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みらいのとびら 好きを仕事のするための文章術文章で自分の未来の扉を開くことはできるのか?【第1回】

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文章のプロ・前田安正氏が教える、好きを仕事にするための文章術講座。文章を書くことを通して、未来の扉を開くカギを見つけよう。

プロフィール

未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長前田安正

ぐだぐだの人生で、何度もことばに救われ、頼りにしてきました。それは本の中の一節であったり、友達や先輩のことばであったり。世界はことばで生まれている、と真剣に信じています。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主催しています。

「幸せ」ってどういうこと?

20年ほど前の会社の忘年会。帰り道でアルバイトさんにこう聞かれました。

「これまでの人生で幸せだと思ったことを10個教えてください」

「えっ!」

高校、大学の受験に失敗したこと、就職も希望のところにはいけず、転職もすべて役員面接で落とされたことなど、これまでの人生で悔しかったり残念に思ったりしたことは思い出すのに、幸せだと思ったことが出てこないのです。

写真/CANVA

仕事も生活もまあまあで、とりわけ困っていることはない。でも、それが幸せか、と自問すると答えに詰まります。

「結婚? 子どもの誕生?……」と、小さくつぶやいたきり、何も出てこないのです。

考えているうちに「あれっ? 幸せってどういうことだっけ」。次第に「幸せ」ということばの意味がわからなくなってしまいました。

デスク(現場責任者)になって数年、40歳くらいの時でした。

自分の居場所が見つからない

コラムの初回なので、僕自身の話を書いてみます。

僕は高校・大学受験に失敗し、大学を途中で変わったりしたので、卒業は25歳でした。一般企業の就職は年齢制限で受けられず、新聞社を志しました。新聞社は30歳まで受け入れてくれたのです。

新聞社に行くなら当然、現場に行って取材をする記者だと思っていました。

ところが記者試験は、最終の役員面接で落とされました。翌年再度受けるつもりだったのですが、その数カ月後に校閲専門記者の募集がありました。

一度落とした人間を、同じ年に採用するはずはないだろうと思いつつも受験したら、なぜか受かったのです。会社に入りさえすれば、異動させもらえると甘い算段をしていたのです。

校閲ということばさえ知らずに入った僕は、勝手に描いていた新聞社のイメージと違うことに戸惑いました。大体、何時間も座り続けて記事を読み続けることができなかったのです。

仕事の重要性は理解できるのですが、自分にとっての仕事の意義が見つかりませんでした

35歳まで出版社や放送局などの転職試験を受けていました。よほどヒトとして駄目だったのか、最終面接でいつも落ちるのです。

一方、校閲には毎年、新卒の優秀な人材が集まっていました。次第に会社での居場所が見つからなくなっていきました。

「武器」をどうやって手に入れるか

「新聞記者は名刺1枚で、世界中の誰とでも会うことができる」

僕が新聞社を志していた頃の入社案内には、そんな現役記者のことばが載っていました。「誰とでも」は大げさであるとしても、入社前の僕はそのことばに夢が膨らんで、気分は世界を駆け巡る記者になっていました。

しかし校閲は、そういう立場の仕事ではありません。たとえ記者であっても「名刺を取り上げられたら、取材もままならず原稿を書く場も失う」のです。どんな特ダネ記者も、会社を去ればただの人になってしまう。入社後、そんな現実を目の当たりにしたのです。

定年後の人生に生かせない仕事って、なんだろう。

デスクの仕事は面白いのだけれど、果たしてこのままでいいのか。僕には、自立できる武器がない。

忘年会の帰りに質問されたのは、そんなことを考えていた頃だったのです。
「幸せ」について答えられなかったのは、当然でした。

それから数年経った頃に、漢字・日本語ブームが突如湧いてきました。テレビのクイズ番組も増え、新聞もこの波に乗ろうという動きが出てきました。わかりやすく漢字の字源を解説するコラムの企画が持ち上がり、「ことばの専門家」としての校閲にオファーが来たのです。

取り敢えず、ダミー原稿を僕が書くことになりました。漢字の知識などは皆無に等しかったので、辞書や辞書や文献を調べました。それでもわからないところは、詳しい若手部員に話をきいたり専門家に取材したりしました。そうやって書いた原稿に、「これでいこう」とゴーサインが出たのです。1年で終了する予定の企画は結局、7年続きました。

アウトプットのためのインプットを繰り返しました。これを機に、出版や研修・講演の依頼も増えてきました。

記者になって原稿を書くという新聞社志望時の目的は、偶然とはいえ、かなえられました。気づくと僕は十数年、ことばや漢字についてのコラムを毎週1本、書き続けていました。しかし特段すごいことだとは思っていなかったのです。何しろ新聞社には記者が3千人ほどいたのです。みんな記事(文章)を書くプロです。

僕自身が文章のプロだという認識はまったくなかったのです。ただ、文章を書いている時は楽しくて、まったく周囲が見えず音も耳に入りません。その状態が心地よかったのです。

長所と短所を10書いてみる

あるとき、大和書房の編集者から1通の手紙が届きました。

「入社して数年間、営業を担当していた。初めて編集に異動して原稿を預かるのだが、よくわからない文章に当たることがある。それをどう直していいのかわからなかった。そんな時に書店で前田さんの著書に出合い大変参考になった。ぜひ一緒に文章を書くための本をつくりたい

という内容でした。

何回か打ち合わせをして、大学でのエントリーシート(ES)を題材にして、就活生を主人公にすれば、面白いものが書けるかもしれないと思ったのです。それは僕自身、校閲記者の採用に長く携わっていた経験も助けになりました。

そうして生まれたのが『マジ文章書けないんだけど』でした。そしてこれが現在、10万部を超えるヒットにつながったのです。

発売後、週刊文春の書評に

(著者は)書く技術を通して、自分らしさ、自分の望む生き方をことばでつかみとれる社会を望んでいるかのようだ。

と書かれていました。

書評によって、ようやく「武器」を手に入れたような気がしました。本を書いたことによって、新聞記者とは違う文章の関わり方があることを知ったのです。そして、これをミッションに会社を立ち上げたのです。

恐らく、「好きを仕事にする」ってどういうこと? と思っている方も多いのではないでしょうか。「好きなことが見つからない」「何をすればいいのかわからない」。
僕自身も入社した時から何十年もその思いを抱えていました。

僕が抱える悩みは、自分ではなかなか解決できませんでした。しかし、アウトプットのためのインプットを繰り返し、文章を書いていくことで「自らの思いや考えの芽」のようなものが見えてきました。その芽は僕以外の人が見つけ共感してくれたのです。文章には不思議な力があることを実感しました。

『マジ文章書けないんだけど』の主人公・浅島すずには、僕の迷いや悩みが知らず知らずのうちに投影されていました。就職に悩む浅島すずに、謎のおじさんがこう問いかけます。

「あなたの長所と短所を10個ずつ書いてごらん」

これは、「これまでの人生で幸せだと思ったことを10個教えてほしい」というアルバイトさんのことばが姿を変えて登場したものです。

僕は「事業は自分の幸せのお裾分け」だと思っています。だから、まず自分が幸せにならないといけません。

現在の仕事に迷いがあったり、起業を躊躇したりしているなら、まず、あなたの思いを文章に書いてみませんか。その中にある幸せの芽は、自分が気づかないところに隠れているかもしれません。恐らく幸せは10個では収まらないはずです。

『マジ文章書けないんだけど』P.9より

大和書房のサイト「I am」は、人生を豊かにするための働き方、自分を楽しむ生き方を共に考え、お互いを応援していこうというコンセプトのうえに成り立っていると、僕は考えています。

「みらいのとびら 好きを仕事にする文章術」は、月2回のコラムです。このコラムを通して、「好きを仕事にする」ために、文章をうまく使って未来の扉を開くカギを見つけてほしいと願っています。

どうぞ、よろしくお付き合いください。

この記事を書いた人

前田 安正
前田 安正未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長
早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。

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