ナンプレ、図形パズル……パズル作家の知られざる仕事って? パズル作家へのキャリアや収入、アイデア出しは?
主にパズル雑誌を活躍の場とする、「パズル製作」という仕事。人数が少なく、表に出ることもほとんどない「パズル作家」のひとりである稲葉直貴さんに、個人事業主としての悩みや課題、働く喜びを聞きました。
プロフィール
インタビュアー、スタートアップ広報中村優子
目次
パズル作家への道のり
小学生からパズル作成のキャリアがスタート
稲葉さんが、最初にパズルに出合ったのは小学生の頃。パズル雑誌を読んで、その魅力のとりこになったそうです。
「最初にパズルに出会ったのは、小学生の頃でした。パズル雑誌を読んで魅力のとりこになり、パズルを作り始めたんです。高校生になると、かなりしっかりとしたものを作れるようになりました。とはいえ、高校にパズルサークルがあったわけではなく、完全に1人での活動です。その頃には、パズル雑誌に投稿して、それが掲載されるようになっていました。」
稲葉さんが最初にパズルと出会ったのは小学生の頃だっといいます。高校卒業後、大学に進学しました。学科は電気情報工学科。
「プログラミングの授業がたくさんあり、今の仕事にもそのスキルが役立っています。大学生活は忙しかったですが、パズル熱は衰えず、“稲葉のパズル研究室”という名のパズルサイトを作り、そこに自作パズルをどんどん置いていきました。21世紀に入って間もなくの、大学3年生の頃でした」と言うように、大学に入ってからもパズルへの情熱は高まるばかり。
就職後はパズル自動生成プログラマーに
入学当初は研究者を目指していた稲葉さんは、大学の博士後期課程まで進みます。しかし、就職を機に社会人となりました。就職のきっかけは、やはりパズル。稲葉さんは、その後のキャリアを次のように語ります。
「大学入学当初は研究者を目指していたので、博士後期課程まで進みました。ところが、とあるIT企業が、パズルを自動生成するためのプログラムを書ける人を募集しており、これだ! と思いました。実は、大学時代の空き時間を活用して、そうしたプログラムをいろいろ作っていたのです。
ライフワークで給料をもらえるチャンスと思い、求人に応募して採用されました。そのとき、まるでパズルの神様が、私の才能を失わせないために、パズル作家への道を舗装しているように思えました。でも、3年で辞めて独立。以来、フリーのパズル作家一筋です。」
パズル作家として独立
自分でパズルを作って売った方が手っ取り早い
「独立しようと思ったきっかけは、会社が求めていることと、自分がやりたいことの間に距離を感じたからです。会社としては、あくまでも自社の技術力をアピールするための一つの手段としてパズルを扱うというスタンスであるのに対し、私はその技術でパズルを作って売った方がてっとり早いと考えていました。結果、自分のやっていることがどう会社の役に立っているのかよくわからず、給料を支払ってくれる会社にも悪いので、思い切って辞めることにしました。」
勝算あり、あとは出版社や塾に売り込み
「もちろん無策で辞めたわけではなく、パズル作家としてやっていける勝算はありました。会社にいたときに、いろいろな出版社に『この自動生成プログラムを使って問題が作れます』と売り込みに行ったのです。方々の出版社を回った結果、つてができて、独立してやっていけそうな感触をつかみました。もしも会社員時代の営業経験もないまま、出版社にいきなり自分を売り込むのだったら、相当な勇気が必要だったでしょう。
結婚して間もなかったのですが、二人が食べていけるだけの手ごたえは感じていました。
独立当初は、低学年向けの教材としてパズルを使いたいという塾があって、そこ向けに算数パズルをいろいろ作っていました。これが主な収入源です。それ以外にも、出版社からこまごまとパズルの仕事を受けていました。この頃はまだ機械に頼らず手作りです。勤めていた会社との競合を避けるため、最初の2年間は自動生成プログラムを使わないという取り決めがあったからです。しかし、この制約は仕事の幅を広げるという点で良かったと今になっては思います。
最初は取引先も少なかったですが、信頼を築いて少しずつ仕事が増えていき、国内外の多くの企業とお付き合いいただけるようになりました。」
パズル作家の報酬
相場はなし、1ページ単価で都度交渉
ところで「パズル作家の報酬体系はどうなっているのだろう?」と興味を持たれたかと思います。そのあたりも詳しくうかがいました。
「パズル雑誌に提供するパズルの場合、1問1,000円や1ページで5,000円というふうに単価ベースです。相場はあってないようなもので、双方の話し合いで金額が決まることが多いです。
ボーナスのような書籍出版の印税
また、書籍を出すこともあります。パズル雑誌からの収入が通常のサラリーとしたら、書籍からの収入はボーナスのようなものと考えています。書籍の報酬は基本的に印税です。増刷がかかればさらに特別ボーナスとなります。
昨年は、『エルカミノ式 理系脳をつくるパズルドリル』(幻冬社)を上梓しました。著名な先生が監修する書籍の問題作成をする仕事も、意外とあります。自分の名前だけで売れる本が出せれば一番良いのですが、出版社側からするとやはり知名度の点でまだまだ心許ないのかと思います。いかにしてパーソナルブランディングを行っていくかが今後の課題です。
カードゲームなどはロイヤリティ方式
出版物とは別に、個別の商品として開発したものもあります。新作は、Gakkenから発売された『リ:チェント』です。これは、算数で習う加減乗除をテーマにしたカードゲームです。こう聞くと何か難しい内容に思われるかもしれませんが、駆け引きや推理を競う場面もあって、子どもも大人も夢中になれるゲームだと自負しています。
こうした商品も、ロイヤリティ契約です。書籍出版の印税と似たシステムで、売価に製造個数を掛け、その何パーセントかが報酬となります。
出版不況と言われて久しいですが、自分はその影響をさほど受けていないと思います。
最近は、紙の値段が上がったせいで、いくつかのパズル雑誌がページ数を減らしました。そういった影響はありますが、深刻な行き詰まりやトラブルを経験していないのは、幸運だと思います。
ただ、一度だけ、取引先の出版社が倒産してしまったことがありました。独立したての先行き不安な頃からお世話になっていた出版社です。結果として何十万円かの支払いが滞りましたが、今こうしてパズル作家を続けていられるのも、その出版社のおかげだと感謝しています。
このときの心がけが良かったのか、黒字を出していたパズル部門は他の会社が引き継ぎ、今も続けてご依頼をいただいております。」
パズルの作り方
実働は3時間でも頭の中はいつもパズル
パズル作家は一日中机の前でパズルと解いている、いや作っているというイメージを持つ人も多いかもしれない。実際、どのようにしてパズルを作成するのでしょうか?
「パズル作家としての仕事は、一日中考えているという意味では長時間になります。ですが、実際に手を動かし、何かを作り出しているのは3時間ぐらいです。休日は、週休2日とか決めているわけではなく、遊びに行きたいときは行くというふうに柔軟にしています。
集中して仕事をして、『時間を貯金する』ことができるのがフリーランスの良さだと思っています。」
「『手を動かし』と言いましたが、実際にはプログラムを動かして問題を作ることが多いです。主に作っているのは、ナンバープレース。略してナンプレと呼びます。多くの方がご存知でしょう。今、人工知能が話題ですが、ナンプレは、既に機械に取って代わられた世界なのです。
一方で、機械が苦手とする言葉遊びを使ったパズルも作っています。最近では謎解きにも手を出し始めました。これまで本腰を入れてこなかった分野で、ぜひチャレンジしたいと思っていました。論理ではなく、解くのにひらめきが必要な問題です。こうしたパズルの本を、近いうちに出す予定です。
パズルのアイデアは降ってくる?
こんな話をすると、『どうやってパズルのアイデアを思いつくのですか?』と、よく聞かれます。パズル作家によって、やり方はそれぞれかと思いますが、自分の場合は、“連想”です。そのための方法として,着想の元になるメモがびっしり書き込まれた紙束を眺めながら、連想を広げていきます。クリエイターだと、『アイデアが降ってくる』と表現する人が多いかもしれませんが、自分のやり方は膨大な候補の中からこれだ!というものを探し出す地道な作業で、どちらかと言えば職人に近いものだと思います。」
フリーランスとして仕事を継続する秘訣
チャレンジと努力を積み重ねる
最後に、パズル作家として、そしてフリーランスとして仕事を続けていく秘訣を教えていただきました。
「仕事を続けていくには、新たなチャレンジと努力を積み重ねることが大事だと考えています。ただやみくもに頑張れば良いわけではなく、一つの価値観に拘らず、どんな基準や要望に対しても、最良に迫れる多様な技術の研鑽こそが、正しい努力の方向性だと思っています。心がけているのは“良いパズル”を作ることではなく、“良いパズル作家”であることと言えるでしょうか。」
人に助けてもらうことが大事
「もう1つ大事なのは、人に助けてもらうことです。主婦であった妻も、今はパズルの仕事を手伝ってくれています。個人で事業をしている方で、自助努力にこだわる人は多いですが、それだと限界がきます。自分の弱みを認めて、『助けてください』と素直に言えば、わりとみんな助けてくれます。」
《稲葉さんの新作頭脳ゲーム》
稲葉さんの新作頭脳ゲーム『リ:チェント(Re:CENTO)』。「100までの数ゲーム」「たし算・ひき算ゲーム」「かけ算・わり算ゲーム」の3つのゲームが遊べ、小学生からシニアまで年代を問わず楽しめます。数字のセンスを磨きながら、スリリングな展開に夢中になりながら、数字のセンスを磨くことができるというものです。
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この記事を書いた人
- 都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。