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競争せずに生きることは可能? 無駄にしんどい生き方、人生を盗まれない働き方を考える −特別対談「おりる思想」飯田朔×「ナリワイ」伊藤洋志

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競争がしんどいと思いながら、そこから「おりる」ことができない私たちの世界。競争せずに生きる道を探ります。『ナリワイをつくる─人生を盗まれない働き方」の著者伊藤洋志さんと『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』の著者飯田朔さんの対談です。

私たちの社会は常に競争にさらされています。しかし、時として人は競争から「おりたい」と思うときがあるのではないでしょうか。『ナリワイをつくる─人生を盗まれない働き方」の著者伊藤洋志さんと『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』の著者飯田朔さん。二人のこれまで歩んできた人生から、生き方のヒントを探ります。

就職で上京したての一年弱は世知辛さ満載の生活だった:伊藤洋志

「ナリワイ」を始める前

ベンチャー企業でボロボロに

最初、ある求人サービス会社で働いていました。新卒でいろんな会社を受けて、結局選んで立ち上げ期の社員5人ぐらいの会社に入りました。

3人が同期で新卒のみで構成された会社で、オーナーがいて週一のミーティングだけ来る、というようなかんじです。社員は全員新卒で右も左も分からない中である業界に特化した、求人サイトの立ち上げ、求人雑誌の創刊を1年でやりました。

広告営業から編集企画、サイト立ち上げでの制作会社との発注調整と少しライターもやりました。創刊が終わって燃え尽きたのと体調不良もあり、大学院で書いた論文が農業雑誌に載って原稿料をもらえたのがきっかけで発起してやめました。

当時、「新卒が3年以内で辞めると転職が難しい」という怪しい言説がはびこっていましたが、3年も耐えたら時間がもったいないし、そもそも体を壊した可能性が高い。新卒3年説についてはあとで3年は採用コストに見合う年数だと聞いて、どこまで若者に呪いをかける就職業界なんや、と思いました。

体調がボロボロだったので療養しながらフリーのライターを細々始めたんですが、そこで、成長しているIT制作会社から農業のWebマガジンをやらないかと言われました。が、そんなに儲からないので、「いいんですか」って聞いたら、「いいです」という返事だったので請けてみたところやはり儲からない。

ところが、リーマンショックがちょうど来て、「なぜ儲かっていないのか?」と指摘が入り、切られたんです。その後Webマガジンは、農業ベンチャーをしたいという男性に売却されました。分かっていたものの自分で仕事をつくらないと環境に振り回されるばっかりやなと痛感しました。

『ナリワイをつくる」とは?

自分の生計を楽しく構築する方法

僕は専業作家でもないんですけど、本も書いているという自営業みたいな感じです。最初に書いた本は『ナリワイをつくる』という本で、文庫にもなりました。

表向きは仕事の本です。ナリワイの本が引用された飯田さんの『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』が出版されたので、今回は対談を企画していただいたんですけど、「おりる」と「仕事」は真逆です。

いまメジャーな「仕事」のあり方は、乗りたい会社を選び、何とかその船に乗せてもらうために面接を受けてそこに乗り込んでいく。たまに蹴り落とされてお祈りメールを受け取るとか、そういう小さな落胆やバトルが多々起きているジャンルだと思います。

競争が発生しない「小さな仕事」

しかし僕は働き方について、「そういうバトルをしないでも、自分の生計を楽しく構築することはできないか?」という問題意識で考えました。そもそも競争が発生しないぐらい小さいところを狙う。おそらく小さいので一個だと足りない。

ならば、そういう性質の小さい仕事をたくさん作っていくというのはどうだろうかと考えました。これは農学部で聞いた、農山村の百姓の暮らしが着想のもとにした実験だったわけです。それを実際にやってみて健康的に働いて暮らしていけることを実践しつつ、やってみた結果と、こういう風に考えてやってみましたっていうのをまとめたのが『ナリワイをつくる』という本です。実験報告書です。

自己啓発本へのアンチテーゼ

『ナリワイをつくる』が出版された2012年前後は、今も多いですが自己啓発本が書店の本棚を占拠している時期でした。信者獲得を狙うような1発逆転狙いの多い自己啓発本に対し、僕はある種の憤りを覚えていて具体的な工夫とか技を積み重ねていく現実的な方法論を考えるべきだと思っていました。これではよくないし、行っても疲れる本屋が増えてしまう。そこで、書いた本のタイトルをあえて自己啓発本のように見せるために「人生を盗まれない働き方」というタイトルはつけました。実際に読んでみると、1発逆転の啓発するような内容はなく、こまごました工夫がたくさん書いてある本です。偽装させたわけです。

本は「人とおしゃべり」する媒体

今でもそうですが別に財をなしたりして社会的に成功していない僕が本を書いても、当然そのままでは売れないわけです。出版物というのは初版を売り切れなければ生き残れないと、みんなから言われました。

そこで、僕は自分でかなり企画を立て、いろいろなところでイベントをしまくりました。本屋はもちろん、ゲストハウスからイベントスペースまで。知り合いに頼み込んで「九州に今度行くから福岡でこういうイベントできそうな場所を教えてください」とか「設計事務所のイベントスペース借りたい」とか。そんなところを行商して回りました。

当時すでに出版不況と言われていて、「本は儲からない」と言われていた。そんな中でも、わざわざ本を書くのは、本を通して人と人がおしゃべりする媒体をつくるためだと思っていました。だから本をきっかけに、イベントで人が集まって話をすることが目的になっていました。

小さくてもそういうイベントをたくさんやろうと思って各地で色んな方とお話ししました。当時この出版イベントをきっかけに、その時会った人達はそれぞれ今もアクティブに自分の仕事をやっています。飯田さんとの出会いも、高円寺の小さい本屋さんでイベントしたときでした。

「おりる」思想に辿り着くまで:飯田朔

大学不登校から、出版までの経緯

大学への違和感と不登校

僕は12年前に早稲田大学を卒業して就活をせずにそのままずっと実家で暮らしてきた人間です。塾講師をしたり、バイトみたいなことをちょこちょこしていたりしたものの、ひきこもりがちな生活でした。

大学に入ったのは2008年でリーマンショックの年でした。早稲田大学が何かギスギスした感じっていうのは、僕が入学した時から結構感じていました。学生が自由に使ってたスペースがどんどん減らされていったり、歴史的価値がある古い校舎がどんどん取り壊されて新しいビルみたいな建物に建て替えられたり。

そういうのが進んでいった時期でした。最近、早稲田を卒業した若い人と話したら、大隈講堂前で路上飲みをやると、警備員が飛んでくるとか。キャンパス内では立て看板も規制されてきているようです。

大学2年生のときに不登校になってしまって、結構精神的にも落ち込んで、鬱々と過ごしていました。約1年後、気持ちが少し回復してきました。大学3年生のとき、「社会に物申してやろう」と小さなフリーペーパーを作り、早稲田や中央線沿いのお店に置いてもらいましたね。

「おかしいのは社会?」という気づき

自分が変わっていると思っていた

その後、東日本大震災が起こったんです。それまでは不登校になった自分が「変わっているのかな」とか「神経質なのかな」と思ってたんですね。でも東日本大震災で、初めて、「社会がちょっとおかしいんじゃないか?」と思ったんです。

やっぱり不登校になって、自分の中にもやもやが生まれたから、何か書きたいって思うようになったんですね。3.11の後で、評論家の加藤典洋氏のゼミに潜らせてもらって、そこでちょっと批評を書く練習を始めました。

加藤さんを知ったきっかけは、ライターをやっている母でした。母が昔、加藤さんが編集委員をやっていた雑誌『思想の科学』を手伝っていたんです。そこで紹介みたいな感じで、ゼミに入りました。

引きこもりながら書く勉強

大学を卒業はしたんですけど、その後も実家でだらだら暮らしていました。大学卒業してから半分引きこもり生活を送りながらも、批評を書く勉強は続けていましたね。

2018年に日本にいるのがちょっと嫌になって、1年間ずっとスペインに滞在し、翌年日本に帰ってきました。スペインに行くときにちょうど集英社新書の編集者から「スペイン滞在みたいな文章を書きませんか?」という連絡、提案があり、現地滞在中に集英社新書のWebサイトで文章を書き始めました。

帰国後、同じ枠で始めた別の連載が、今回本になりました。内容は、競争の中で敗北して、ドロップアウトしたような人たちの生き方や考え方を分析したものです。

『「おりる」思想』のワケとは?

「社会的な死」の後の「生き直し」

スペインにいるときから思ってはいたんですけど、日本には謎の「勝ち負け主義」が凄く浸透してきています。客観的な情報としてだけじゃなく、日常生活の中にも、いわゆる競争社会や格差社会が染み渡っているわけです。

自分達の働き方とか、ちょっとした言動や書き言葉の中にも、そういうものがごく自然に行き渡っています。

2010年代、「勝ち負け主義」じゃない生き方や考え方を提示している人たちが出てきました。そうした人たちのひとりが伊藤さんです。

『「おりる」思想』の第3章でも伊藤さんの『ナリワイをつくる』を取り上げています。本の中では、「競争主義=生き残り」と表しました。

「生き残り」に対し、1度競争の中で敗北してドロップアウトする「社会的な死」を経験した後に、もう一度自分なりのやり方で生き直す人たちの生き方や考え方です。

それを最終的に、僕は『「おりる」思想』と名づけました。「勝ち負け主義」が自然に浸透している社会で、「そうじゃない考え方があり得るのか?」を分析しています。

勝ち負け主義における3種類

実際に「勝ち負け主義」の社会で勝負できた人は、3種類います。

億万長者だったことはないけど、だいぶ潤っている人。

会社は一時期つらかったけど、たとえば嫌な上司がいなくなって乗り切ることができた人。

辛くて辞めたいと思っても、やめられない人。

それ以外のひきこもりになったり、過労になったりした人は、「おりざるを得ない」人達です。僕のようにひきこもりになると、無意識的に就活を諦めざるを得ません。

インタビュー/webメディア I am編集部
文/今崎人実



この記事を書いた人

I am 編集部
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「好きや得意」を仕事に――新しい働き方、自分らしい働き方を目指すバブル(の香りを少し知ってる)、ミレニアム、Z世代の女性3人の編集部です。これからは仕事の対価として給与をもらうだけでなく「自分の価値をお金に変える」という、「こんなことがあったらいいな!」を実現するためのナレッジを発信していきます。

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