「好きを仕事に」と「得意を仕事に」は違う。消しゴムはんこ作家・津久井智子インタビュー第1話
2003年から「はんこや象夏堂」の屋号で、オーダーメイドで消しゴムはんこの受注制作をおこなっています。今回は「好きと得意、どっちを仕事にすればいいの?」について。全3話でお届け!
プロフィール
消しゴムはんこ作家津久井智子
「はんこ作りと同じくらい、はんこ屋作りが楽しい」。
消しゴムはんこ作家の先駆として、作品づくり、書籍制作、講師活動に忙しい日々を送る津久井智子さん。消しゴムはんこをつくりはじめたのは中学生のときでしたが、「まさかこれを仕事にするなんて思ってもみなかった」といいます。特技が喜ばれて天職に結びついた、津久井さんの作家人生をたどりながら、自分らしく表現し、働くために必要なことを聞きました。
今回お伝えするのは、「好きと得意、どっちを仕事にすればいいの?」について。全3話でお届けします。
目次
「夢」というより「特技」
消しゴムはんこを作りはじめたのは中学生の頃。お絵かきや手作業が好きだったので、授業中のちょっとした眠気しのぎに、ノートに落書きやパラパラ漫画を描くような感じで彫っていました。できあがったものが友達に喜ばれて、他の子からも頼まれるようになって……まさか、それが18年続く仕事になるなんて、当時は思ってもみませんでしたね。
憧れや夢を仕事にした、という感覚よりも、珍しくて性に合う特技が仕事になった、というほうがしっくりきます。
大学卒業後にアルバイトをしながら目指していたのは漫画家でした。だけど、漫画家って、すでに世界中で活躍している作家さんが山のようにいて、大人気の作品がたくさんある世界で、その中で頭ひとつ抜きん出る人は一握りでしょう? 考えただけでも険しいその世界は、自分にとっては手の届かない遠い夢のように思えて、ペンが震えて、なかなか1作品を描き上げて投稿するまでに至りませんでした。
そんな中、友人から「お店でイベントをやるので、何か手作りのものを出品してくれない?」と言われて、消しゴムはんこを作って売ってみたんです。その時のためにつけた店名が「象夏堂(しょうかどう)」だったのですが、それがそのまま屋号になりました。
その日から、オーダーメイドの受注制作を始めるようになって、HPを自作して、お客さんから口コミなどで広まって、本を出す機会をいただいて、教える仕事や挿絵の仕事が舞い込んでくるようになって…。
「よし、これでやっていこう」って決意するより先に、気づけばいつの間にか、漫画家の夢をそっちのけで、消しゴムはんこ屋さんという独自の道を、無我夢中で歩んでいました。
でも、私にとっては、好きすぎて怖くてなかなか一歩が踏み出せない漫画の世界ではなく、自然にできる特技のようなことだったから、気負いもなく始められて、仕事として成立したような気がしています。
「やりたいことが見つからない」「やりがいのある仕事が欲しい」という人はもしかしたら、あこがれや夢を仕事にしようと思うよりも、普段から呼吸をするようにできる得意なこと、自分にとっては大したことないくらい自然にできることの中で、人に喜んでもらえることを探すと、しっくりくる、ということもあるかもしれません。
風呂敷を広げたら、立派な開業
「好きなことを仕事にしよう」となると、急に、敷居が高くなって、修行や準備や資金がしっかり必要だと思う人も多いかと思うのですが、「お金が貯まったら」「あれができるようになったら」「あの資格を取ったら」と思わずに、今あるものだけでとりあえず風呂敷を広げちゃってみる、という手もアリなんじゃないか?というのが、自分の経験から言えることです。もちろん職種によりますが!
私のキャリアのスタートは、山奥のお祭りでござを敷いて、お皿の上に自作の作ったはんこをならべて、値段をつけて売った日です。1個300円や500円くらいで。手書きの看板やちらしを作って。
それが私の今の「開業」のはじまりでした。
やりはじめないとわからないことがたくさんあるし、仕事としてはじめたから必要な能力が身に付くこともあります。だから、フリマのノリでやってみる。そして、やりながら試行錯誤、技術や見栄えをちょっとずつ工夫して、自分なりにバージョンアップしていく、それでだんだん作るもののクオリティが上がっていくというプロセスが、私にとってはもう、趣味や遊び以上に楽しかったです。
もしかしたら、「はんこ」を作ること自体よりも、「はんこや」を一から作っていくことを楽しんでいたかもしれません。
そのように考えると、スタートにある程度の水準を求めなければ、「好きを仕事にする」ということ自体は、案外簡単なんじゃないかという気もします。
好きを見つけるより「続け方」を見つけよう
本当に難しいのは、好きな仕事の「続け方」のほうだよなぁと考えたりします。
でも、その続ける力も、スタートしないと動機が湧いてこないし、本当に自分にとっての適材適所なのかどうかも確認できないから、まずはリスクのない方法で小さくはじめてみて「向いてなかったらやめちゃえばいいんじゃないかな〜」なんて考えるのは、無責任でしょうか?
「得意なこと、好きな仕事が見つからないけど、見つけたい」という場合は、既存のジャンルや肩書きから選ぼうとして考えるのではなく、自分について、細部の習性のような部分に目を向けてみてはどうかと思います。
じっと座っているのと、動き回るのではどっちが好きか?
頭を使う仕事と手を使う仕事とどっちが好きか?
数字が好きか、イメージが好きか?
賑やかな場所にいて、元気が出るか、疲れるか?
そういう性分みたいなところで、仕事がハマっているかどうかというのは、もしかして「好き」以上に大事なんじゃないか?と考えることがあります。
たとえ好きなジャンルを職業にしたからと言って、自分の主な仕事内容が性に合っているとは限らないからです。
職業名で考えるのではなく、消去法でもいいから「これは好き」「これは嫌い」と整理してみると、どういうことが自分にとって快で、どういうことが不快なのかが見えてきて、苦にならずにずっと続けられることが何なのか、うっすら見えてくるはずです。
その結果、もしかしたら、「消しゴムはんこ屋」のように、いままでこの世になかった/なると思われていなかった、オリジナルな仕事が編み出されちゃう可能性だって否めません。(笑)
そして、今現在それがお金をもらえるほど得意ではなくても、心地よいと思えることって必ず上達していくし、最初は下手でも、その頃ならではの味わいがあったりもしますから、やる前から完璧を求めずに、やりながら少しずつ理想の形を見つけて調整していく。そういう「好きな仕事のつくりかた」が、私には合っていたように思います。
「職業の名前」で選ぶと選択肢が激減?
「好きなことを仕事にしたい」と思って漫画家を目指していた私が今目指しているのは、「自分らしい働き方」です。
自分に向いていて、自分が得意で、自然に続けられること。それが仕事になったのは本当に幸せなことだと思います。
と、同時に、お金をいただく以上、期待に応えたい、「頼んでよかった!」と思ってもらいたい、というプレッシャーとの戦いでもあります。あと、納期やスケジュールとの戦いの日々です。
締め切りギリギリまで追い詰められてしまうところとか、プレッシャーの大きい仕事ほどなかなか手が進まないとか、この先もきっと治らないだろうな〜という自分の欠点とか習性と、いかにうまく折り合いをつけたりフォローしながら制作ができるか、まだまだ見直す余地もあると思います。
好きなことを仕事にすると、それが自分にとって苦しくなる人もいれば、ハードルが高すぎるという人もいますよね。だから、仕事を職業名で考えるのではなく、一昔前のように大企業に就職することがすべてでもなく、自分が居心地の良い場所、「これは得意」と思える働き方を模索していくことが、これからの時代には合っているのかもしれないと思います。
すべての流れを自分で把握して、打って、投げて、監督までをひとりでこなしたいオールラウンダーなのか、1つのことだけにひたすら熱中していたいタイプなのか。自分の「I am〜」、つまり、自分らしさを探していくことが大切だと思います。
多様性が尊ばれる世界になってきている今、自分らしさを前面に出して働き方を考える時代に入ってきているのではないでしょうか。自分が、自分にとっての唯一無二の仕事を見つけるため、たどり着くためのトライ&エラーを楽しむこと。その先に、「自分らしい自由な働き方」が待っているのではないかと思うんです。
それが、好きなことだったら素敵。得意なことでも素敵。楽にできることでも素敵。そして、「ああ、ここが自分にとっての適材適所だな」と思える場所にたどり着けたら、一番素敵だと思います。
取材/I am 編集部
写真/本人提供
文/MARU
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この記事を書いた人
- 猫を愛する物書き。独立して20年。文章で大事にしているのはリズム感。人生の選択の基準は、楽しいか、面白いかどうか。強み:ノンジャンルで媒体を問わずに書けること、編集もできること。弱み:大雑把で細かい作業が苦手。
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