働く人だって学び直しはしたい。何がハードルになってる?社会人大学院で学び直しをした3人の働く女性の体験からリスキリングのリアルを検証。数字からみたリスキリングの実態とは?
社会人のリスキリングが話題になっているが、実際に社会人大学院で学んだ働く女性3人(2人はワーママ)の体験を踏まえて、社会人大学院でのリスキリングを検証してみた。
目次
たんなる「学び直し」ではないリスキリング
政府が昨年2022年10月にリスキリング支援を盛り込んだ総合経済対策を打ち出したことをきっかけに、リスキリング、という言葉をメディアで頻繁に見かけるようになった。
ところでリスキリングという言葉、正確に理解できているだろうか。
リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、 必要なスキルを獲得する/させること」。
気をつけたいのは、リスキリングはデジタルに関連した学びだけを指すわけではないということだ。近年は特にリスキリングをデジタルスキルの習得と読み替える文脈が多いが、必ずしもそうではない。
だからといって、リスキリングは単なる学びなおしでもない。「個人が関心に基づいて様々なことを学ぶ」というよりは、「これからも仕事において価値を創出し続けるために必要なスキルを学ぶ」という点もポイントだ。
また、よく似た言葉でリカレント教育、というものもある。リカレント教育とは、「学校教育から離れた後も生涯にわたって学び続け、必要に応じて就労と学習を交互に繰り返すこと」を指す。リスキリングとの大きな違いは学びの間に働いているか否かだが、そこを区別せず論じている場合もあるので注意が必要だ。
これらを踏まえたうえで、社会人のリスキリングについて考えてみたい。
社会人のリスキリングの現状
リスキリングは実際、どのぐらい行われているのか?
2016年の文部科学省の資料『学びなおしに関する参考資料集』より、”学び直しに関する国民の意識①”によると、学びなおしを実際にしたことがある、もしくはしている人は19.1%。これからしてみたいと思っている人を合わせると、49.4%。実に約半数が、学びなおしを希望している。
その傾向は、高水準の学びをしてきた人に、より顕著に表れている。”学び直しに関する大卒社会人の意識①”によると、学びなおしをしたい、もしくは興味のある人は89%にまで増加する。
詳しく見てみると、”学び直しに関する国民の意識⑨”によれば、大学や大学院・専門学校といった専門性のある学びをしたいと思っている人は20%ほど。中でも正規過程で学びたいと思っている人は、6.4%といった低い値だ。
データだけを見る限り、現時点でリスキリングはなかなか現実的な選択肢としてとらえられていないのが実情だ。今世の中から求められているリスキリングとはかなりかけ離れており、まだまだこれから広めていく必要があるだろう。
ただし、先出の”学び直しに関する大卒社会人の意識①”では、再教育で利用したい教育機関として「大学院」または「大学」を希望する割合は65.9%。高水準の学びをしてきた人に限定すれば、さらなる学びとしてのリスキリングはある程度浸透していると言えそうだ。
リスキリングができない理由はなにか?
では、希望すればリスキリングに取り組むことができるかと言えば、必ずしもそうではない。
”学び直しに関する労働者の意識③”によれば、「自分自身の仕事が忙しくて時間がとれない」ということに加え、「費用」の面や、「家庭との両立」がなにより大きな壁として立ちはだかっているのが現状だ。
また、”学び直しに関する大卒社会人の意識②”からは、「職場の理解が得られない」ということも問題として挙げられている。
リスキリングの体験者3人に聞いた現実
では、実際にリスキリングを行っている方はどうやってリスキリングを実現させているのだろう?
リスキリングを実際に行った方、中でも社会人として働きつつ大学院に進学した方に取材し、リスキリングについて伺った。
ITコンサルタントとしてフルタイムで働きながら大学院でMBA相当の学びを得た吉田美穂(仮名)さん、大企業で経営企画を行うポジションにつきながら大学院でシステムマネジメントを専攻した小林貴子(仮名)さん、フリーでファシリテーターとコミュニティハウス運営をしながら大学院で社会学を専攻している宮本綾(仮名)さんの3名だ。
吉田さんと小林さんは既に大学院を修了し、宮本さんは現在博士課程(後期)に在籍中だ。3名とも既婚女性であり、吉田さんと小林さんはお子さんを持つ母親でもある。
リスキリングの目的はなにか?
先出の”学び直しに関する大卒社会人の意識③”によると、社会人が大学院に進学する目的は技術系、事務・営業系の社員とも「現在の仕事を支える広い視野」が 多い。一方、「先端的な専門知識」、「現在の職務に直接必要な知識」は技術系の社員が多くなっている。
3名の中では、吉田さんと小林さんが選んだ専攻は仕事に直結はしていないが、「現在の仕事を支える広い視野」に相当する学びと言える。一方で、宮本さんは仕事の中で生まれた疑問を解決するべく大学院へ進学したということなので、「現在の職務に直接必要な知識」だと言えるだろう。
リスキリングで一番の問題は?
”学び直しに関する労働者の意識③(自己啓発の問題点)”では3番目にとどまっている「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」だが、大学院に限らず、実際にリスキリングをするにあたって一番の問題は、家庭との両立ではないだろうか。なにより、リスキリングの間誰が子どもの面倒を見るのか、は大きな問題だ。
吉田さんは子どもが小さかったこともあり、平日の夜はベビーシッターを活用したそうだ。しかし休日は夫に頼んでいたため「夫にはかなり負担だったんじゃないかと思います」とすまなそうに言っていた。一方で小林さんの場合は、先に夫が大学院に行っていたこともあり、社会人が大学院に通う大変さを知っていたから、率先して対応してくれていたそうだ。
子どもが何歳ぐらいなのか、夫との協力体制が作れるかどうか、リスキリングを行う際には真っ先に話し合っておくべきことだと言えそうだ。中でもパートナーの理解と協力は、何ものにも代えがたい。そのほか、親の健康状態や、介護の可能性なども考えておいた方がよいだろう。
子育て以外の家事分担も考えなければならない。夫婦それぞれフルタイムなだけでも大変なのに、そこに更にリスキリングが入ってくると、もう一方の家事負担が非常に大きくなる。
それを解決するには、それぞれの家事スキルにもよるが、家事の負担を減らすスマート家電の投入や、やり方の見直し、外注を上手く使うなど、様々な方法を検討する必要があるだろう。家政婦などの外部委託もひとつの手だ。
リスキリングの費用は?
この調査が行われた2016年の時点において、”企業の状況④(大学等の受講支援の有無)”によれば、業務扱いは9.3%、会社として支援しているのは13.4%にとどまっている。
吉田さんや小林さんの場合は、会社は特に支援はないものの「業務に支障がなければ大学院進学は問題ない」というスタンスだったそうだ。しかしそれでは、たとえ学びたいと思っても、今の仕事のことを考えると思いとどまる人も出てくるのではないだろうか。
「現在の仕事を支える広い視野」の学びを得るための進学であれば受講支援を受けられる、ということであればもっと受講者は増えるに違いない。
現在、政府主導で主にDXについてのリスキリング施策が進められている。
2022年3月には、経済産業省により、様々なIT関連の講座が受けられるデジタル人材育成プラットフォーム『マナビDX(デラックス)』を開設。AIやクラウドなど、デジタルに関連する知識やスキルを習得できるポータルサイトだ。無料で受けられる講座や受講料の補助が受けられる講座もあり、誰でもデジタルスキルを学ぶことのできる学習コンテンツが数多く登録されている。
2022年12月には厚生労働省の人材開発支援助成金制度が改正され、企業は労働者のスキルアップに向けた施策を実施する際、サポートを受けられるようになった。この制度が活用されれれば、より学びやすくなるだろう。
社会人が大学院で学ぶということ
3名は仕事内容も立場も状況も家族状況も全く異なるため、簡単に比較できるところがほとんどない。いただいたコメントも然り。しかし、まったく同じ意見だったところが2つあった。そのひとつが、「社会人が大学院で学ぶこと」についてだ。
大学で学ぶということと大学院で学ぶということは、そもそも大きく違うことを知っているだろうか。
「大学院って研究するところだったんだ」(吉田さん)
大学と大学院の大きな違いはそこにある。大学は専門科目の授業で学ぶところに重きが置かれるが、大学院はゼミが大半となる。ディスカッションやグループワークで、自分の意見を持ち、伝えるのが重要となるのだ。
また、大学は"論文の書き方"を身につけるところ、大学院修士は"自分の考えをまとめる力"を身につけるところなのだそう。卒業論文は論文としてまとめることが目的だが、修士論文は、内容の新規性やクオリティが求められる。だから、「どの大学院か」というよりは「どの先生に師事したいか」「どのゼミでどんな研究をしたいか」が大学院選びの大きなポイントとなるだろう。
「新卒が行くのはもったいない」(小林さん)
そしてそれ以上に、学生がそのまま大学院に進学するのと、一旦社会人になってから進学するのとでは大きく違う。
何よりも違うのは、その目的意識だ。一旦社会に出ることで、学生の時とは異なる社会人としての視点が生まれるのだ。
どんな立場であれ、会社で一定期間働いていれば、社会の様々な仕組みが見えてくる。小さくてもグループやプロジェクトを率いる立場になれば、それをとりまとめ俯瞰する力もつけばそこで発生する様々な問題にも直面するだろう。
特に、小林さんの学んだシステムデザインという考え方は、世の中の事象をシステムとして見て、部分だけじゃなく全体を、部分も全体も両方見ていくことでシステム全体を理解するとか動かすとか、そういう学問なのだそうだ。学ぶばかりで動かす側にいたことのない学生では、学んだものをすぐ生かせる状況にないのがもったいない、ということだろう。
「管理職についている人や組織を動かす立場にある人なら、システムデザインを学ぶことでよりパワフルに進めていくことができるようになるのではないか」と小林さんはいう。
「社会に影響を与えられるようになりたい」(宮本さん)
さらに、大学院に行ったとしても、修士論文ではいくら新規性があっても引用してもらえるわけではない、という現実がある。引用してもらい、社会に影響を与えられるのは、博士論文からなのだそうだ。
宮本さんは、コミュニティハウスと子ども食堂を運営する中で出てきたリアルな問題を修士課程で研究し、一定の成果を上げてきた。でも、その成果を世に広く知らしめることは修士論文では難しい。「博士号を取って、世の中に還元できる新しい知見を論文にして、世の中を変えたい」と思い、博士課程に進むことにしたのだそうだ。
小林さんは「女性の声をもっと経営に生かしたい」と経営により深くかかわる活動に、吉田さんは「子どものプログラミング教育をもっと有意義なものに」と自身のサービスをより広める活動に、それぞれの歩みを進めている。
共通しているのは、「学ぶことが楽しい」という気持ち
そして3人とも、学ぶことがなにより楽しそうなのだ。
吉田さんは小さい子どもを育てる時にどうしても生まれるストレスを大学院での学びでリフレッシュしたというし、小林さんは子どものころから持ち前の「新しいことを知りたい」という好奇心を存分に満たしている。大学院に行くことで「自分に持てる希望の大きさに制限がなくなる気がする」と言ったのは宮本さんだ。
年齢とともに自分の限界が見えてくる気がしてしまうけれど、それは私たちの世界が狭いからだ。ワンランク上の学びは、私たちの世界をどこまでも広げてくれる。
社会人が大学院で学ぶということは、私たちの世界を広げ、その世界をより自由に動けるようになるためのメインルートの一つだ。なにか問題意識を持っていたり、課題にぶつかっていたりするならなおさら、それを解決する一つの手段になるに違いない。
大学院でのリスキリング、あなたも検討してみてはいかがだろうか。
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この記事を書いた人
- 知りたがりのやりたがり。エンジニア→UIデザイナー→整理収納×防災備蓄とライターのダブルワーカー、ダンサー&カーラー。強み:なんでも楽しめるところ、我が道を行くところ。弱み:こう見えて人見知り、そしてちょっと理屈っぽい。座右の銘は『ひとつずつ』。