自己投資

生涯働ける基盤がほしくて520万円の自己投資。社会人大学院、ビジネススクールの費用対効果は?

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朝日新聞社の校閲センター長をつとめた前田安正さんは、3つの自己投資によって「文章のプロ」として独立。投資額を上回るリターンを得ることができたワケや、自己投資を仕事に活かすコツなどについて伺いました。

プロフィール

未來交創代表/文筆家/朝日新聞元校閲センター長前田安正

ぐだぐだの人生で、何度もことばに救われ、頼りにしてきました。それは本の中の一節であったり、友達や先輩のことばであったり。世界はことばで生まれている、と真剣に信じています。
2019年2月「ことばで未来の扉を開き、自らがメディアになる」をミッションに、文章コンサルティングファーム 未來交創株式会社を設立。ライティングセミナー「マジ文アカデミー」を主催しています。

社会人大学院、ビジネススクール、個人コンサルに自己投資

生涯働ける基盤をつくった3つの自己投資

朝日新聞社の校閲センター長をつとめた前田安正さん。著書の『マジ文章書けないんだけど』は10万部を超えるベストセラー。I amでも言葉の力で「みらいのとびら」を開くコラムを連載しています。そんな前田さんも、なんと金額にして520万円、3つの自己投資を経て文章のプロとして独立したといいます。人生を変えた自己投資とは?そしてそれを仕事に活かすコツとは? について伺いました。

———生涯働ける基盤をつくるため3つの自己投資をしたそうですが、どんなことにお金を使われたのですか?[

まず1つ目は、起業について学ぶために入った事業構想大学院大学でした。次がSNS集客を知りたくて行ったビジネススクール。そして、そこで知り合った人に個人コンサルタントをお願いしたのが3つ目です。いずれも、そこでの学びと出会った人たちとの交流が仕事につながり、会社員から10万部突破の書籍著者、経営者へと人生が変わっていきました。

———会社員時代から、起業したい気持ちがあったのですか?

40歳くらいのとき、会社の名刺ではなく自分の名前で仕事ができるようになりたいという思いが出てきました。しかし、ことばについてのコラムを書き始め、仕事が充実しておもしろくなってきた時期だったので、まだ起業するタイミングではなかったんです。はっきりと意識が変化したのは、社内で新事業を立ち上げることになったときでした。

———新事業がきっかけで、事業構想大学院大学への進学を考えたのでしょうか?

そうですね。会社の新事業のためでもありましたが、人生の後半に入って、自分が生涯働いていける基盤をつくりたいなと思って入学を決めました。費用は350万円と高額だったのですが、思い切って出しました。チャンスを逃したくなかったんです。

今までで一番大きな自己投資でしたが、その後大学院の仲間の力を借りて出版した本がヒットし、回収以上の成果が出ました。その後、ビジネススクールに60万円、個人コンサルタント料は110万円かかりましたが、投資額以上のリターンをその後の仕事で得ています。

投資額以上のリターンを得られたワケとは?

 ———それだけの投資額を回収するってすごいことですよね。

学びの場で出会った人たちとのフラットなつながりと、自分のリソースをどう使ったらいいのかわかったことが大きかったですね。誰かに与えてもらうのを待つのではなく、投資に見合うものを自分で取りに行くとの姿勢があったから得られたのだと思います。

———自分で考えて動くのが大事なのですね。

会社員のときは新聞の校閲をしていました。内勤の仕事で、受け身の仕事になりがちでした。アウトプットの視点は自分で養うしかない。そのためには、休みの日の時間の使い方が大事だと思っていたんです。美術館に行ったり、本を読んだり、映画を観たりと、すぐには役に立たなくても、自分の好きなものを通してアンテナを張ることを意識していました。

 ———アンテナを張っていたら、どんな変化がありましたか?

自然と課題意識を持つようになったと思います。僕はことばや日本語に関するコラムを連載していたこともあって、たとえば、街の看板を見て「なぜあんな言葉使いをしているのだろう?」と思ったら、その疑問に答えてくれそうな人を探して取材し、原稿にまとめるという作業を繰り返していました。

そうやって過ごしていたある日、会社で新事業を立ち上げることになりました。でも、事業が決まっていたわけではなく、「何を立ち上げるか」というところから考えなければいけなかったため、みんな「できない」と言うんです。でも僕は「校閲はできます」と言いました。社内で評価されている校閲のノウハウは社外でもじゅうぶん通用する。外から仕事を取って来ればお金になるよな、と思って。

———アンテナを張って動いていたから、次のフェーズがわかり、「校閲はできます」と言えたのでしょうか?

そうかもしれないですね。校閲と写真、デザイン。この部門を中心にして編集プロダクションを作りましょうとの話になりました。でも、漠然としたアイデアはあっても、それがどうやったら収益に結びつくのかがわからない。稼ぐ経験がなかったんですよね。どこかで勉強しなきゃいけないなと思って探したら、事業構想大学院大学は、事業を起こそうとしている人たちが集っているところだとわかったんです。

新事業立ち上げが大きな自己投資をするきっかけに(写真/Canva)

生涯働く基盤となるリソースは自分の中にあった

リソースを見つける方法は「人生の棚卸し」

———事業構想大学院大学では、どんなことを学びましたか?

マーケティングなどのビジネス知識をはじめ、事業アイデアを出してそれが実現できるかの検証や、教授からの課題を通して実践的な起業を学び、研究発表もしました。学内では「事業次元」と「存在次元」ということばが飛び交うんです。「事業をおこす理由」と「その事業が自分にとってどういう位置づけ・意味を持つのか」ということを表したことばです。

結局、事業を立ち上げるときに必要なことは、自分は何のために、何をしたいのかという「存在次元」にあるんです。それを考える時間を持てたことが大きかったと思います。自分の一番根っこにあるものを引き出していく作業を2年間ずっとやっていたんです。人生の棚卸しをしていたんですね。面白いことに、その後に入ったビジネススクールでも同様の授業があって、ここでは、これまでの人生にあった出来事を1万字ほど書き出す作業をしたんです。

2つの学び先の共通項は「人生の棚卸し」だった(写真/Canva)

 ———その結果、どんなことに気が付きましたか?

自分が何をやりたいのか、何のためにやるのか。今まで何をやってきて、何を持っているのか。そしてリソースをどう組み合わせれば、自分のやりたいことができるのか。書き出すことによって、今まで忘れていた記憶が蘇ったり、自分が気付いていない部分を指摘されたりするんですね。それが事業構想の第一歩でした。

 ———前田さんは「ことば」のプロですが、そのリソースには自分で気付いたのでしょうか?

自分では気付きませんでした。僕は喫茶店が好きなので、自然豊かな地方にアーティストが集まって作業する場所をつくって、そこに交流の場としての喫茶店を開きたいと思っていました。地方・アーティスト・飲食を結びつけることを起業テーマにしていたんです。

ところが、あるとき同級生に言われたんです。「あなたには文章がある。なぜそのリソースを活かさないのか?」と。新聞社に勤めていても、記者ではなく校閲部門だったから、僕自身は「文章を書ける人間」だと思っていなかったんです。

———新聞にコラムまで書いていたのに、そんなふうに思っていたのですか?

確かに、社内でもたまに「コラム面白いよ」と言ってくれる人もいましたし、感想を書いたお手紙をもらうこともありましたけれど、「頑張れよ」という励ましだろうと。でも事業構想大学院大学では、ずっと文章がうまいと評価されていたんですよね。「文章を仕事にしないのはおかしいよ」とまで言われたのは、初めてでした。職場では文章のプロばかりでしたから、余計に気付きづらかったのでしょうね。

リソースを組み合わせて書いた本がベストセラーに

———ベストセラーとなった『マジ文章書けないんだけど』の執筆依頼があったのは、その頃ですか?

そうです。文章の書き方をテーマにした本を書いてほしいと依頼がありました。一度は断ったのですが、「いろんな業種から来ている同級生たちとつくったら、おもしろいかもしれない。マーケティング知識を活かすことで、今までになかった内容が書けるかもしれない」と思い直して引き受けました。

 ———執筆作業はどのように進めていったのですか?

同級生ふたりに声を掛けました。一人はコンサルティング会社に勤務していた20代後半、もう一人はデザイナーの30代でした。ふたりとも、出版に携わるのは初めてでした。

ブレストしていくなかで、「人間は、目の前に課題があったら解決しようとする。その行動によって変化して、次のステージへ行く。人生はこれの繰り返しなんじゃないだろうか?」との仮説を立てることができました。調べてみたところ、ドラマの作り方もこのパターン。採用したら、文章の本でもおもしろいことができるはずだと思いました。

 ———他にはどんな化学反応があったのでしょうか?

「文章の本だけれど、文章で読ませたくない」というのが、僕の考えたコンセプトでした。それで、イラストや図をたくさん使いたいと提案し、デザイナーが「謎のおじさん」のキャラクターをつくってくれました。そこから、「就職活動のエントリーシートが書けない大学生と、謎のおじさんの掛け合いで文章講座が進んでいく。文章を書く力を得て、人生の道が大きく広がっていった」という本の構成になりました。

 ———前田さんご自身と、同級生たちのリソースを組み合わせて生まれた本なのですね。

ありがたいことに、2017年に出版された文章術の本で一番売れたそうです。そこから版を重ね、現在では10万部を突破しています。この印税で、事業構想大学院大学の学費を回収できました。自分の中にあるリソースに気付き、いかに組み合わせるかが大事なのだとわかった出来事でした。

10万部突破のベストセラーとなった『マジ文章書けないんだけど』は同級生たちと生み出した

お金以外に得られたリターンとは?

同級生たちとのフラットな関係

———本をつくったチームには年齢差がありましたが、どんな雰囲気でしたか?

僕が一番年上でした。20歳以上年が離れていましたが、それでも「同級生」です。会社のような上下関係は一切ありません。言いたいことを言われます。でも僕には、むしろ若手とフラットに話ができるのが、すごく面白かったですね。

 ———年上で経験値も違うのに……とは思わなかったのでしょうか?

たとえ2年しかコンサルティングの仕事をしていなかったとしても、その分野では彼の経験値の方が上ですよね。僕の知らなかったことを教えてもらえます。お互いをリスペクトしながら一冊の本を仕上げていくのは新鮮でした。

———ビジネススクールでも同級生とフラットな関係だったのでしょうか?

事業構想大学院大学とあまり変わらなかったです。ビジネススクールでは、卒業生がつながりの場をたくさん立ち上げていたんですね。懇親会などで「こんなことをやってます」と言ったら、「じゃあこことコラボできませんか?」との話が持ち上がる。フラットで本音を言いやすい雰囲気だからできたことだと思いますね。

フラットな関係だから得られたものがたくさんある(写真/Canva)

———ビジネススクールで学んだ後は、文章コンサルタントを始めたそうですね。

文章を通じて、会社や個人の眠っているリソースを掘り起こせないかと模索していたんです。集客のスペシャリストが、ビジネススクールにいました。彼に個人コンサルタントをお願いしたら、「文章でお金を稼げる」というのを前面に出そうとの話になったんです。

自分のリソースではあるのだけれど、すごく抵抗がありました。新聞記者は公正を期すために、稼ぐことに手を出してはいけなかったんです。そんな会社員生活が長かったから、それを使ってお金を稼ぐことにフィルターがかかっていたんです。稼ぐための文章って何だろうなと悩みました。

———フィルターは取れたのでしょうか?

ここを変えなかったら独立できませんよと言われて、思い切って文章コンサルタントの仕事を始めました。すると、僕が初めて主宰した「マジ文セミナー」の生徒さんの一人が文章スキルを磨いて転職し、年収が2倍になったんです。文章スキルが役に立ったことを目の当たりにして、フィルターも取れていきました。

自己投資を仕事に活かすコツ

 ———自己投資を仕事に活かすコツはありますか?

投資は自分自身にするものです。「何をしてもらえるのだろう」ではなく、「投資に見合うものを自分で取りに行く」という姿勢で学んだら、何かしら得られるものがあると思います。自己投資先も、目的をきちっと持ったうえで選んでいけば、失敗が少ないのではないでしょうか。

それから、自己投資のリターンには、タイムラグがあると知っておくといいと思います。直接お金として返ってくるのではなくても、人との出会いや可能性の広がりなど、いろんな形があるんですね。得たものを、自分の中でどうやって消化するかが大きいのではと思います。

———お話を伺って、自己投資で人生が変わっていくキーワードは「動く」「出会い」「リソース」だと思いました。

そうですね。好きなことや、興味のあることが仕事になるかもしれないですし、誰でもできる普通のことだと思っていたら、ほかの人からその価値に気付かされることもあります。決断して動き始めると、出会いと気付きがついてきます。自分のリソースを使って人生を豊かにするためにも、自己投資は大切だと思っています。

取材・文/村上いろは

この記事を書いた人

村上いろは
村上いろは関西人ライター
本と散歩、インタビュー記事が好きなライター。京都と大阪の境目に住んでいる。強み:いろんな角度から物事を見ることができる。協調性がある。弱み:一人反省会をして落ち込む。早起きが苦手。

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