社内ベンチャーから、あえて引き継ぎをせず、「自分にしかやれないビジネス」を譲り受けての起業
起業の先輩からノウハウを学ぶシリーズ、会社員時代に立ち上げたインテリア展示会「MONTAGE(モンタージュ)」を独立後の会社でも手がけている株式会社INIT社長の稲葉健浩さん(40)の話を聞く後編です。
展示会の成長と反比例するように思いがずれていった会社との関係、退職の決断、そして独立後の世界へのチャレンジ。「会社員は時に信念を押し通してもいい」という稲葉健浩さんですが、いったい何が、会社員時代の新規事業をそのまま自分の仕事として独立するという結果につながったのでしょうか。
「引き継ぎ」意識せず「自分しかやれない領域」作る
2008年に稲葉さんが同じインテリア業界の2社に声をかけ、3社でスタートした合同展示会。その後数社と共に開催を続け急成長。現在につながる「MONTAGE」という名前になった2012年は出展10社・来場者600人、4年後の2016年には出展40社・来場者2000人に拡大します。
ただ、会社の上層部の反応は必ずしもポジティブなものばかりではありませんでした。「当時の経営陣にとってはやはり、会社が急成長した時期に大きな力となった大規模展示会へのこだわりが強く、小規模展示会には最初のうちは消極的、軌道に乗ってからも反応は薄かった。はっきり『やめろ』などと言われたわけではありませんが、たとえば展示会のために会社が割いてくれる人員の数などでも、大きな差がありました。言ってみれば、『やりたければ君ひとりでやりなさい』といった雰囲気ですね」
結果として稲葉さんにとって、会社が必ずしも乗り気ではない「MONTAGE」を続けられたのは好都合でした。
会社員は通常、部下や次の世代の人に仕事を引き継ぎ、自分がいなくなっても業務が回るようにすることが重要とされます。これまで「会社に迷惑がかかるから」と気を遣って退職を見合わせてきた稲葉さんも、もちろんそう考えていました。
「ただ、展示会事業は誰かに引き継げるほど人員を回してもらえず、会社もその必要性を感じていませんでした。一方で私にとってはどうしてもやりたい仕事だったので、会社に遠慮して縮小したり打ち切ったりするつもりもなく、自分の思ったとおりにやりました」
稲葉さんは今、当時の自分をこう振り返ります。「会社員だって時には上司の意見を聞かなくていい。仕事をなんでも誰かに引き継ぐのではなく、自分にしかできない領域を作ってしまってもいいと思います」
海外成長目指すも「笛吹けど踊らず」の経営陣
この経験が後の起業につながっていくわけですが、稲葉さんの会社員としての人生はまだ続きます。転機が訪れたのは、その後稲葉さんが目指した海外への販路拡大を巡る会社側との意見の食い違いでした。
「MONTAGE」がスタートした2012年ごろ、入社8~9年目の中堅社員となっていた稲葉さんは「日本の著名なインテリア雑貨店の多くはすでに取引実績があり、国内での成長は頭打ち。これから大きく業績を伸ばすには、海外への輸出を拡大するしかない」と考えていました。
稲葉さんは販路拡大を目指し、米ニューヨークの展示会に商品を出展します。ニューヨークに出展した際は現地の新聞紙面で紹介されるなど注目度も高く、現地企業約30社から受注を勝ち取ることができました。
手応えを感じた稲葉さん。「海外での売れ筋もつかめてきたので、次回以降も積極的に出展して海外事業の拡大を目指そうと考えました。ところが、会社の上層部が下した結論は『ニューヨークへの出展は一回限りで打ち切り』というものだったんです」
独立を意識してから6年、12年で会社を退職
海外でのビジネスは不確定要素が多く、輸送費や現地での販売店との関係作りなど販管費がかさむこともあり、利益率が低くなりがち――。上層部は「輸出で売り上げを伸ばしても、必ずしも利益につながらない」と考えたとみられます。
稲葉さんは当然、納得できません。「海外に行くとよくわかるのですが、東京という市場は世界的に見てもすごくレベルが高いんです。パリ、ミラノなどはそれぞれ地元の文化が花開いている都市ですが、東京には世界中のいいものが集まっています。いいものだらけの東京市場で売れている日本のインテリア商品は、世界の舞台でも必ず戦えると確信していました。経営陣の姿勢は、私には攻めより守りを重視しすぎていると映りました」
入社6、7年目にして独立への思いを抱えながら、これまで「自分が辞めたら会社に迷惑をかけてしまう」と退職を見合わせてきた稲葉さん。ただ、自分の意志で展示会「MONTAGE」を続けてきたという経験と自信も身につけ、「これ以上会社に気を遣って会社員を続けるよりも、独立した方がいいのではないか」という思いが高まったといいます。
そして入社から12年が過ぎた2016年3月、稲葉さんはついに会社を去ることになります。入社してから独立への思いを抱えるまでと、抱えてから。ちょうど半分ずつの年月が過ぎていました。
手塩にかけた展示会「MONTAGE」を譲り受ける
上司に退職の意思を伝えてから問題になったのは、社内では稲葉さんがほぼひとりで手がけてきた展示会「MONTAGE」事業の扱いでした。
「私が上司に『今後MONTAGEはどうしますか?』と尋ねたところ、『あれは稲葉がいるから成立していた事業だから、いなくなるなら手放す』とのことでした。『それなら、私が責任を持ちます』という意志で、私が退職して新たに興した会社で、MONTAGEを引き継ぐ決断になったんです」
退職・独立後に何をやるかで悩み、独立後の仕事がうまくいかず苦しむ人も多い中、会社員として手塩にかけて育ててきた事業を独立後もそのまま続けられた稲葉さん。起業直後こそ赤字経営となりましたが、いまは好調といいます。
自己主張も発揮しつつ、会社のために独立を思いとどまり、会社に尽くし続けてきたことで事業への思いが強くなった結果、現在の立ち位置を築いたのかも知れません。
「MONTAGE」はその後も業界からの注目を集め、参加を希望する企業は増え続けています。ただ、元々稲葉さんが大規模な展示会へのアンチテーゼとして始めた事業だけに、規模の拡大が目標ではありません。今は出展希望者をオーディションでおよそ半分に絞り込み、稲葉さんら主催者が「新たな流行を生み出せる」と感じられた100社程度の出展で開催しているそうです。
オンライン見本市を自動翻訳し海外展開
稲葉さんは今、新しい取り組みも始めています。目指すのは、会社員時代にも志した「海外展開」です。
コロナ禍を受け、MONTAGEはリアル開催とともにオンライン見本市の機能を備えました。これまで業界にはほとんど存在しなかった、インテリア、ガーデニング、アウトドアプロダクツを中心としたライフスタイル関連の商品を取り扱うBtoBの商談マッチングツールとしても新たなスタートを切っています。
「このオンライン見本市に出品された商品はAIによる自動生成で英語に翻訳され、海外向けにも公開できるようにしました。2月~5月にテスト運用してみたところ、海外では特に周知もしていないにもかかわらず、全体のおよそ1割にあたるのべ7百人が海外から閲覧してくれたんです。改めて、日本の商品が海外で通用するという手応えを感じています」
このオンライン見本市システムには海外の企業も出展できるようになっており、いずれは世界中の企業があつまる商談マッチングツールに成長させたいといいます。「秋から本格稼働させるつもりです。将来は海外からの来場者が8割を占めるようにしたいと考えています」
必ず最後に「好き」と「やりたい」が勝つ
会社員時代に自らが発案し、手塩にかけて育てた事業を、起業後も成長させ、世界に向けて羽ばたかせようとしている稲葉さん。そんな幸福な独立、どうやったら実現できるんでしょうか。
「今会社勤めをしている方に伝えたいのは、自分の『好き』や『楽しい』をとにかく大切にしてほしいということです。会社員として仕事をしている中で、もし自分がやりたいことに巡り合ったら、それはあきらめず、人に譲らず、必ず自分の納得出来るまでやり遂げてほしい。必要な戦略を練り、社内で稟議を通しましょう」
稲葉さんはもう一度繰り返します。「いつでも社内でいい子でいる必要は無い。好きな仕事、やりたい仕事のためなら、時には自分の信念を通してわがままになってもいい。上司の意見を聞かないこともあっていい。その仕事が好きで、絶対にやりたいという気持ちが、最後は勝つんです」
先輩起業家Profile
稲葉健浩
(いなば・たけひろ)
INIT株式会社CEO。ライフスタイル関連のプロダクツを中心としてBtoB見本市リアル/オンライン「MONTAGE(モンタージュ)」を運営するほか、インテリア商品、キャンプ用テントなどオリジナル商品も開発、販売。2023年より新規事業でオンライン展示会システムを立ち上げる。自動翻訳機能を備えた海外向けにも公開できる仕様で、秋から本格運用の予定。日本と海外のマーケットをつなぐ橋渡し役として注目され、米オレゴン州やポートランド市が主催するウェビナーの講師としても登壇。
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この記事を書いた人
- 新聞社の経済記者や週刊誌の副編集長をやっていました。強み:好き嫌いがありません。弱み:節操がありません。