Series
連載

みらいのとびら 好きを仕事のするための文章術学びの場で得られる「人とのつながり」が仕事にもたらすメリットとは?

ログインすると、この記事をストックできます。

文章のプロ・前田安正氏が教える、好きを仕事にするための文章術講座。第 12 回は「学びの場で得られる人とのつながりが、仕事にもたらすメリット」についてです。

プロフィール

未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長前田安正

ぐだぐだの人生で、何度もことばに救われ、頼りにしてきました。それは本の中の一節であったり、友達や先輩のことばであったり。世界はことばで生まれている、と真剣に信じています。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主催しています。
  1.  

「ご褒美」より学びへの「自己投資」が必要なワケ

副業でわずかでも収入を得ると、何とも嬉しいものです。そして自分へのご褒美にと、焼き肉を食べたりアクセサリーを買ったり・・・夢は広がりますよね。


僕も初めて書籍の印税が入ったときには、編集者と飲んじゃいました。


人間の欲は、消費に向かいます。「自分へのご褒美」は、甘い誘惑です。会社員勤めでボーナスが入ったときくらいは、いいと思うのです。ところが、個人で仕事をする場合は、消費ではなく自己投資にお金を使うべきなのです。


本を書くのは、ものすごく時間を使います。初版である程度まとまった印税が入っても、執筆に掛かった時間で割ると時給単価が数十円程度にしかなりません。しかも資料代も結構掛かります。重版が掛かると、その時給単価が上がるという仕組みですが、そう上手くはいきません。「あこがれの印税生活」というのは、流行作家にのみ通用する話です。


つまり、印税で飲んでいる場合じゃないんです。かといって、それを貯蓄していても仕方ありません。僕は将来、独立したいと思っていたので、自律的に生きる方法を考えなくてはなりませんでした。そのために、どうしたらいいのかを頭の隅で、ずっと考えていた時期でした。


しばらくして、勤め先で編集プロダクションを子会社として立ち上げるプロジェクトに携わることになりました。担当する校閲部門をどう形づくり、外部の仕事を取ってきてどう収益を上げていけばいいのか。校閲専門会社に出向いて話を聞いたりするようになったのです。

大学院進学に 350 万円の自己投資

自己投資は自分の世界を広げる絶好のチャンス(写真/Canva)

子会社が設立する年の元日。新聞を見ていると、事業を構想する大学院の全面広告が載っていました。MBA(Master of Business Administration)とは異なり、クリエイティブな視点で事業を考えるというところに惹かれました。大学院の学位は MPD(Master ofProject Design)です。開学して間もない大学院だったことも魅力でした。会社もそうですが、立ち上げ間もない時期はさまざまなことがシステマティックに整っていません。しかし、混沌とした中で熱気と勢いを期待できたからです。


これまで、社内で新しい組織をつくる機会が何度かありました。設立当時は手探りで、不具合もたくさん発生します。しかしそこに集まった仲間と工夫して軌道に乗せる、その熱気がたまらなく楽しかったのです。


また、新聞社の編集局は、ひたすらお金を使ってコンテンツを生み出すところです。それを直接商売にすることはありません。公正、不偏不党の精神に反するからです。管理職になるとある程度、経理的な側面も考えなくてはなりませんが、基本的に営業感覚を度外視した組織と言っても過言ではありません。


それが、子会社を立ち上げる場合は、経理・営業が重要なポイントになります。僕自身、組織づくりは得意でしたが、そうした視点はほとんど持ち合わせていませんでした。そのため MBA とは異なる視点で、組織づくりをするときに培った発想力をもっと磨きたいと思ったのです。


ここなら子会社のためだけでなく、自分が独立する際のヒントも得られるのではないかと、正月明けに問い合わせました。すると、最終の締め切りが1週間後に迫っていることを知りました。


入学試験には、事業構想をリポートにして提出しなくてはなりません。
埼玉県比企郡小川町には、昔から付き合いのある方が料理屋を営んでいました。時々遊びに行っておいしい料理を食べさせてもらい、豊かな自然と新鮮な空気を味わっていたのです。そこで無農薬の野菜や紙すき、廃校となった小学校の話などを聞いていました。そして、実際に廃校の場所や農家を訪ねた際に、ここならクリエイティブな発想が生まれそうだな、という感じがしていたのです。


その時の直感をもとに、廃校などを利用してクリエイターが集まるビレッジをつくるという構想を練りました。そのビレッジには、喫茶店をつくってクリエイターと地元との交流の場にする、という内容です。3 日ほどでリポートにまとめました。


それを基に面接試験があり、1週間ほど経って合格通知が届いたのです。


学費などは 350 万円ほどだったと思います。自腹です。僕は将来の独立に備え、10 年ほど掛けて 500 万円を用意していました。学費はその 70%です。結局、独立資金は大きく減ることになりました。

人とのつながりから見つけた自分のリソース

「学びの場」でのつながりは、かけがえのない財産になる(写真/Canva)

平日は昼間、会社で管理職としての仕事をしながらコラムのネタを探し、アポを取り取材をして原稿を書いて、18 時に会社を出ます。授業は平日 18 時 30 分から 21 時 40 分まで、土曜は 10 時 30 分から 17 時 50 分まででした。授業が終わってもラウンジや近くの居酒屋で延長戦です。結局、授業のある日は終電近くまで同級生たちと話し込んでいたのです。いい大人が、ああでもない、こうでもないと口角泡を飛ばして話し合う機会は、同級生同士の強いつながりを生み出します。


大学院に集って来た仲間は、入社したての若手、会社で新規事業を考えなければならない中堅、すでに会社を動かしている社長もいました。年齢も経歴もさまざま。予想通り、熱量の高い人たちの集まりでした。会社にいると新入社員と部長が同等に話す環境はまずつくれません。同じ仕事をしていれば、当然経験値の差が大きく作用するからです。ところが、どんなに年の差があっても同級生です。しかも、僕が経験したことのない仕事をしているので、どんなに若くてもその分野では、僕より経験値は上なのです。

授業もユニークでした。「バングラデシュで事業をおこすには、何をしたらいいか」。バングラデシュの情報はほとんど持ち合わせていません。同級生とバングラデシュ料理を食べにいったり、歴史や経済状況を調べたりして、事業計画をまとめ発表するのです。テロ事件があったので叶いませんでしたが、実際にバングラデシュに行く予定だったのです。


基本的に授業は、テーマに沿ってミーティングをし、調べ、発表しそれに対してフィードバックをもらうという形で進みます。常に誰かと組んで意見を交換させます。独立志向を持った、我の強いクセのある人たちの集まりなのに、利害関係のない不思議なつながりができてくるのです。


自分の事業についても構想したものを発表し、意見をもらい、修正することを繰り返し、修士論文にまとめます。修士論文は、事業計画書となるように作成していきます。


僕は、喫茶店や飲食に関係する構想を発表していました。しかし、1 年次の終わりころ、同級生に呼び出され「あなたは喫茶店じゃないでしょ。文章で勝負しなくちゃだめだ」と言われたのです。「えっ!何で?」。思わず問い返しました。「あなたは文章が上手い。それがあなたのリソースだから、それを活かさないともったいない」。そんなことを言われたのは初めてでした。

人とのつながりが「新しい仕事」を連れてくる

不思議なもので、そんなタイミングで出版のオファーが来たのです。大学院の仲間を誘ってつくったのが、『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)です。修論をまとめる段階になったなかで、書籍を執筆することになりました。


もちろん、会社の仕事もあります。寝る暇はありませんでした。いま振り返っても、なぜあんなことができたのか、と思うのです。


そうやって書いた「マジ文」は、たちまち重版に次ぐ重版で、その年に最も売れたビジネス書の 1 冊になったのです。毎月印税が入ってきて、学費はアッという間に回収できました。


この本は、大学院の仲間がいなければ、絶対にできないものでした。


自己投資は単に印税によるものだけでなく、大学院の仲間とその後も信頼をもとにしたつながりを持続できることにあるのだ、と実感したのです。

自分へのご褒美という消費は、快感が伴います。ところが、自己投資には、時間とお金と手間がかかります。しかも、そう簡単にリターンは得られません。しかし、それまでとは違う流れに飛び込むと、思わぬ化学反応がおきます。自分が動くと周りが動くのです。自己投資は、新たなつながりが生まれます。大学院に限らず、その場に集まるのは志を同じくした仲間です。それは無形の財産として蓄えられ、その価値はしばらく後に、花を咲かせる肥料であることに気づくのです。

この記事を書いた人

前田 安正
前田 安正未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長
早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。

ログインすると、この記事をストックできます。

この記事をシェアする
  • LINEアイコン
  • Twitterアイコン
  • Facebookアイコン