Series
連載

人生を変えるI amな本「世界初のビジネス書」に書かれた成功の秘訣は「健康オタク」? 中世イタリア商人の商売術とは

ログインすると、この記事をストックできます。

少しの自己投資で人生を変える読書術。15 世紀のイタリアに生きた、商人にして賢人であるベネデット・コトルリ。彼の記した「世界初のビジネス書」は、現代でも通用する仕事の黄金律が満載です。

「商売術」はの基本は15世紀から変わらない?

現代では、商社が営む貿易業は花形産業の一つですが、中世ヨーロッパでは卑しむべき職業でした。


当時は職業によって身分の高い者と低い者とがあり、聖職者、領主、軍人がトップに君臨。貿易に従事する「商人」の地位は底辺に近かったのです。しかし、実際は、必需品や特産物を各地に供給する重要な役割を担い、大航海時代に欠くべからざる存在でした。

ベネデット・コトルリ(1415-1469)も、その一人でした。彼は、イタリアの商人一族のもとに生まれましたが、聡明さゆえ大学で学問の道に進みます。しかし、父の急死によって研究者の道が絶たれました。彼は「やむをえず」家業を継いで商人となるのですが、生来の学究肌が著作活動へと向かわせます。


30 代半ばになったコトルリは、ペスト禍を逃れて小村でリモートワーク中に、『商売術の書』を書き上げます。

本書は、単に帳簿のつけ方といったハウツーだけでなく、仕事術や成功術について多くの紙幅を割いている点で画期的なものでした。


まさに「世界初のビジネス書」と呼ばれるゆえんであり、2021 年『世界初のビジネス書―15 世紀イタリア商人ベネデット・コトルリ 15 の黄金則』(すばる舎)として邦訳書が刊行されました。


本書には、企業に勤務する人のみならず、個人で仕事をする人にも役立つ知見が散りばめられています。どのようなものがあるか、その一部を紹介しましょう。

中世でも商売には「体力と知力」が必要

商人として必要なスキルは、単に「読み書きそろばん」にとどまりません。コトルリは、第一に魂と精神の善良な資質を挙げ、さらに「身体的な能力」も「絶対に必要」だと力説しています。


ときには、日夜の労苦に耐え、足と馬で旅し、海と陸地を行き、売買を行い、このような事柄をできるだけ熱心に行うよう尽力すべきだ。(中略)ときには食べること、飲むこと、眠ることを削る必要が生じる。それどころか、飢え、渇き、徹夜、そして嫌気を催すような、身体の通常の状態に反する、同様な他の事柄にも耐えなければならない。(本書 53p より)


これは当時の商人が、デスクワーク一辺倒にとどまらなかった実態が関係しています。出張はまさに長旅で、今のように便利な輸送機関もなく、盗賊に襲われるリスクもありました。そして、異国の地で迷えば食糧が尽きてのたれ死にです。それゆえ、商人として一人前の活躍をするには、身体を健康な状態に保つことが「最高に有益」であるとコトルリは記しています。


一方で、「ただの荷物運搬人」であってはならないとも警告しています。賢明な知力があってこそ商人として働けるのです。

成功の条件は「陽気・快活・健康オタク」

商人は、肉体的にも精神的にも苦労の多い仕事です。しかし、それに負けていつも憂鬱そうな顔をしていてはならないとも、コトルリは語ります。


性格面で商人に求められるのは、まずは「魂の平静」。具体的には、「陽気で、快活で、自分とも他人とも、あらゆる友人とも平安を保っており、嫉妬深くなく、狡猾でなく、不正でなく、復讐心を持たない」……言いかえれば、高潔の士であることが求められます。


逆に避けるべきは「憂鬱質」な性格だとも。当時のヨーロッパ諸国では、暗い性格の人は「最悪」とみなされたそうです。コトルリはそうした人との交際・取引は避け、自身もそうならないよう努めるべきだと強調しています。

そして、最大の内面的な美徳とは「自制」であると語ります。


あなたは順境においても、逆境においても自制しなければならない。商人は、他の人々との関係で、しばしば、あるいはむしろ常に、どちらかの状況にあるが、順境においては舞い上がらず、逆境においては取り乱してはならない。(本書 121p より)


自制の範囲は、飲食にも及びます。酩酊と過食は絶対 NG。これは「悪徳」という扱いです。酔っぱらった姿を見られると、あらぬ悪評が立つだけでなく、健康にも有害だからです。ここにも前に見たような「身体的な能力」への配慮が見てとれます。中世のデキる商人は、意外なほど健康オタクであったといえそうです。

極めつけは「コミュニケーション能力と教養」

コトルリは、商人が他の職業人たちと決定的に異なっている点の一つとして、コミュニケーションの対象の広さをあげています。いわく、「紳士、貴顕、要人とも、職人、農民、工員とも会話できなければならない」とし、「柔和で、優雅で、人間味のある話し方をするように努力」することを求めます。


さらに、会話をする際の秘訣というか注意点について五箇条をあげています。その筆頭は「何を話すかについて考えなければならない」というものです。


先立つ議論に続かず、テーマから外れた事柄について、また、猥褻で、無益で、非難に値し、不誠実で、あなたの立場にふさわしくない事柄について話さないように注意しなければならない。(本書 139〜140p より)


そうした注意を払って、質の高い会話を成立させるために必要なのが「教養」。コトルリは明確には記していませんが、部外者からは、商人は教養のない人たちとみられていたようです。ですが実務レベルでは、ラテン語の契約書を作成し、数学的知識を用いて計数管理し、貴顕の人々と交渉するなど、相当な知識・教養が必須でした。


さらに、実践的な知識だけでなく、「哲学を勉強することは無駄ではない」ともアドバイスしているのは、傾聴に値するでしょう。当時の哲学は、形而上学から自然科学に至るまで一切合切を含んでいましたから、ハードルの高さは相当なものです。だからコトルリは、こう言うのです―「暇があるときは、書物を読みたまえ!」と。


筆者は、「商人」という語感からイメージが先行して、「銭勘定の掟みたいな内容?」と想定して、本書を読み始めました。ですが、なかなかどうして、含蓄に富む珠玉の箴言に感心し、現代の悩める仕事人にも役立つと思いました。本書を読み、ぜひとも日々の仕事に生かしてください。

この記事を書いた人

鈴木 拓也
鈴木 拓也
都内出版社などでの勤務を経て、北海道の老舗翻訳会社で15年間役員を務める。次期社長になるのが嫌だったのと、寒い土地が苦手で、スピンオフしてフリーランスライターに転向。最近は写真撮影に目覚め、そちらの道も模索する日々を送る。

ログインすると、この記事をストックできます。

この記事をシェアする
  • LINEアイコン
  • Twitterアイコン
  • Facebookアイコン