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超人気のカヌーツアーガイドで起業。マニュアルが通用しないアウトドアビジネスに必要なのは「柔軟性」と「経験値」

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今カヌーは空前のブームで中古カヌーが新品カヌーより高いという現象まで。しかしアウトドアビジネスだけの仕事で食べていける人は実は一握り。函館市でカヌーのツアーガイドをはじめた中田弥幸さんに話を聞いた。

プロフィール

インタビュアー、スタートアップ広報中村優子

(なかむら・ゆうこ)元テレビ局アナウンサー、インタビュアー、スタートアップ広報。作家・林真理子さんのYouTubeチャンネル「マリコ書房」、および著者インタビューサイト「本TUBE」を運営。インタビュー動画の企画から出演、編集まで一人でこなす。年100本以上の動画制作に関わる。2022年、スタートアップ広報の会社を設立。

アウトドアビジネスは想定外の連続だから「柔軟性」が必要

2020 年、函館市内の汐泊川でカヌーツアー事業を始めたHAKODATE ADVENTURE TOURの中田弥幸さん。仕事は、奥さんの寛代(ひろよ)さんと 2 人体制です。公式サイトを見ると、ツアーは何種類かあり、目玉となる汐泊川のカヌーツアーは、“探検コース”と“冒険コース”の2つ。前者の参加料金は大人1 名 9000 円、後者だと 16,000 円となります。どのようにアウトドアビジネスを経営しているのか伺いました。

取材に訪れた 4 月末は、木々の青葉が茂り始める気配を感じる一方、寒さが残る青空でした。カヌーのツアーガイドは「季節や天候に左右される仕事」であること肌感覚で体感しましたが、不安定な要素のもと、普段の仕事はどのように回しているのか? 中田弥幸さんに伺います。


「来週からのゴールデンウィーク、そして 7~10 月が繫忙期ですね。ツアーの予約は、現時点で十数件ですが、天気予報をチェックして土壇場で予約がどしどし入ってきます。すでに、ご予約を受けられない日が結構あります。


実は、暑くもなく寒くもなく、虫も少ない 6 月が意外とおすすめです。水温が上がってくると、魚も活発になります。汐泊川は保護河川。鮭、アユ、ヤマメ、サクラマス、イワナ、1m を超えるニジマスもいます。

繫忙期だと、1 回のツアーで約 10 人前後のお客さんをガイドします。それが 1 日に2~3回くらいあります。朝は 9 時半から始まり、時期によっては夜、大沼に流れ星ツアーに行くこともありますね。その場合、自分が帰途につくのは PM11時台になることもあります。
2 人で切り盛りしていますが、新たに人を雇わないといけないとは考えています。

カヌーツアーは、下流のゴール地点で集合して、HAT の送迎車でスタート地点の川べりまで上がってきます。そして、川を下って、途中でいったん降りて、コーヒータイムにしたり、御神木が印象的な神社に立ち寄ります。約 3km 下るコースがスタンダードの“探検コース”。もっと上流からスタートして、倍の約 7km 下るのが“冒険コース”です。

川岸に位置する「橡の木(とちのき)神社」の御神木はツアーの1つのハイライト

参加料金については、ちょっと高い料金と普通の料金の 2 本立て設定でメリハリつけています。料金以上のものを提供したいという気持ちは常にあり、お客さんから『安いですね』と言われることもあります。自分のスキル・知識と収入は、比例してくるのかなと思います。


大変なのは、気候変動もあるせいか、天気や生態系が変化してきて、川の姿もしょっちゅう変化するんですよ。変化があるから、ツアーの仕事は結構大変なこともあります。その中でのガイドの役割は【楽しさと危険】を【楽しみながら学ぶ】に変える事だと思います。柔軟に対応できる事が必要なスキルとなってきます。昨年 8 月のお盆の時期は書き入れ時だったのですが、記録的な豪雨で 120 人のキャンセルとなりました。その頃、川辺にツアーに必要な物品を置く拠点を作るつもりでした。ですが、もし拠点をもうけていたら、全部水で流されていたでしょう。それは不幸中の幸いでしたね。


環境の避けられない変化をグダグダ言っても仕方ないと思います。事前のリスクマネジメントとか何か起きたときに対応できる柔軟性が、今後は大事になるかなと思います」

本業の収入だけでは厳しく、3割が地元の手伝い仕事

繫忙期だけの収益をざっと計算すると、事業収入は結構あるように思われます。では、閑散期を含めた年間を通してみると、どうでしょうか。「ガイドだけの収入で食べていけるのか?」―率直に聞きました。


「いやぁ、様々な生活水準があるけど今は。全然……カヌーの収入だけでは難しいです。昔からなんですが、一つのプログラムでアウトドア事業の仕事で食べてる人って一握りだとおもいます。だから様々なメニューを作ったり。忙しくない時期は、漁師さん、農家さん、大工さんを手伝ったりとか、いろいろやって稼ぎます。勿論、カヌーのメンテナンスや打ち合わせもその間に入れていきます。
お手伝いからいただく賃金が、年収に占める割合は 3 割くらいになります。

手伝い仕事はお金のためだけではない

「なんで、そうしたお手伝いをするのかっていうと、お金だけではないのです。ガイドの仕事は何でもできなきゃダメな面があります。それらのお手伝いは、そのためのスキルを与えてくれるのです。言ってみれば、お金をもらいながら勉強させてもらってるようなものです。
この働き方は、地域と情報共有する大切な時間なのでこれからもずっとやっていきたいです。自分自身の引き出しが増えますし。


お手伝いもそうですが、地域との関わりと信頼関係は、そういうとこから生まれてきます。

まず地域の人々に愛されないと、こうした職業はうまくいかないですね。金銭的に苦しいときもあるのですが、そういうところに助けられてる部分もあります」

自然相手のアウトドアビジネスにはマニュアルはない

函館市内の秘境。函館市民も知らなかった絶好のカヌースポット

アウトドア関連のスモールビジネスを志す人には、収入面のリスク以上にやりがいを求めている側面もあるでしょう。何から始めていいのか見えない部分が大きいのが、この仕事。
事業を始めるのに、決まったやり方はなさそうです。中田さんの場合、そもそもカヌーのコース自体をゼロから切り開くところからスタートしました。
アウトドアビジネスを考えている人に向け、中田さんは、次のようなアドバイスをします。


「マニュアルに沿ったような開業法は、全くないと思います。だから、大変なこともあるのは確かです。ツアー自体にも、マニュアルがないんですよ 毎回、天気や川の条件が違って、お客さんが違って、ガイドする話の内容も違う。人の命も預かってるし」

マニュアルがない中で必要なのは経験値

「マニュアルがない中で、マニュアルを組み立てるのは大変。そこは経験でカバーするしかないんですが、そこが面白さでもあるしガイドに求められるスキル、経験値。


マニュアルで全部済むなら、カヌーガイドいらないですよね。事業をどうプランニングするかも自分次第。時に自然が誘導してくれたり、教えてくれたりする時もある気がします。

ただ、自分がやってることは、自分が遊びたい場所を一生懸命こしらえて、今度は僕が遊んでるところで、みんなが遊んでほしいなっていうかたち。だから試行錯誤はあっても、苦ではないでしょう。何かを形にしマニュアルを作る事も必要ですがそれはアクションを起こした時の3割にしか過ぎない。後の7割は全てセンスと個性かな」

資格がなくてもできるが、信頼のためにあった方がいい

繁忙期は1回 10 名のツアーで1日3回ほど開催

この種の仕事を始めるにあたり、資格の有無はしばしば話題になります。調べてみると、アウトドア関係だけでも様々な資格があり、どれがいいのか迷うほど。この点について、中田さんは次のような見解をもっています。


「確かに、世の中にはアウトドア関係の資格はいろいろあります。ただ、資格がなければ、始められない仕事ではないです。『資格はいらないでしょって』という人もいっぱいいて、そこは賛否両論。ただ、資格を持ってると、それがお客さんから目に見える信頼要素なので、そういう面では絶対に資格はあった方がいい。例えば、北海道であれば知事認定の北海道アウトドア資格制度があり、僕も取得しています。


資格を取るのは、そのレベルにもよりますが、おおむね難しくはないです。もっとも、資格があっても、実践が伴わないと意味がないんです。自然の中にいると、『自分はちっちゃいな』って思う瞬間が、多々あるわけですよ。そこは資格だけではどうにもならない部分。実地のトレーニングも積み重ねる事、その地に張り付く事がこういう職業の大前提です。


もちろん、これからアウトドアの仕事を始めるなら、何も知らないよりは、資格の取得を見越して勉強した方がいい。思い立ったら、絶対早いうちにした方がいい。資格を取るのも、経験を重ねるのもです。

人気加熱で中古でも高額になったカヌー

カヌー、ライフジャケットなど初期費用は必要になる(本人提供)

資格とは別に気になるのが、初期投資。具体的にお金のかかるものとして、まず機材があります。中田さんは、機材についてかかるお金について、こう話してくれました。


「まずカヌーですが、安くても 20 万円、高いものは 40 万円ぐらいします。僕の場合ですと、新品で買ったのものもあるのですが、中古のカヌーがメイン。必要に応じ補修して使いますね。北海道の人は、自分のカヌーは長く使うので、なかなか中古って出ないので、関東の人から購入することがあります。何年か前は、手に入りやすかったんですけど、今はアウトドアの大ブーム。一般のカヌー好きが、中古を買い占めるくらいです。新品が35万円ぐらいなのに、中古を 40 万円ぐらいで買ったりする人がいます。競争率が激しすぎて、業者さんも買えないくらいで、今すごく大変ですね。ただ、カヌーは入手してしまいえば、ランニングコストはあまりかからない、一生ものなんです。昔と違い、今のカヌーは丈夫な素材でできてるので、壊れづらいんですよ。カヌー1艘に 2 人から 3 人乗れるので、1 回のツアーで使うカヌーは5~7艘くらいで済みます。


もう1つの必需品のライフジャケットも結構高いです。最近値上がりして、僕が買ったときより新品が2.3000円値上がりしたと思います。経年劣化とともに浮力が落ちるので、カヌーと違って消耗品なのですね。安全を考えると、買い替えは必となります。

事業を「始めさせていただく」という気持ち

機材とは別に、大事なことですが、まずは、しっかり地元とパイプを作ることです。地域の人と信頼関係を築き、土地柄を学び、やってはいけないこと、喜ばれることを把握しましょう。ここを最初に開拓していけば、すると入りやすいかな。


その繋がりは観光や飲食に携わる人たちに限りませんが、つまりところ人と人との繋がりがなによりも重要だと考えてください。ビジネスを始めるのではなく、事業を始めさせて頂く。そして事業が地域貢献に繋がれば流れが良いと思います。謙虚な気持ちと感謝の気持ちがあるからこそ成り立つ部分は大きいと思います。


地域で順序や進め方は様々ですが、最終的に地域との関わりや近隣との関わりが長ぐ事業を継続できる秘訣なのかもしれません。大切な物、事ほど細く長く。そして太く。
まさにカヌーにも張っている【心技体】すべてが必要です。
このステッカーはサーフィンで世界を転戦した西湘のプロサーファー工藤師匠が経験をいかして人生を現した言葉です。
一個人が独り勝ちする時代ではありません。その点を理解して、しっかりやることによって、芽が生えてくると思います」

この記事を書いた人

鈴木 拓也
鈴木 拓也
都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。

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