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漫画家やイラストレーターがクライアントに頼らず自立する方法1枚5000円の漫画家からkindle出版で年間100万円稼ぐコミックエッセイストがやったこととは?

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まえだなをこ メイン

漫画家が自分でkindle出版した結果、コツコツ収益で年間100万円になったまえだなをこさん。取っ払いの原稿料ではなく、作品がストックされることに可能性を感じたと言います。さらにkindleでの個人出版が大手版元からの商業出版にも。

漫画家のなのにアルバイト―漫画家まえだなをこさん

コミックエッセイというジャンルで、kindle出版で活躍されているのが、「まえだなをこ」さんです。

順風満帆ではなかったクリエイター人生

百聞は一見にしかず。先に進む前にまえださんのKDPのページをご覧ください。2018年4月、『世界で一番寒い街に行ってきた: ベルホヤンスク旅行記』でKDPデビューしました。

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画像/まえだなをこさん提供

もっとも、まえださんは、職業人生の第一歩から、コミックエッセイを電子出版することは考えていませんでした。紆余曲折のキャリアパスを次のように語ります。

原稿料1枚5000円では生活できず

「20歳のときにある商業誌で4コマ漫画家としてデビューしました。ですが、一枚5000円の原稿料だけでは生活するには不十分で、アルバイトをしたり、工場に就職したりしました。のちに、広告代理店に派遣社員として入って、イラスト制作でお仕事をすることになります。そこでのイラストの仕事は5年で契約終了となりました。次はゲームアプリのイラストを描く仕事に就きましたが、そこも2年くらいで終了してしまいます。
こうした経験で思ったのは、会社では自分の思うように働き方をコントロールできないし、私のような人間が会社に勤めることの限界を実感しました」

まえださんはその後、家賃の安いところに思い切って引っ越し、生活コストを抑えながら、特定の会社には属さないワークスタイルに切り替えます。

「以前お付き合いあったところからスポットで仕事を請けたり、SNSに絵をアップしていたら、お店の壁に絵を描く仕事がきて、ここから企業の会社の壁に絵を描く仕事につながったり、陶芸を作ってみたり、プラパンでアクセサリーを作ってみたり、イベント会場で似顔絵を描いたりいろいろチャレンジしました。
その一方、収入が減っても旅行は続けたかったので、LCCに詳しくなり安宿に泊まり、激安旅行を続けました。それがのちのKDPの本のネタにつながっていきます」

ふとしたきっかけでkindle出版デビュー

転機が訪れたのは2017年。カタール航空が、(欧州鉄道予約サイトの)レイルヨーロッパとコラボして、モニターキャンペーンを開催しているのを知って応募。約千人の応募者からの10名に選ばれます。

「私はピカソが好きで、ヨーロッパ中のピカソ美術館に行きたいなぁと長年思ってました。ピカソ美術館ってヨーロッパに点在してるし、ユーレイルパス を使った旅行にちょうどいいなと思ってキャンペーンに応募したら、その企画が通りました」

キャンペーンでは、SNSなどで旅行体験記の情報発信を求められました。その一環として、まえださんはイラスト入りの日記を書きました。その日記を何らかの形で表に出したいと思ったときに、kindle出版に目が向いたそうです。

「Twitterでフォロワーが20人くらいしかいないときに選んでもらったので、恩返しとして、もっと形になるものを作りたいと思っていました。Kindle出版のことは知ったばかりで、わからないことだけでした。そこでいきなり欧州体験記を出す前に、練習台的に、以前親しい人たち向けに描いた『世界で一番寒い街に行ってきた: ベルホヤンスク旅行記』のPDFがあったので、それにそのまま色をつけて刊行しました」

練習台で出した旅行記が初月3万円の売り上げ

ベルホヤンスクとは、極東のサハ共和国に位置する町で、真冬はマイナス50度になるところ。そこで滞在した経験にもとづくコミックエッセイです。

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『世界で一番寒い街に行ってきた: ベルホヤンスク旅行記』より

「それを出したら初月で約3万円の売り上げになりました。冊数を重ねたら、いつかこれだけで暮らせるのではないかと期待がふくらみました。それがkindle出版を今日まで続けてこれた、そもそものきっかけなんですね」

2018年4月に『ベルホヤンスク』を刊行し、同年8月に欧州旅行体験記の『旅のらくが記ヨーロッパ: ピカソ美術館めぐり』、10月に『おいしいマレー半島縦断』などと矢継ぎ早に刊行していきます。

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『旅のらくが記ヨーロッパ: ピカソ美術館めぐり』より

気が付いたら収益は年100万円ほど

現在は11点がKDPのラインナップに上がっています。収入面について、話せるところまで話していただきました。

「最初に話してしまいますが、kindle出版だけでは十分には潤ってはいません。一番売れた月は『マレー半島』を出してまもなくの16万円ほどでした。単純に3万円掛ける冊数とは行かないですね。もしその計算が成り立つなら毎月30万円ほど入ってくるはずですが、実際は月6~8万円といったところです。昨年はトータルで100万円位でした」

kindle出版の収益の仕組みとは?

1ページめくるごとに0.5円のKindleUnlimited

そもそもKDPの収益の仕組みはどうなっているのでしょうか? Amazonの公式サイトを見ると、2つの収益構造があります。1つは、販売価格の70%(Amazon独占販売でなければ35%)を受け取る、いわゆる印税方式。もう1つは、読者が1ページめくるたびに、収益としてカウントされるKindleUnlimitedです。まえださんは、この点について次のようにコメントします。

「KindleUnlimitedの1読者が1ページめくったあたりの収益は約0.5円といわれてます。私の場合、読者の8割はKindleUnlimitedです。冒頭を読んで離脱されないよう、めくってもらえる本づくりがとても重要です」

ツイート内容を工夫して集客に

Kindle Unlimitedは、Amazonの電子書籍読み放題サービス。月額980円で「200万冊以上」から好きなだけ読めるのがセールスポイントです。

膨大な競合本があるなか、「まえだなをこ」というコミックエッセイストがいて、約10冊のKDP本を出していることが認知されるには、偶然とかセレンディピティとかに頼るわけには行きません。多くの著者がそうするように、まえださんは、知り合いの口コミだけでなく、SNSに宣伝の活路を見いだそうとしています。

「Twitterに無料漫画を載せて、Amazonへ誘導する方法を本格的に始めようかと思っています。現状はフォロワー300人足らずと少なく、しかもこちらがフォローするのは、旅のお得情報、イラスト、猫の写真ばかり。なのでこれからは、想定読者との接点を作りたいですね。推測ですが、フォロワーさんのなかで、KDPを読んでいる方は十数人くらい……。今後、Twitterは頑張りたい課題です」

その第一弾の取り組みとして、2月に入ってから、『旅で体験した怖い話: ある日ある国で 旅のもれもれ』への誘導をねらったツイートをスタート。こちらは、「Kindle無料インディーズ漫画」のカテゴリーだそうで、文字通り無料で読めます。画のタッチがこれまでと違うのは、このカテゴリーの読者は「スーパーライト層」との想定で、「じっくり読むというより流し読み、大ゴマでささっと描いたタッチにして、見せ場を何度もつくる」ことを念頭に置いてのもの。

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無料漫画でAmazonへ誘導する仕掛けを開始(まえださんのTwitterより)

そこから認知度アップにつなげ、中期的な目標としてKDPの収入倍増をねらうそうです。

個人のkindle出版から商業出版へ

まえださんのKDPへの取り組みの波及効果として特筆すべきことに、紙の本の出版があります。

大手出版社から思わぬ出版オファー

まず、2020年2月に講談社より『完全版 世界で一番寒い街に行ってきた ベルホヤンスク旅行記』が登場。Kindle出版の『ベルホヤンスク』ほか3冊を合本し、描きおろしエピソードも追加した上で、単行本として全国の書店に並びました。

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『完全版 世界で一番寒い街に行ってきた ベルホヤンスク旅行記』

さらに2022年11月には、はじめての塗り絵本となる『大人のリラックスぬり絵 花と動物の不思議な世界』(講談社)を刊行。こちらは、細密な花・動物のぬり絵を53点収録したものです。

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『大人のリラックスぬり絵 花と動物の不思議な世界』より(彩色したもの)

「『ベルホヤンスク』と違い、すべて描き下ろしなので、締め切りがある中、心身ともに大変でした。それと、5カ月間それにかかりっきりでその期間収入が途絶えます。ですが、kindle出版の毎月の収入があったので、それを生活費の足しにして制作に集中できました。今回の出版で、いろいろな学びがあり、それを次に続けたいと思いますが、しばらくはkindle出版をがんばりたいと思います」

初めて本を出したいと思い、それが実現するのは「100人に2人」と言われるなか、出版がかなったのは、ひとえにKDPの地道な活動のおかげ。まえださんは、紙の出版をさらに広げる道を模索していくそうです。

電子書籍市場の8割超がコミック

「電子書籍元年」と呼ばれ、日本で電子書籍の市場が本格始動したのは2010年のことです。

この頃に、「Sony Reader」や「GALAPAGOS」といった日本発の電子書籍端末が登場。電子書籍のネットストアも多数勃興しました。

しかし、関係業界の期待に反し市場規模は思いのほか伸びず、翌2011年の電子書籍市場は約630億円にとどまりました。

一つのテコ入れとなったのは、AmazonによるKindleストアの日本国内でのサービス開始でしょう。同時に、「キンドル・ダイレクト・パブリッシング」(KDP)もスタート。KDPは、誰でもKindleストアで出版できるというハードルの低さで大きく盛り上がりました(以下KDPでの出版をkindle出版と言う)。

kindle出版においてコミックエッセイは穴場

あわせて電子書籍市場も伸びていきます。2013年度には1000億円を突破。以降も右肩上がりで上昇し、2021年度は約5500億円の規模となりました。

もちろんこの伸びは、KindleストアやKDPのみによるものではありません。ですが、Amazonという巨大なプラットフォームが、世間の目を電子書籍に向けさせたのは確かといえます。

さて、電子書籍市場5500億円の8割以上がコミックです。さすが「漫画大国」と言われるだけあって、日本のコミックの質・人気の高さは電子書籍でも同様。

一方、個人がコミックをKDPで出版している事例は少ないようです。統計的なデータがないため肌感覚ですが、KDPの主流はハウツーものや小説が多い印象です。

Kindle出版は個人の責任だからトライが可能

最後に、これからKDPを始めようと考えている人にアドバイスを伺いました。

「これは売れると思って出したら、そうでもなかったり、その逆もあります。どうしたら売れるかというのを、ひとりで考えて作っているので、いまだ試行錯誤の連続です。でも個人の責任で作っているぶん、いろいろトライすることができます。例えば、『旅のらくが記ヨーロッパ: ピカソ美術館めぐり』は、全欧のピカソ美術館を網羅したガイドブックはそれまで存在しなかったので、ガイドブックとして機能するようにしようと工夫しました。また、『おいしいマレー半島縦断』はエンタメに振り切ってみようとか、『中国少数民族いまむかし: 西江・元陽をめぐる旅』。は過去と未来をオーバーラップさせた演出にしようとか。毎回いろんな実験をできるのも個人出版の醍醐味かもしれません。始めようと思ってる人は、まず1冊作って出すことをお勧めします。もし売れなくても、お金もかからないし、もし売れたらプラスです。そして次の本は、反応を見ながら変えてくこともできますので、チャレンジしてみてください」

まえださんの話をうかがって、KDPにはパーソナルブランディングを含め、多くの可能性があると感じました。コミックエッセイに限らず、文章や写真などあなたの強みを生かしたコンテンツを、KDPで発表してみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人

鈴木 拓也
鈴木 拓也
都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。

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