キャリア設計最高人事責任者が自ら副業。7社を転々“波乱キャリア”を経て、自分らしさと会社への貢献を両立する副業スタイルとは?
副業・兼業を推進する政策が進む中、個人も企業も新しい働き方を模索している。かつて副業は「収入を増やすための手段」として捉えられていたが、今ではスキルを磨き、キャリアアップを目指す取り組みとして注目されている。
副業で得た知見やスキルを本業に還元することで、企業にも大きなメリットをもたらすことが期待されている。しかし、そんな一石二鳥の働き方は果たして可能なのだろうか。
コロナ禍で飲食店における非接触型のメニューオーダーシステムの開発で業績を伸ばしているIT企業、ザ・プラント株式会社。従業員100名余、その90%が外国人というグローバルな企業である。ここで人事最高責任者を務めながら、副業でコーチング講師を行う岡真喜子氏に話を聞いた。
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派遣時代に感じた伝統的日本企業の息苦しさ
「契約とかはなくて、数時間働いて、ランチをごちそうしてもらう。そんな感じで始まったんです。上京したばかりで東京に慣れるためにお手伝いを始めました」
岡真喜子氏がザ・プラントに入社したのは2009年。当初は1日数時間程度の手伝いからスタートしたという。
現在、管理職世代になった岡氏のキャリアは波乱に満ちている。アメリカの大学を卒業後、マンハッタンの最高級ホテル「グラマシーパークホテル」に入社。ホテル業の経験を積んだ。しかし帰国後、日本の伝統的な組織文化に違和感を抱き、派遣社員を含めて6社を転々とする。そんな中、共通の知人を介して、派遣を辞めたがっていた岡氏と、日本人スタッフを探していたザ・プラントのCEOであるアナトール・ヴァリンが出会い、マッチングが成立した。
当時、岡氏は「何でも屋」として幅広い業務をこなしていた。「プロジェクト管理や経理、クライアント対応から備品管理まで、必要なことは全て引き受けていました」と振り返る。その後、人事部門を中心としたキャリアを積み、現在は人事最高責任者(CHO)としてグローバルなチームをまとめている。
マネジメント職に就いて感じた限界
岡氏が副業を始めたのは、社員数の増加に伴い、コミュニケーションの課題を感じたことがきっかけである。「たった3人から始まったザ・プラントですが、創業当時からのメンバーだったので、キャリアは長いんです。だから、ずっと前からいるおばちゃんの言うことだから、という感じで私の言うことを聞いてくれるんです。でも、人数が増えるとキャリアと経験だけでは限界があると感じました」と語る。
コミュニケーションを体系的に学ぶため、岡氏はコーチングや非暴力コミュニケーション(NVC)を学び始めた。副業としてコーチングを始めたのは、スクールで知り合った後輩たちからの依頼がきっかけである。「最初は個別のコーチングを行っていましたが、口コミで評判が広がり、次第に企業研修やイベントでの講師依頼へと発展しました」と語る。
副業を通じて得たのは、単なるキャッシュポイント以上のメリットである。「副業を通じて、さまざまな業界の人々と出会い、本業では得られない視点を学ぶことができました。それが自分の成長に大きく役立っています」と岡氏は話す。
副業のコーチングを本業に活かす
副業で得た経験は、本業にも良い影響を与えている。岡氏が副業で身に付けた「傾聴」のスキルは、顧客やチームメンバーとのコミュニケーションを深める大きな武器となった。「顧客が何を本当に求めているのかを掘り下げる際、このスキルが役立ちました。以前は表面的なやりとりにとどまることもありましたが、今では深く共感し、本質的な提案ができるようになりました」と語る。
また、副業を通じて得た知見は、社内の人材育成にも反映されている。「たとえば、企業研修での気づきを自社に持ち帰り、スタッフのモチベーションを引き出す新しいアプローチを試しました。副業の学びが本業に役立つ場面は多いです」と岡氏は語る。
IT企業では珍しい離職率ゼロ
副業は個人の成長だけでなく、企業にも大きなメリットをもたらしている。ザ・プラントでは、社員が副業で得たスキルを本業に活かし、企業全体の成長に寄与している。「副業を通じて新しいスキルを得ると、それが本業にも良い影響を与えます。また、副業を許容する企業文化は、社員の満足度向上やエンゲージメントの強化にもつながります」と岡氏は指摘する。
IT業界は離職率が高いことで知られているが、ザ・プラントでは離職率ゼロを誇る。「私たちの仕事はアプリ開発なので、曜日や時間に関係なくシステムの改修が必要になることもあります。だからこそ、何が最優先かを全員で共有し、緊急時でも協力し合える体制が重要です」と語る。
岡氏の副業による学びが、チーム全体の共通認識を浸透させる一助となり、多国籍なチームの安定した運営につながっているのかもしれない。