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みらいのとびら 好きを仕事のするための文章術相手に伝わる文章は「何を、誰に向けて書くのか」がカスタマイズされている

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文章のプロ・前田安正氏が教える、好きを仕事にするための文章術講座。第19回は「伝わる文章に共通しているのは何を、誰に向けて書くのかがカスタマイズされている」についてです。

データをまとめただけでは伝わらない

文章は自らを表現する手段です。そのためには、文章は「何を、誰に向けて書くのか」を意識しなくてはなりません。ところが、とかく書くことを目的化してしまい、読み手やクライアントの視点で文章を書くことを忘れがちです。

先日、90人ほどの学生が参加する大学のキャリアセミナーに出講しました。作文の事前課題を出しました。お題は「川」。400字で自由に書いてほしいと伝えました。

すると、「水難事故」「4大文明と川」「川と河の字源」「河の説明」について書いた学生が9割ほどでした。たとえばこんな感じです。

2023年6月15日、警察庁が発表した日本の水難事故に関するデータを以下にまとめる。

発表によれば、今年の水難事故は6月15日時点で前年同期比で増加し、件数は約200件に上る。これには海岸での泳ぎ事故、船舶の沈没、川での溺れ事故などが含まれている。これらの事故により、約50人が亡くなり、100人以上が重傷を負った。死亡者の多くは海での泳ぎ事故やボート事故に関連しており、安全意識の重要性が浮き彫りになった。

データによれば、事故の主な原因は水域での警告無視、海況の急変、船舶の技術的不備などが挙げられる。特に、泳ぎに関する知識不足や監視体制の不備が問題となっている。東京湾や近畿地方などの観光地域で事故が多発し、沖縄や九州地方でも注意が必要な地域とされている。

警察庁は水難事故の予防を強化し、安全啓発キャンペーンを実施。また、救助体制の改善に取り組んでおり、救助隊の迅速な対応を強調している。

以上から、水難事故の予防と対応の向上が必要であることが明確になり、特に観光地域での安全対策が重要だ。

水難事故についての文章です。事故数、死傷者数、主な原因、事故における地域差、警察庁の対策。これらは、ほとんどがデータの引き写しです。そして最後に「水難事故の予防と対応の向上が必要であることが明確になり、特に観光地域での安全対策が重要だ」という感想があるだけです。

実は、ここに引いた文章はChatGPTを使って書いたものです。わずか数秒で書き出してくれました。9割の学生が書いた原稿は不思議なほど、ChatGPTを使った文章と同じ構成・同じ内容だったのです。ChatGPTは、ネット上にあるデータを拾ってまとめることが得意です。学生が書いたものも、ネット上のデータをまとめただけです。それなら人の手を煩わせず、ChatGPTに任せておけばいいということになります。

学生の多くがこうした文章を書く背景には、

  1. この講座が就職活動を目的としたキャリアセミナーである前提を忘れていた。
  2. 取り敢えず書くことに精いっぱいで、読まれることを意識していなかった。
  3. リポートと同じような書き方(前書き⇒説明・資料のまとめ⇒結論・意見)で、書いた。


という共通項があります。

 ChatGPTと似た書き方では伝わらないときがある(写真/Canva)   

書き手と読み手のギャップとは?

実は、「川」というお題は、僕が新聞社を受けたときの論文試験に出されたものでした。たしか制限時間90分、字数は1000字だったと思います。

入社試験を受けているときは、先の学生と同様、会社が論文の何を見ているのかがわかっていませんでした。それこそ、出されたお題について、イマジネーションを膨らませてとにかく書くということで精いっぱいでした。

時を経て、採用する立場になると、こうした論文で見ているのは、単に文章の上手い下手はないのです。企業が求めているのは、論文のお題を通して受験者が何を考え、何を思っているのか、どういう人物なのかを知りたいのです。つまり、「川」をテーマにして「自分」を書かなくてはならないのです。

ところが、先の学生はひたすら資料を集めまとめていたのです。書き方もリポートの書式で、前文を書いて、次にその資料をつなぎ、最後に結論めいたことを書く演繹的な構成です。90人のほとんどが内容も書き方も同じです。すると当然、読む側も飽きてきます。同じ視点、同じ書き方であれば、そこによほど興味を引くトピックがない限り、しっかり読まれません。

これが、書き手と読み手のギャップです。

就職試験でも同様です。書く側は論文1本です。しかし、それを読む側は受験者全員の原稿に目を通さなくてはなりません。つまり、読まれることを強く意識して、何をどう書くかをカスタマイズしなくてはなりません。自分が書いたものはたくさんの論文の中の一つだという意識を持たないと、就職活動で集まる多くの人たちとの差別化は出来ません。結局、自らをアピールできなくなってしまうのです。

僕は受験当時、「川」というお題について、

僕は、胸のポケットには未だ文字の浮かばない一通の手紙を忍ばせて、対岸の見えない大きな川の岸に立っている。これから川の勢いに流されず真っ直ぐに渡っていこうと思っているのだ。途中で溺れることがあるかもしれないし、流されてしまうかもしれない。しかし、川を真っ直ぐ渡り切れたときに、その手紙に文字が浮かんでいるはずだ。

という趣旨の文章を書きました。

この文章を読んだ採用担当者の意見は、真っ二つに分かれたそうです。「面白い」という意見と、「こんなひねくれたことを書くのは、ちょっとおかしい」という意見と。

書いたものがどう評価されたかはともかく、採用担当の間で話題になったというのは、悪いことではありません。

面接では、この文章を中心に進みました。「山を掛けてきたのか」から始まって、「なんで川を真っ直ぐ渡ろうとしたのか」「何も書かれていない手紙とは何なのか」「対岸に着いたときに、どんな文字が浮かんでいるのか」などなど。

しかし、僕自身は、山を掛けたわけでもなかったし、奇をてらったつもりもなかったし、受けを狙おうとしたわけでもありませんでした。ただ、不規則で休みもろくに取れないであろう新聞社を志す気持ちを「川」に託して書いたのです。

こうした思いを伝えると、面接ブースが次第に和やかになって、面接担当者から笑い声が聞こえるようになりました。「受からないかもしれないけれど、落ちる気もしない」。面接を終えて思ったのです。

 就活では、論文であれ、エントリーシートであれ、自分の価値を伝える文章を書かなくてはなりません。僕が書いた文章が、自分の価値を伝えられたかどうかはわかりません。しかし、その時の心情を素直に表現したことは間違いありません。

 自分ならではの心情が伝わると相手の印象に残る(写真/Canva)

「伝わる文章」を書く力は誰にでもある

読み手に伝わるように書くことは、学生の課題や就活試験の論文に限りません。

プレスリリースや広報、プレゼンテーション資料などにも共通する課題です。いいものを伝えたいという想いは、生産者の視点が全面に出てしまう傾向にあります。しかし、それを読むのは、顧客です。顧客の求めるものを理解し、要求を満たす視点で文章をカスタマイズしなくてはなりません。内容がよくても共感や理解を得られなければ、サービスや商品の価値は上がりません。文章を自在にカスタマイズするのは、一朝一夕に出来るものではありません。客観的な視点にたって文章を読むのは、そう簡単ではないからです。

とはいえ、誰にでも文章は書けます。書いたものを、あなたが顧客になったつもりで読み返す。あるいは第三者に読んでもらう。この習慣を身につけていけば、必ず習得できます。

とかくサービス・商品のことに意識が行きがちです。しかし、その価値を伝えるのはことばであり文章です。文章をカスタマイズできる力が身につけば、必ずあなたとあなたが生み出したサービス・商品の価値を支える強い武器になるはずです。

執筆/文筆家・前田安正

この記事を書いた人

前田 安正
前田 安正未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長
早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。

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