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甘納豆のチョコレート? 京都甘納豆店4代目の挑戦「カカオ豆を甘納豆」で生き残り戦略

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京都の老舗甘納豆専門店「斗六屋」(とうろくや)4代目の近藤健史さん。市場が縮小している甘納豆業界で新ブランド「SHUKA」を立ち上げ、売上を拡大。逆境を乗り越え、世界を目指す事業展開が注目されています。

京都の老舗甘納豆専門店「斗六屋」(とうろくや)4代目の近藤健史さん。京都大学大学院で微生物研究をして、そのまま研究者の道を歩む予定が一転、家業を継ぐことに。しかし、甘納豆業界の市場は縮小の一途をたどっていました。京都の老舗4代目といっても順風満帆ではない中、カカオなどのナッツを甘納豆にするという斬新な新ブランド「SHUKA(シュカ)」で売上を拡大。その背景には、「想い」と「行動」、そして「先人に学ぶ」ことで、オワコンと言われた甘納豆に活路を見出したといいます。

コロナ禍の影響で25万社超がゾンビ企業に

25万社超がゾンビ企業でその割合は17.1%(帝国バンク調べ*1)とのデータが発表されましたが、ゾンビ企業の増加要因に、コロナ禍における中小企業の資金繰りを支えた、実質無利子・無担保のゼロゼロ融資が挙げられます。ゾンビ企業の27.1%が「小売」、そして17.8%が「製造」となっています。甘納豆の製造販売を行う「斗六屋」もその影響をまともに受け、売上げがゼロという月もあったといいます。縮小傾向の甘納豆業界、そして小売業を襲った新柄コロナウイルス。明暗を分けたのは何だったのでしょうか。近藤さんに聞きました。

*ゾンビ企業の定義は、国際決済銀行(BIS)が定める「ゾンビ企業」の基準に準拠

研究者志望から自分にしかできない後継ぎの道へ

京都大学大学院で微生物を研究していた近藤さん。研究者を目指して就職活動中、働き方について考えるようになります。今まで目を向けてこなかった家業のことを思い出し、社会勉強になるかもしれないとの軽い気持ちから、斗六屋で期間限定のアルバイトを始めました。

「斗六屋の近くにある壬生寺のお祭りに出店した際、接客を担当したんです。3日間に3000人近くの方が甘納豆を買いにいらして、とても驚きました。商売としても、お菓子を作って、販売するというシンプルでかつ多くの方に喜んでもらえる素晴らしい仕事だと、古臭いと思っていた家業を見直しました」

この時、自分にしかできないことは何だろう?との思いを抱えていた近藤さん。この経験から、研究者はたくさんいるけれど、後継ぎがいないと終わってしまう家業を担うのは「自分にしかできないこと」だと気がついたといいます。

大学院卒業後、大手の和洋菓子店「たねやグループ」で2年間修業。2016年に家業へ入りました。当時、甘納豆を購入するのは60代以上で、市場は縮小していく一方でした。近藤さんは、甘納豆を知ってもらおうと、若い世代が集まるマルシェに出店します。

「壬生寺のお祭りでも、お客さんのほとんどが60代以上の方でした。マルシェに来た若いお客さんの感想は、古い、甘い、年配の人のお菓子。甘納豆のイメージはよくありませんでした。お客さんの声を聞いたことから、現代にあわせた新商品を作ってみようと思い立ち、製造工程を数値化しました。豆を炊く時間や温度、糖度などを記録して、データを分析。これだと思えるものが出来上がるまで試作を繰り返しました」

世界に通用する「原材料:豆・砂糖」のシンプルさ

マルシェ出店や新商品の開発など、日々戦略を考えていた近藤さんは、少しずつ甘納豆の魅力に気がついていきました。

「甘納豆の原材料は豆と砂糖だけ。人の手を加えるのは最小限で、素材の形と色を残します。そこに生き物、自然へのリスペクトを感じました。また、アレルギー成分は豆以外になく、宗教の戒律を守っている人や、菜食主義の人も安心して食べられます。世界で通用するんじゃないかと思いました」

2018年、イタリアで開催されたスローフード大会に出店しましたが、来場者は甘納豆を初めて見る人ばかりで、評判は芳しくありませんでした。

「よい結果ではなかったのですが、参加したことで大きな発見をしました。イタリアの街を歩いていたら、あちこちにチョコレート屋とジェラート屋があったんです。この2つこそ世界中で愛されるお菓子だと気づきました。チョコレートの原材料はカカオだと知っていたので、甘納豆と組み合わせたら世界に通じるお菓子ができるのでは、と発想しました」

帰国後、京都のクラフトチョコレートベンチャー「dari K」の協力を得て、2年近くの時間をかけ開発。カカオの滋養を丸ごと食べられ、フルーティーでキャラメルのような甘さがある新しいお菓子が出来上がりました。2020年に「加加阿甘納豆」(かかおあまなっとう)として販売すると、大ヒットしたのです。

カカオにミネラル豊富な有機ココナッツシュガーを合わせた(写真/本人提供)

先人「中川政七商店」に学び新ブランド「SHUKA」誕生

「加加阿甘納豆」のおかげで若い世代の来店は増えたものの、甘納豆のイメージを変えるほどのインパクトはありませんでした。近藤さんは、新作を作っても甘納豆のイメージが変わらないなら、もっと根本的な見直しが必要だと考え、工芸の経営支援やブランティングの第一人者・中川政七商店の中川会長にコンサルティングを依頼。新しいブランドを立ち上げることになります。

「中川会長に新しい視点を伝えてもらったり、家業を継いでから5年間考え続けていたことを言語化してもらったり、とても有意義な時間でした。「甘納豆って、根源的に言うと種と糖だよね」という中川会長の言葉は、SHUKAの芯です。誰に相談するのかは本当に大切ですね」

2022年10月、「SHUKA」がオープン。近藤さんの目は、次の挑戦へと向けられました。

 時計回りに左下より斗六豆、新たに加わったピスタチオとカカオ(写真/本人提供)

ジェラート世界チャンピオンの元で修業

「世界で愛されるもう一つのお菓子であるジェラート。イタリアで食べたジェラートのおいしさが忘れられず、ずっと作りたいと思っていました。でも僕は、甘納豆を作れてもジェラートを作ったことはありません。まず本を読んでみたところ、数字の並んだ表が載っていました。その表からジェラートには理論があり、各成分の配合バランスによって、食感や味が作られていることを知りました。数値の分析や細かい単位での検証は、大学院のときに経験しています。このスキルを活かしたら、僕にも作れるんじゃないかと思いました」

近藤さんは、世界に通じるお菓子を作るなら、世界最高峰の職人に学びたいと、ジェラート世界チャンピオンを探します。いざとなったらイタリアへ行こうとまで思っていましたが、石川県在住で、史上初のアジア人チャンピオンのお店で修業が実現。ジェラートの本場・イタリアの配合理論を学びました。京都に戻ってきてからは、SHUKAの営業の傍ら試作に没頭。2023年8月、構想から5年の歳月を経て、”種”だけで作る新たな植物性ジェラート「SHUKA gelato」を発売します。

京都の有名豆腐店から届く、新鮮な豆乳がベース(写真/本人提供)

「カカオが濃厚でフルーティ、ピスタチオは食感も味わえて新しい感覚で驚いた、など嬉しい感想をいただいています。京都で道を歩いていたとき、海外からの観光客がSHUKA gelatoを食べているのを見かけたんです。とてもうれしくて、一緒に写真を撮ってもらいました」

現在は、「種を愉しむ」をテーマに、新たな砂糖漬けやジェラートのフレイバー開発、ドリンクとのペアリングを模索。種だけで作るケーキ作りも始めました。また、食べる愉しみだけでなく、知る愉しみも伝えたいと、種にまつわるイベントも企画しています。

「環境問題が深刻化していて、ますます人と自然の調和が大切になっていくのではないでしょうか。甘納豆・種菓は、そんな時代の食文化を作っていけるお菓子ですし、次世代に残す価値があるものだと思っています。変化に適応しながら、世界中の方々に日本の食文化を伝えるだけでなく、全ての食べ物の源である”種”に関わる人を増やし、多様で豊かな社会の実現に貢献していきます」

*1 「ゾンビ企業」の現状分析(2023年11月末時点の最新動向)/2024年1月19日・帝国データバンク


取材・文/村上いろは

近藤健史(こんどうたけし)

有限会社斗六屋代表取締役

1990年、京都市に生まれる。京都大学大学院で微生物を研究し、修士号取得。卒業後、菓子の製造・販売を行う「たねやグループ」(たねや・クラブハリエ)に入社。 2016年、家業の斗六屋に入り、2020年に4代目代表取締役就任。2022年10月、タイムレスな種の菓子ブランド「SHUKA」をオープン。「自然と人が調和した美しい世界を伝え残す」をビジョンに掲げる。2023年8月「SHUKA gelato」を開始。「種を愉しむ」をテーマに事業を展開している。

この記事を書いた人

村上いろは
村上いろは関西人ライター
本と散歩、インタビュー記事が好きなライター。京都と大阪の境目に住んでいる。強み:いろんな角度から物事を見ることができる。協調性がある。弱み:一人反省会をして落ち込む。早起きが苦手。

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