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資本主義の終焉―IT×哲学「5 年後の働き方と生き方」③ITの世界は「一度乗ったら降りられない」超高速道路? 走り続けるか、脱落するか

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「知の高速道路」であるインターネットにどう乗り、どう走り、そしてどう降りるか。IT の達人・尾原和啓さんと哲学者・苫野一徳さんに、激化する競争社会の歩き方を聞く第3回。

尾原和啓

プロフィール

フューチャリスト尾原和啓

1970年生まれ。フューチャリスト。IT界の「ゼロイチ男」と呼ばれ、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートした後、NTTドコモのiモード立ち上げ、リクルート、楽天など転職14回。『プロセスエコノミー』(幻冬舎)、『ダブルハーベスト』(ダイヤモンド社)、『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(大和書房)などがある。

IT の進歩によって社会システムが変わり、以前よりも生きやすくなっている反面、それによって新しい競争が激化する社会でどう生きる?

個人の生き方をアップデートするのは社会システム

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前回の“哲学が時代の後についてくる”というのは、本当にそうだなと実感しました。というのも、僕が IT でプラットフォームを立ち上げて思ったのは、新しい社会構造が人の価値観を変えて、人の価値観が変わった後に社会システムが後追いでついてくることと似ていると思ったから。 例えば、20 年前に美味しいものを食べに行こうと思ったら、誰もが「銀座ですね」と言っていた。つまり自分が知っているお店やエリアにしか行きませんでした。 でも、i モードが出てきて、知らない駅にも気軽に行けるようになり、「食べログ」が現れて場所に関係なく、むしろ隠れ家的に離れたところでやっているイタリアンみたいなところに評価が集まるようになった。そうやって、一等地に高いお金をかけてお店を出さなければならなかった時代から、土地代を安くあげ、ホスピタリティと食べるものにお金を集中させられるようになったわけです。 実はたった 20 年で、飲食店の社会構造ってこんなに変わっているんですよね。

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より自由を手に入れやすくなっているというわけですね。

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そう。IT システムが個人に力を提供して、その個人が場所に縛られずに、お客さんのための仕事ができるようになっている。それを言語化するとみんな「あぁ、そうだね」と思うけれど、もう当たり前のようにそれらを享受している。実はその社会システムのアップデートが、知らず識らずに個人の生き方をアップデートしている。後からついてくるんですよね。

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たしかに、美味しいもの=銀座ではなくて、多元的な価値観の中に知らない間にあるってことですね。

Google が就活で出身大学を気にしないワケ

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そう。それは飲食店だけの話じゃなくて。僕がなぜ東南アジアを中心に考えているかというと、実は今年でオンライン大学が広まり始めて 12 年目。さらに言うと、個々のプログラマー作ったプログラムを誰もがアップロードできて、それを誰もが見てちょっとずつ修正しながら高めていくという GitHub ができて 12 年経つんです。 東南アジアでは、15 年前であれば地元の学校でしか教育が受けられず、そのポテンシャルを生かすことができなかったであろうたくさんの人たちが、オンラインで教育を受け、社会に貢献しているんです。 僕が東南アジアの大学で講演するときに、どんなオンライン大学の授業を受けているか聞くと、当たり前のように、「僕はスタンフォード大学のディープラーニング AI の授業を受けてます」や、「私はコロンビア大学のジャーナリズムの授業を受けています」というふうに答えるんです。

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それって単位を取るタイプの授業ですか?

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両方です。もちろん自分の向学心を満たすために受けている人もいますが、例えば Google はもう3年前から大学の卒業資格はいらない。どのオンライン大学で、どの講座で、どれだけ優秀だったか、またボランティアプロジェクトでどんなアチーブメントやどんな達成があったかということを示せば、どの大学を出ているかは気にしないというようなことを言っていますし。

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そう考えるとあと 10 年、15 年で大学の価値も変わりますね。

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そうなんですよ。今、東南アジアの中ではそういうことに尖った子たち、中学生でオンライン大学や GitHub にいち早く目覚めた人たちが今 24 歳となって、起業家の旬の年齢になってきているんです。

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それは社会が大きく変わりそうな感じがしますね。今まで高等教育や質の高い教育は、限られた人しか受けられなかった。それが一気に裾野が広がるわけですから、人類は進化しますね。今まで使われなかった、使うことのできなかった頭脳が、どんどん世界中を変えていくわけですから。
進化の速度があがっていく……。

無料でジェットエンジンを搭載する「知の高速道路」とは?

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そう。しかもありがたいことに、この3年ぐらいで人工知能の翻訳の性能がぐんと上がってきている。これは日本人にとっての語学の壁が低くなり、ようやく僕たちも世界の最前線の英知に繋がるチャンスがやってきているんです。

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それを尾原さんは「知の高速道路」って言い方をされていましたよね。

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僕の心の師匠でもある梅田望夫さんが 14 年ほど前に『ウェブ時代をゆく』という本の中で、「まさに知であるインターネットは無料で、どんな知識にも繋がることができる。 やる気のある奴は知の高速道路で、オンライン大学などのジェットエンジンを積んでどんどん走る」というようなことを書いています。 だから僕らの世代から見たら、後ろからジェットエンジンを積んだ人たちがバンバンやって来るわけです。

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それって実感されていますか?

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ここ3年ぐらい身にしみて実感してます。東南アジアの修士課程や博士課程を飛び級で取っている起業家たちは、もう素晴らしすぎて。彼ら、彼女らには解決したい社会課題もあるし、まだ右肩上がりの神話が続きますから。ある女性などは、「その社会課題を解決したら 10 年後にビル・ゲイツになれるでしょ」と本気で言っていますし。

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本当にエネルギーにあふれた場所なんですね。でも、その知の高速道路にみんな乗れるんだったら、乗り方と、乗ってからの活かし方と、解決したい課題や自分のモチベーションがあれば、かなりチャンスが広がるような気がするんですが、そのあたりはどうなんでしょう?

「知の高速道路」が生み出す不安

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そう。だから逆に苫野さんにお伺いしたいことがあるんです。もう意思を持っている人間にとってはすごい勢いで進化できる代わりに、トップエリートたちは大渋滞を起こしてしまう。最新テクノロジーはアップデートを重ねていくものだから、僕のようにそれ自体が楽しいと思い続けられる人間はいいけれど、その高速道路から降りられないと考えてしまうと、安心もできないですよね。

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なるほど、こちらでまた不安競合が起ると。

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そう。だから知の資本主義の競争みいなものかもしれないですね。成長し続けないと置いていかれるかもしれないという。

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そこしかないと思うと厳しいですよね。私は熊本に来て8年ほど経ちますが、価値観がずいぶん変わりました。学問の世界も競争社会で、取り残されちゃいけないみたいな考えに勝手に感染しちゃうところもあるとは思いますが……。
でも、こっちの大自然に触れていると、「あれ、物いらないね」と感じることが多くなって、この価値を求めて多くの人がこの地に来たりもするわけです。
価値っていっぱいあるんですね。こちらに来てキャンプにハマったんですが、災害があっても「熊本にいたら生きていける」と思える。これはとても豊かなことで、この豊かさを知れたことは、私はすごく幸せなことだと思っているんです。もちろんベースの部分で不安に駆られていたら、そんなふうには思えなかったと思いますが……。
ただ、まだ生かされていない価値はたくさんあるから、いろんなところにアクセスできる自分になっておけばいいのかなぁというふうに感じています。

いくつもの価値観をどうやって育てるか?

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たくさんの価値があることに、どうやれば気づけるようになるんでしょう。今言われたように思い切って田舎に住んでみるのもいいかもしれませんが、それはそれで冒険ですよね。これはどうやって育んでいけばいいんでしょう。

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そう考えると、ロールモデルって大事なんでしょうね。みんなが尾原さんのように生きられるわけじゃないけれど、こういうのもアリなんだということを知れることが大事だと思います。それこそ価値の話でいくと、人を育てるプロって、企業が喉から手が出るほど欲しい存在ですよね。

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とくに今、リモート社会になったから、自分でドライブできて、自分のモチベーションで成長できる人材に育てることは、めちゃめちゃニーズが上がっていますよね。

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なるほど。従来の学校って、どうしても管理してやらせるという面があったけれど、これをきちんと転換できたら、本当の意味で自律的な学習者であったり、自分の人生をコントロールして切り開いていける子どもたちを育てられる先生って、いろんなところで価値を見いだされる存在だと思うんですよね。
そんな感じで、今までなかった組み合わせを考えると、学校の先生が全然違うところでものすごい価値を発揮するようなことって、たくさんあると思うんです。そういう組み合わせにどれくらい気づけるかということも大事だし、それをちゃんと掘り起こしていきたいですね。

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まさに僕なんて多動症で、学校では落ち着きのない、ずっと先生の目の前に座らされていた生徒だったんです。でもその分、たくさんの領域を知っているから、それをブリッジすることができた。

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たしかに尾原さん、それのプロですもんね。

学問の世界のタコツボ化

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だからインターネットで繋ぐことが簡単な社会になったときに、意外にそれで生きていけるんだって思えた。遠くに行くことで、自分の価値が浮かび上がってくることがたくさんありますよね。

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尾原さんのように最先端でなくても、「自分ってこんなふうに人から必要としてもらえるんだ」といった、自分の知らない価値を見つけ出すためにも、広く世界に目を向けてみる。すると、思わぬところで「ここで自分は力が発揮できるかも」っていうことに気づきますよね。
学問の世界でもタコツボ化というものがあって、本当に狭い範囲でしか物を考えないというのが起こってしまいがちです。でも、別の学問分野を学ぶと、イノベーションの芽があふれているんです。それと一緒で、あまり限定しすぎずに、たくさんのものに目をやることが大切だと思います。学生たちによく読書の方法を伝えるんですが、本を読むときは、「投網漁法から一本釣り漁法へ」を繰り返すといいよと。とにかく最初はアンテナに引っかかるものにことごとく投げ網して読み漁り、何か興味のあるものが見つかったら、それに関して 10 冊、20 冊と集中して読む。そうやって投げ網と一本釣りを繰り返していくと、いろんなものにぶつかることができる。
結局そういうところから新しい生き方が見つかるんじゃないかな、という気はします。

副業は「会社しか知らない」から抜け出せること

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そうですね。やっぱりコロナの副産物でよかったことって、副業がなんとなく OK になったっていうこと。どうしても会社だけしか知らないと、資本主義の縛りの中で、自分の未来価値を上げなければいけないと考える。ただそれを評価してくれるのは会社だから……、となってだんだん社畜的になっていってしまう。 でもコロナのおかげでリモートだったり副業だったり、極端な話、お金が稼げないボランティアだったり、ある種投げ網がしやすくなってますからね。

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生き方の多様性が広がりますし、そうでないとやっぱりつらいですよね。こっちがダメでもこっちに行ける、という選択肢がたくさんないと、我々潰れてしまいますから。

最終話に続く。

*これは 2022 年2月に I am で行われた対談イベントを記事にしたものです。

〈著書紹介〉

『子どもの頃から哲学者』(苫野一徳著)
『激変する世界で君だけの未来をつくる4つのルール』(尾原和啓著)

取材/I am 編集部

◆第1話

場所と時間が変われば「価値」が変わる。自分の持っている知見や経験を最適な場所で発揮させるという5年先を行く働き方とは?

◆第2話

不安が生み出す資本主義の限界がだからこそ「いい社会」「生きるとは」「幸せとは」の本質が必要になる

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