起業した萩原良さん(40)のお話の後編です。三洋電機と銀行系コンサル会社で修行した萩原さんがいよいよ起業を決断する経緯や起業後の波瀾万丈、最大のピンチを救ってくれた先輩経営者との交流。そして会社を売却して、ゲームと英会話を融合させた新たな子ども向けの事業に挑んでいる現状を聞きました。
創業後の萩原さんを支えたのは、会社で身につけた誰もが触れたことのあるあの技術と、退職前3カ月間の過ごし方でした。
先輩起業家Profile
萩原良(はぎわら・りょう)「kiduku(キヅク)」代表取締役社長。幼少のころに海外に住んでいたことから、「世界の中での日本」を常に意識。2005年一橋大学卒業後、三洋電機、三菱UFJリサーチ&コンサルティングを経て、2013年に海外に日本の情報を発信するスタートアップ企業「株式会社TSUNAGU(ツナグ)」を起業。2019年に会社を売却し、そこで得た資金を元にゲームで英会話を学べる子ども向けサービス「ゲーミング英会話」を手がける「kiduku(キヅク)」を立ち上げた。現在は、自分と同様に起業を目指す人も応援している。
目次
フェイスブックでテストマーケティング
企業で修行して自身を成長させ、30歳までに起業する。そう心に決めていた萩原さんは30歳目前の2012年、いよいよ起業に向けて動き出します。
「日本のことを海外にアピールする仕事をしたい」。子どもの頃から変わらないこの思いを、具体的にどう実現するか。萩原さんはまず、フェイスブックを使ってテストマーケティングを試みることにします。
「今、海外で日本のどんな情報が求められているのかを探りたいと思い、まずは毎日写真1枚と、それに合わせた英文のテキストをフェイスブックに投稿することにしました。続けていくうちにどんなジャンルのどんな情報が好まれるのかという傾向がわかり、事業の方向を考える助けになると考えたんです」
わずか8カ月で50万人のフォロワーを獲得
ところが、事態は思わぬ方向に進みます。まだフェイスブックで日本の情報を海外に向けて英語で発信している事例が少なかったこと、また海外で日本ブームが起き訪日外国人が増えつつあった時期と重なり、マーケティングが目的だったこのフェイスブックページに注目が集まることに。たった8カ月間で50万人のフォロワーを持つ人気となったのです。
「大手通販サイトなど、いくつもの企業からこのページに広告を載せたいという問い合わせが入るようになり、『これは行けるぞ』と手応えを感じました。調べてみると、当時は海外向けの日本情報サイトという業態にあまり競合他社もいなかったので、これで起業しようと決意しました」
フェイスブックのフォロワーをベースに、海外に日本の情報を発信する独自のWebメディアを開設して顧客を流入させ、収益化する。さらに、50万人のフォロワーを得た実績をもとに他企業の海外向けフェイスブックページの運用を代行する。目指すビジネスの姿が固まった瞬間でした。
「会社員のうちにやるべきこと」とは
萩原さんは勤務先の三菱UFJリサーチ&コンサルティングに退職の意向を伝えますが、ここから退職までの3カ月間の過ごし方が、起業後に大きく影響したといいます。
「退職までの間はまだコンサル会社の社員ですから、せっかくの立場を生かして、業務時間外や休日にとにかくたくさんの人たちの話を聞きにいきました。起業を経験した経営者の方や、スタートアップ企業への投資に興味があるベンチャーキャピタルの関係者などです。先輩の経験談は参考になりましたし、当時は創業メンバーをどう集めるかに頭を悩ませていて、そういう人材を募れるサイトを教えてもらうこともできありがたかったです」
後に会社を救う「天使」との出会いも
その中でも、後に起業した会社の命運を左右することになったのが、先に会社を興して成功していたある経営者との出会いでした。
「のちの話ですが、起業してから2年目に資金繰りが非常に厳しくなり、10社ほどのベンチャーキャピタルに投資をお願いしても実現しなかったとき、この方が300万円を出資してくれました。これで何とか一息ついたところで、大手との取引が実現して急成長することができた。この方との関係は本当に大きかったです」
初年度の営業赤字招いた大失敗とは
2013年9月、萩原さんはついに海外に日本の情報を発信する事業を営む「TSUNAGU」を設立します。創業メンバーは萩原さんを含む常勤2人、非常勤1人。資本金は貯金と親からの借金を合わせて500万円。借り入れは政策金融公庫と自治体の制度融資で計800万円という資金でのスタートでした。
「とにかくお金がないので、僕ともう1人の常勤役員は月給12万円に設定しました。コンサル時代と比べると収入面では急降下です。正直このころは、同じ年に結婚した妻に養ってもらっている状況でしたね」
ところが、初年度は売上高630万円、420万円の営業赤字に陥ってしまいます。
「売上が期待ほど伸びなかったことに加えて、200万円を投じて一から制作を委託した海外向けWebメディアのできばえが思わしくなくかった。この200万円を捨てて、Webサイト制作ツールのワードプレスでゼロから作り直すことになってしまいました。結果的にはぼったくられたというか、非常に痛い出費になってしまいました。自分自身のWebに関する知識と経験がないことが一番の原因でした」
預金残高は数千円、自分の給料は未払いに
2年目は、カカクコムなどを傘下に持つIT大手「デジタルガレージ」が主催するベンチャー企業育成プログラムに参加します。卒業イベントでは100人の投資家や企業関係者の前でプレゼン合戦。結果は、のちに急成長しユニコーン企業となる「SmartHR」に続く特別賞でしたが、期待した新たな投資を受けることはできませんでした。
「2年目の決算も売上高880万円、690万円の営業赤字になりました。会社の預金残高は数千円というぎりぎりの日もあり、期末時点でわずか70万円。自分自身への給料は未払いにし、さらに自己資金を会社に貸し付けて何とかしのぐという状況でした」
この極限状況に救いの手をさしのべてくれたのが、前出の先輩経営者でした。この経営者からの出資で何とか事業を継続できたそのとき、奇跡が起きたのです。
大企業から舞い込んだとんでもない取引
「3年目の2015年、誰もが知る大企業から『海外向け情報サイトの運営についてアドバイスしてほしい』という依頼がありました。こつこつと運営を続けていた我々のWebメディアを見てくれていて声をかけてくれたようです。ある意味では僕たちにとって競合相手にもなり得る可能性はありましたが、うまく併存できるだろうということで引き受けたんです。するとしばらくして、『運営を全部TSUNAGUでやってくれ』という話になって。前年の売上高をわずか数カ月で稼ぎ出すとんでもない条件でした」
この取引で会社の業績は急拡大。さらにこの企業との取引で信用が高まり、大手企業の海外向けサイトの記事制作など新たな仕事が次々に舞い込むようになりました。また本業のメディア事業も着実な成長を遂げ、タイアップ記事などの案件受注が増えるようになり、十分な収益を稼ぎ出せるようになりました。十分にマネタイズできるようになりました。
「すべての歯車がうまく噛み合うようになりました。4年目、5年目と業績が急拡大して注目が集まり、元AKB48の高橋みなみさんのラジオ番組に出演させてもらえたのはいい思い出です」
会社を売却、娘のために新たな挑戦へ
急成長したTSUNAGUは2018年にドコモと電通の合弁会社「D2C」から企業買収の提案を受け、萩原さんは売却を決断します。
「当時は案件を受注するのはすべて引き合いベースで、社内には営業マンがいない状況でした。営業力のある企業と組むことで成長をより加速させることができると考えました。当初目標にしていたIPO(株式公開)ではなかったものの、会社の成長や社員の安定なども考えると最適な選択をしたと思っています」
萩原さんは売却後も約3年半代表を続けましたが、コロナが落ち着いてきた昨年の6月に退任、7月にはゲームをしながら英会話を学べる子ども向けサービス「ゲーミング英会話」を提供する新しい会社「kiduku(キヅク)」を立ち上げています。
「これまで8歳の娘に10ほどの習い事をやらせていて、英会話もやらせていたのですがなかなかモチベーションが続かなくて。娘は普段はゲームとユーチューブが大好きなのですが、それだったら娘が好きなことが勉強になれば本人も楽しめるし、継続できるのではということでゲームと英会話を組み合わせた事業をやってみようと。子どもに人気のマインクラフトやフォートナイトをやりながら、Zoomで英語でやりとりするプログラムの評判が非常によくて、2024年には1億円の売上高を目指しています」。
今後は、自分と同様に起業を目指す人を応援したいそうです。
「自分も最初の起業の時に本当に色んな人に助けられたので、その恩返しの意味も含めて小規模ですがエンジェル投資もしています。これまでも5社ほど出資させてもらっていますが、今後も自分の経験などが役に立てそうな企業があれば是非お話しさせていただきたいです」
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この記事を書いた人
- 新聞社の経済記者や週刊誌の副編集長をやっていました。強み:好き嫌いがありません。弱み:節操がありません。