みらいのとびら 好きを仕事のするための文章術「好きなことを仕事にする」。実は、うまくいかない心配より、うまくいったときの受難のほうがはるかに大変?
文章のプロ・前田安正氏が教える、好きを仕事にするための文章術講座。第 14 回は「好きなことを仕事にしたら、うまくいかない心配より、うまくいったときの受難のほうが大変か」です。
目次
朝ドラにも登場した「好きなことを仕事にする人」
「好きなこと、得意なことを仕事にする」
このことばを目にすると、2016 年 10 月から始まった NHK の朝ドラ「べっぴんさん」を思い出します。17 年も前のドラマなので、記憶にある人は少ないかもしれません。これは、子供服を中心に販売している「ファミリア」創業の一人、坂野惇子をモデルにしています。
ドラマでは芳根京子が、主人公・坂東すみれを演じていました。女学校のころに刺繍や手芸が好きで、手芸倶楽部の友人たちと楽しんでいました。戦後の混乱期になると、出征した夫が戻らなかったりして生活が困窮します。そうしたなか生活の糧にと、手作りした子ども服を、昔から馴染みの靴屋の一角を借りて売り始めたのです。
ここまでは「好きなことを仕事にする」入り口です。動いて立ち上げなければ、ことは進みません。仕事に変えていくのは、ここからなのです。このドラマでも、初めこそ珍しがって商品やサービスを買ってもらえたものの、しばらくすると全く売れなくなってしまう道をたどります。子どものために素材や縫製にこだわれば、当然単価があがります。その時に、そうした需要があるかどうかの見定めが立たなかったのです。
「好き」以外の仕事に翻弄される、まさにドラマ
ここから試行錯誤が始まります。どんな商品・サービスが売り物になるのか、仲間をどうやって増やしてくのか。ドラマでは駐留米軍の家庭向けに西洋風のおむつをつくることになり、そのために看護師や女学生時代の手芸倶楽部の仲間を引き入れたりします。おむつが切っ掛けで、ウエディングドレスやテーブルクロスの注文が来ます。
注文が来るということは、実力を認められたということです。ところが、ここにいたると、自分の空き時間で作ったものを自分のペースで売るというわけにはいきません。必ず納期があり、相手の希望に沿ったものを提供しなくてはならないからです。
画家とデザイナーの違いを例にお話しします。
画家は内発的な欲求のままに作品を作ります。特に納期があるわけではありません。もちろん作品を認めてほしいという欲求は働きます。しかし、必ずしも作品発表と同時に評価されるというわけではありません。ときに作者の死後何十年も経って、ようやく時代が作品に追いつくということもあるからです。
ところが、デザイナーはクライアントの希望に沿って形を生み出します。クライアントが求めるものにデザイナー独自の視点やアイデアを盛り込んで、クライアントの想像を超えるものをつくりだしていきます。それは必ずしもデザインの問題だけではなく、予算をも考慮したうえで満足を提供しなくてはならないということです。
自分一人が趣味で楽しむ分には、失敗も許されます。商品やサービスという観点も必要ありません。好きなものを作って EC サイトに出品して、それを気に入った人が買ってくれる段階は、まだ仕事とは呼べません。趣味の範囲を出ていないからです。
注文を受けるようになると、趣味から仕事に移行した証しです。納期に間に合わせるのは当然のことです。見積もりを求められることもあるでしょうし、契約書を交わすようにもなってきます。趣味で楽しんでいたときにはない責任を持たなくてはならないということです。
固定費はもちろん、原材料費や仕入原価などの変動費なども毎月発生し、経理の仕事もこなさなくてはなりません。200 万〜300 万円程度の売り上げなら、一人で何とか処理できるかもしれません。
売り上げ 500 万円を越えたら「組織化」を意識
ところが売り上げが 500 万円を越えると、業務を委託するなりして、自分の抱えている仕事を振り分ける必要が出てきます。そうしないと周辺の仕事に追われ、本来やるべき仕事ができなくなってしまうからです。個人事業主から法人化しようと考えるのもこの辺りからです。
ドラマ「べっぴんさん」でも、大手の百貨店から声がかかったりして、次第に仕事が増えていくと、さまざまな問題が降りかかります。一緒にやっていた仲間が辞めたり、夫からの理解をえられなかったり。もうこの段階に入ると、仲良し倶楽部では仕事を動かせなくなってきます。組織を意識しなくてはなりません。組織としてのビジョンやミッションなどの認識を一つにしないと、動けなくなります。ドラマでは、夫たちが経営・マネジメントの側面から妻たちを支えるという展開になっていました。
さらに 1000 万円を超えると、これはもう自分が手を動かして働くというフェーズではありません。マネジメントの視点で組織を見ていかなくてはならないからです。趣味で楽しんでいた時代とは異なり、仕事に変化したという意識を持つ必要があります。純粋に趣味として楽しめたものが、スルリと自分の手から離れていく感覚になります。
そうなったときに、仕事を楽しめるのかどうかが、仕事のありようを考える一つの指標になります。
自分の納得いく仕事をしたくて独立しても……
僕は新聞社時代に 80〜100 人ほどの部員を抱える組織の管理職(部長)をしていました。
ちょっとした会社に相当する人数です。この組織に対して業務の方向性を理解してもらうことは、そう簡単ではありません。さらに人間関係のトラブルやコンプライアンスに関わる問題などが増えてきます。そのため本来の業務から離れて、総務部や健康管理部、顧問弁護士との打ち合わせが頻繁になります。それだからこそ、週に 1 本コラムを書く仕事は、新聞社における自分の存在意義を確認するものとして大きな意味がありました。
ですから、自分が独立するときには人に煩わされることなく、自分の納得のいく仕事をしようと思い、一人で会社を立ち上げました。ところが、経理には疎く、営業も得意ではありません。スケジューリングすら満足にできず、ダブルブッキングがあったり予定を忘れてしまったりすることもありました。
僕にとってこれらは、仕事の周辺に位置するものです。慣れない仕事に時間を割かれ、原稿を書いたり講演の資料をつくったりする本来業務の時間が取れなくなって、毎日のように閉め切りに追われる日々が 2 年ほど続きました。さらに、大して売り上げも立っていないのに、事務所を借りたりして固定費が膨らみ、赤字が続いていました。生まれて初めて胃カメラのお世話になり、組織の一部まで取られて検査される始末でした。
自分の不得意な分野は手放し、専門家に任せることにしました。事務所も解約して負担を減らしました。すると、気が楽になったこともあり、胃の痛みが嘘のように消えました。
こうした状況を心配してくれた友人が、自分の分身をつくって仕事をしてもらえば楽になると、いうアドバイスをくれました。しかし僕は、事業を自分の手の届かない大きさに広げたいとは思えなかったのです。文章コンサルタントの仕事は、基本的に One on One で行うものだと考えているからです。やはりその部分は職人に徹したいと思うのです。
大きくするのも仕事、手の届く範囲でするのも仕事です。好きなことを仕事にしたときに、あくまで現場にいたいのか、マネジメントに徹するのか。何を楽しみの対象とするのかで、事業の展開は変わります。
執筆/文筆家・前田安正
関連記事
この記事を書いた人
-
早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了。
大学卒業後、朝日新聞社入社。朝日新聞元校閲センター長・元用語幹事などを歴任。紙面で、ことばや漢字に関するコラム・エッセイを十数年執筆していた。著書は 10万部を突破した『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数、累計約30万部。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ことばで未来の扉を開くライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主宰。