斜陽という逆境を乗り越えた京都老舗甘納豆店4代目の「変化への適応力」に学ぶ行動力
市場が縮小していく甘納豆業界で、売上を伸ばしている人がいます。京都の老舗甘納豆専門店「斗六屋」4代目の近藤健史さん。研究者を目指しながらも一転して家業を継ぎ、新ブランドを軌道に乗せるまでを伺いました。
2027年までに約6900万件の新しい仕事が創出される一方、約8300万件の仕事が失われる。約世界経済フォーラムが公表した「仕事の未来レポート2023」の予測です。ビジネスパーソンの多くが変化に適応する力を求められ、マインドセットの重要性も増していくのではないでしょうか。
京都大学大学院で微生物を研究し、修士号を取得。研究者の道に進む予定が一転、家業の甘納豆店「斗六屋」(とうろくや)の後継ぎを選んだ近藤健史さんは、「変化に適応」することで、コロナで傾きかけた家業を劇的に立て直しました。
2016年に、2年間の修業を経て家業に入ったものの、甘納豆はすでに斜陽産業。さらに2020年から始まった世界的なコロナ禍で、「斗六屋」の主軸である卸しの売上がゼロになったこともありました。
しかし、近藤さんは「悲観はしていませんでした」といいます。事実、コロナ禍においてカカオで作った甘納豆「加加阿甘納豆」(かかおあまなっとう)が大ヒット。新ブランド「SHUKA(シュカ)」を立ち上げ、世界に通用する甘納豆を展開しようとしています。それは「変化への適応」が当たり前、というマインドセットによるものなのかもしれません。
目次
甘くない甘納豆作りで「環境に適応する」
「生き物と会社は同じだと思うんです。環境に合っているものは繁栄し、合っていないものは衰退する。僕は何をしていても、これは甘納豆に活かせるだろうかと考えています。いいと思ったアイデアはすぐ実行し、変化していく環境に適応する手段を探っていますね」
近藤さんが家業を継いだ当時、甘納豆の売れ行きが芳しくない要因は若い世代の購入数が少ないことでした。そこで、甘納豆を知ってもらうためマルシェに出店し、試食を呼びかけます。お客さんの感想は、お年寄りが食べるお菓子だ、甘みが強いなど、マイナスのイメージばかりでした。
お客さんの声を聞いたことがきっかけとなり、新しい甘納豆をつくろうと決めた近藤さん。大学院の研究でデータの数値化に慣れていた経験を活かし、豆を炊くときの時間や温度、糖度などの量を記録、分析して、試作を重ねました。
チョコレートと甘納豆「関係ないことを関係づける」
新商品の開発といった事業展開を考え続ける中、近藤さんは少しずつ甘納豆の特徴や魅力に気がついていきました。甘納豆の材料は、豆と砂糖のみでシンプルなこと。自然の形そのままをお菓子にして、生き物・自然を大切にしていること。豆以外のアレルギー成分がなく、宗教や菜食主義が暮らしに根付いている人たちも食べられることなど、いくつもあったといいます。
「甘納豆は、世界中の人が食べられるお菓子です。甘納豆を通して日本文化も伝えられるし、評価を国内に逆輸入したらイメージを変えられるかもしれない。そう考えて、スローフード世界大会に参加しました」
2018年、イタリアで開催されたスローフード世界大会に甘納豆を出品。しかし、甘くした豆を見たことも食べたこともない来場者の反応は、いいものではありませんでした。対照的に、街中で何軒も見かけたのがチョコレート屋とジェラート屋だったのです。
「この2つこそ、世界中で愛されるお菓子だと気づきました。特にチョコレートはカカオ豆から作られると知っていたので、豆なら甘納豆にできるのではと、帰国後に開発をスタートしました」
売上ゼロになった卸売り「やめる勇気を持つ」
ところが、2019年末から新型コロナウィルス感染症が流行しはじめ、世界規模で拡大していきます。当時の斗六屋の売上は、大半が卸売り。取引先の休業により発注が激減しました。
「直接販売に比重を置こうと考え、卸売りの取引先を少しずつ減らしていたところにコロナ禍。卸売りの販売数がゼロになった月もありました。その分をカバーしようと、新たに生まれた時間でインターネットに注力したところ、インターネット販売の売上が過去最高を記録しました」
はからずも、卸売りの売上がゼロになった状況を経験。インターネット販売での見通しが立ったことから、卸売りの9割をやめる方向へと舵を切ります。
「この決断をするのは、ものすごく怖かったですね。でも、薄利多売の卸売りを続けてもいい未来がないことはわかっていました。それに、卸売りをやめたから、カカオの開発をする時間が確保できたんです。変化って新しく始めることだと思いがちですが、まず何かを捨てるから新しいことができる。むしろ捨てる方が大きな変化なのかもしれないですね」
中川政七商店にコンサル依頼「先人に学ぶ」
カカオを使った新商品「加加阿甘納豆」(かかおあまなっとう)は、2年の月日をかけて商品化され、コロナ禍の2020年12月に発売。テレビで取り上げられた影響もあり、大ヒットしました。それでも、甘納豆のイメージを変えることは難しいと感じていました。
近藤さんの目標は「甘納豆を次世代に残し、世界の人に食べてもらう」。これを実現するために、工芸のブランディング第一人者である中川政七商店の中川政七会長にコンサルティングを依頼しました。
「甘納豆のイメージを変えようと思ったら、新商品より上位のブランドが必要だと考えました。相談内容は同じでも、相手によって答えは違う。甘納豆を本気で世界に通じるお菓子にしたいなら、中川政七会長に相談したいと思ったんです」
話し合いを重ね、大胆にも斗六屋の規模を縮小し、新ブランドを立ち上げることを決意します。2022年10月、「自然の恵みに手を添える」をコンセプトにした「SHUKA」をオープン。日本で親しまれてきた豆類である斗六豆、小豆、黒豆に加え、グローバルに愛されるナッツ類のカカオ、ピスタチオ、カシューナッツという二刀流の商品を展開しました。
「SHUKA」のもう一つの商品がジェラート。ジェラート作りの経験がなかった近藤さんは、世界の人たちが心からおいしいと思えるものを作るために、ジェラート世界チャンピオンから技術を学びたいと考えました。そこで、石川県在住のアジア人初のチャンピオンに修業をお願いしたのです。
「断られるかもしれない怖さもありましたが、どうやったら採用していただけるかを考えました。一番大切なのは学びたいとの気持ちですが、受け入れてくださる方にメリットがあることも大切です。どんな人物なのかわからない心配を払拭するために、僕が持っている資格とスキルを開示したり、採用したらどんなメリットがあるのかをA4用紙7枚分の資料にまとめ、具体的にお伝えしたりしました」
結果、繁忙期の夏に修業を受け入れてもらい、ジェラートの本場であるイタリアの配合理論や心構えを身につけます。納得できる味にたどり着くまで試作を繰り返し、2023年8月、種だけで作る独自の植物性ジェラート「SHUKA gelato」を発売しました。いくつもの逆境を乗り越えていった根底には、「できない、ダメだ」と悲観するよりも「どうしたらいいだろう?」と考えるマインドセットが備わっているようです。
世界の人たちは、まだ甘納豆を知らない「プラス面にフォーカス」
老舗甘納豆店の閉店が続く中、近藤さんは物事には両面があると考えています。
「甘納豆をマイナス面から見たら、先細りしていくだけと思うかもしれません。でもプラス面を見たら、新しいことをすれば注目されやすかったり、まだ甘納豆を知らない世界の人たちに食べてもらえたりする可能性がある。同じ時間を過ごすなら、プラス面にフォーカスしたほうがいいと思っています。どうしたら伸ばしていけるかなと考えるのが好きですし、行動した結果がどうなるのかも知りたい」
近藤さんの強みは、変化に適応しながら「甘納豆は、人と自然が調和した社会をつくる」という筋の通った思いを持ち続けていることなのかもしれません。
取材・文/村上いろは
近藤健史(こんどうたけし)
有限会社斗六屋代表取締役
1990年、京都市に生まれる。京都大学大学院で微生物を研究し、修士号取得。卒業後、菓子の製造・販売を行う「たねやグループ」(たねや・クラブハリエ)に入社。 2016年、家業の斗六屋に入り、2020年に4代目代表取締役就任。2022年10月、タイムレスな種の菓子ブランド「SHUKA」をオープン。「自然と人が調和した美しい世界を伝え残す」をビジョンに掲げる。2023年8月「SHUKA gelato」を開始。「種を愉しむ」をテーマに事業を展開している。
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この記事を書いた人
- 本と散歩、インタビュー記事が好きなライター。京都と大阪の境目に住んでいる。強み:いろんな角度から物事を見ることができる。協調性がある。弱み:一人反省会をして落ち込む。早起きが苦手。