Interview
インタビュー

資本主義の終焉―IT×哲学「5 年後の働き方と生き方」④必要なスキルは「お前と仕事したい」と言ってくれるたった5人のネットワークーWHAT ではなく WHO として生きる〈尾原和啓×苫野一徳/最終話〉

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IT の達人・尾原和啓さんと哲学者・苫野一徳さんに聞く「5年後の生き方」。常にアップデートし続ける「知の高速道路」から降りる方法は意外なものだった? 最終回。

尾原和啓

プロフィール

フューチャリスト尾原和啓

1970年生まれ。フューチャリスト。IT界の「ゼロイチ男」と呼ばれ、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートした後、NTTドコモのiモード立ち上げ、リクルート、楽天など転職14回。『プロセスエコノミー』(幻冬舎)、『ダブルハーベスト』(ダイヤモンド社)、『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)などがある。

日本の物作り型資本主義のなかでは、人は極力失敗をしない部品、いわゆる WHAT として存在した方が楽だった、と尾原さんは言います。そんな囚われから脱却し、いかにWHO として生きるか。

人間としての条件は、WHAT ではなく WHO

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どうしても資本主義の中だと“働く”ことがすべてと思ってしまう。だけど、ハンナ・アーレントが言うように、“労働”と“活動”と“仕事”というものを、個人の活動として投網漁してもいいわけですよね。

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そうそう。アーレントの有名な3つの活動領域ですね。労働は生命維持をするために、仕事は職人的な、何かを作るというようなことを、そして活動が「私は何者か」ということを表現するもので、労働だけだと人間らしくない。「活動という領域があることで、WHAT ではなく WHO として現れることができることが、人間としての条件だ」という言い方をアーレントはしています。
この活動領域をいかに私たちが見出していくかということですね。「私は何者か」ということをちゃんと実感できるような。
アーレントは言論空間を大事にしていて、公共空間で政治的な議論をしたり、社会を共に作り上げるということを大事にしているんですが、これは今も通用する考え方ですね。
やっぱり「自分たちの社会は自分たちで作るんだ」という気運を、もっと私自身、教育学者、哲学者としても高めたいという気持ちがあります。
私の話になってしまいますが、大和書房から出した『子どもの頃から哲学者』にも書いたんですが、私自身、長い間孤独で、自分が抱える問題で精一杯でした。「どうしたらこの孤独から逃れられるか」ということばかり考えていたから、お恥ずかしながら社会のことになんて興味が持てなかったんです。ところが哲学に出会って、哲学をやっていくなかで、自分と社会とがリンクしていることが分かってきたんです。
自分が自由になるため、幸せになるためには、社会も自由で幸せでなければ実現しない。
それで社会に少しずつ目を向けるようになったんです。すると今まで自分のことばかりに目を向けて、「なんで自分は……」と苦しんでいたのが、社会に目を向けることでそんな自分から解放され、楽に感じることがあったんですね。
やっぱり近くばかり見ていたら目が疲れてしまう。だから自分だけでなく、社会に目を向けるというアプローチが、今の我々には必要なのかもしれないと感じています。

「失敗が怖い」物作り型資本主義の囚われ

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そうですね。日本の中にいると、資本主義=近代工業資本主義だし、もっと言うと、日本は物作りで勝ってきた国だから、その物作り型の資本主義的な考えがとても大きいと思うんです。物作り型っていかに失敗しないで、大量に安く作るかが成功の方程式になる。 すると、個人は WHO ではなく WHAT で生きた方が効率がいいわけです。要は工場の部品として、失敗を減らして磨き込むということが重要とされてきたから、カイゼン的には職人かもしれないけれど、どうしても労働っぽくなりがちですよね。仕事をしているとやっぱり自分の会社、自分の上司、自分のパートと、近くばかり見る力がどうしても強くなってしまう。そこはやっぱり WHO として生きていくために遠くを見ることや、自分の生活の中に活動や仕事を取り戻していくということが大切だと。この近代工業資本主義、物作り資本主義の囚われから離れようよ、という話なのかなと思いましたね。

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そうですね、自由でいいよって。そういえばこの対談中もずっと議事録を作ってくださっていますが、尾原さんはいつもそんなマルチタスクなんですか?

世界で通用する3つの能力とは?

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これは僕の生存戦略なんです。このまとめる力って意外と役に立つんですよ、どこに行っても。やっぱりフラフラするためには、どこに行っても「お前便利やな、一緒に仕事したいわ」と言われる能力を1つ持っていることがすごく大事なんです。 人の能力って3つに分解できるんです。1つめはどこに行っても使えるポータブルスキル。2つめは苫野さんなら教育、僕だったら IT のような、専門領域に特化したエクスパティーズという固有の知識。そして最後がネットワーク。やっぱり仕事って人の繋がりで起こるものだから。この3つが大事で、だんだんシニアになってくると、ポータブルスキルよりもエクスパティーズとネットワークの力で生き延びていくというのが一般的と言われています。

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ポータブルスキルって例えばどんなものですか?

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例えば議事録を整理する力、いわゆるロジカルシンキングとかプロジェクトマネジメント、問題解決能力。どこに行っても生きられる力ですね。その中でも一番ベーシックでどこでも役立てられるのが議事録でしょう。 僕の最初の成功体験は、阪神淡路大震災のときにボランティアとして参加したときでした。最初は避難所で食料の整備や名簿を作るようなことをしていたんですが、埒が明かない。それで仕組みを作っている人のところにボランティアとして飛び込んだわけです。そのときはまだ学生でしたから、何のエクスパティーズもネットワークもない。それで武器になったのが、どこに行ってもリアルタイムで議事録を書いて、プロジェクターなどで画面に表示しながら話をして、しかも終わったらちゃんと TODO にまとめ直して皆さんに提供する、ということ。しかもこれをすると言うと、どの会議でも入れたんですね。

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なるほど、すごいですね。このポータブルスキルとエクスパティーズとネットワークの3つを意識すると、自由度が増すかもしれませんね。

「お前と仕事したい」と言ってくれる5人がいたら生きていける

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そう。だからある種、哲学ってものすごい本質的なポータブルスキルだと思っているんです。この力って根気がいりますからね。

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いやぁ、そういう考え方をしたことはありませんでしたが、なるほど面白いですね。

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そう。だからこの3つをどう意識しながら作っていくかが課題ですね。ただ、もっと大事なことは、このエクスパティーズやネットワークを、右肩上がりの成長資本主義的にずっと価値を高めなきゃいけないとみんな勘違いしがちですが、最終的に人間って、「お前と仕事がしたい」って言ってくれる人が5人いたら、生きていけるってことなんです。

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いや、そこですよね。なんか最後の最後ですごく大事な、これからの5年後、10 年後の生き方のいちばん大事なお話が聞けたような気がします。本当にそう言ってくれる人が5人、10 人いれば生きていけるんですよね。

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そうなんですよ。テクノロジーで限界費用ゼロという言い方をするんですが、世の中どんどんコストは安くて楽しく生きれるようになっている。昔だったら映画1本 1500 円かかっていたものが、月額 1000 円払えば Netflix で見られるし、無料で You Tube や TikTok の動画が見られるわけですから。

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だからこそ「お前と仕事がしたい」という WHO になりやすいということですね、その気になれば。

「知の高速道路」を降りる時にネットワークが役立つ

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どうしてもエクスパティーズやネットワークで拡張路線を生きようとするけれど、今のエクスパティーズって 10年後にはもう無駄になっている可能性があるんです。AIベ ースでゲームチェンジします、漁師コンピュータでゲームチェンジします、みたいな話なので。 だから先ほど出た「知の高速道路」からどう降りるかということも、すごく重要なテーマだと思うんですよね。やはり知の高速道路に乗っていると楽しいし、自分のモチベーションで走りたくなる教育を育むことも大切だと思うんですが、一方で降り方もちゃんと知っておかないといけない。その両方のバランスはすごく大事だと思います。

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降りるときには、「このポータブルスキルがあるから安心」というものがあれば、心強いですね。

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そうですね。それはこのネットワークがあれば、全然生きていけるっていうことかもしれないし。そこら辺をどこまで考えていったらいいかということも含めて、バランスが大事なんだと思います。

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「知の高速道路」を降りても「生きていける」という感覚はネットワークにあるんですね。私たちの哲学でも出てくる「人間関係の網の目」と同じ意味だと思います。ありがとうござました!

*これは 2022 年2月に I am で行われた対談イベントを記事にしたものです。

〈著書紹介〉

『子どもの頃から哲学者』(苫野一徳著)
『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(尾原和啓著)

取材/I am 編集部

◆第1話

場所と時間が変われば「価値」が変わる。自分の持っている知見や経験を最適な場所で発揮させるという5年先を行く働き方とは?

◆第2話

不安が生み出す資本主義の限界がだからこそ「いい社会」「生きるとは」「幸せとは」の本質が必要になる

◆第3話

「知の高速道路」―アップデートを繰り返すテクノロジーの世界で起こっていること。高速道路の乗り方、走り方、降り方とは?

この記事を書いた人

I am 編集部
I am 編集部
「好きや得意」を仕事に――新しい働き方、自分らしい働き方を目指すバブル(の香りを少し知ってる)、ミレニアム、Z世代の女性3人の編集部です。これからは仕事の対価として給与をもらうだけでなく「自分の価値をお金に変える」という、「こんなことがあったらいいな!」を実現するためのナレッジを発信していきます。

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