東大卒、外資系コンサルが、スピリチュアル整体にハマった心のスキマとは? 医療不信から胸にしこりを抱えたまま信じた「老廃物」という言葉。がんサバイバー・勅使川原真衣

「能力主義」の勝者であろうと無理を続けた勅使川原真衣さんが、乳がん告知に至るまでの道のりを赤裸々に語る。非科学的な情報に傾倒してしまった理由とは。

プロフィール
医療コンサルタント鈴木英介
株式会社メディカル・インサイト/株式会社イシュラン 代表取締役。東京大学経済学部、ダートマス大学経営大学院卒(MBA)。住友電気工業、ボストンコンサルティンググループ、ヤンセンファーマを経て、2009年に「“納得の医療”を創る」を掲げ、「株式会社メディカル・インサイト」を設立。著書に『後悔しないがんの病院と探し方』(大和書房)がある。
慶應義塾大学、東京大学大学院を修了後、ボストン・コンサルティング・グループなど名だたる外資系コンサルティングファームで活躍してきた勅使川原真衣氏。輝かしい経歴の裏で能力を高め続けなければならないと自分に鞭を打ち続けてきたという。そしてステージ3の乳がんの宣告。闘病を機に「能力主義」を問い直す論客として多くの著書を執筆する彼女は、エビデンスとは対極にあるスピリチュアルな世界に傾倒した体験を赤裸々に語語ってくれた。その背景には、がん告知に至るまでの間に隠されていた、医療への不信感、寄り添って欲しいという切実な思いがあった。
インタビューは『後悔しない がんの病院と名医の探し方』(大和書房)を上梓したばかりの医療コンサルタントであり、がん患者のためのポータルサイト「イシュラン」を運営する鈴木英介氏が務める。
目次
自分がスピリチュアルにハマるとは思っていなかった
Q. 「能力主義」の第一線で活躍されていた勅使川原さんが、なぜ非科学的なものに傾倒してしまったのでしょうか?
私は、2人目の出産後、ひどい乳腺炎に悩まされていました。1人目の時もひどかったのですが、当時の医科歯科の母乳外来は3時間待ちで診察はわずか5分、母乳マッサージもしてくれない。そんな経験から、有名な母乳マッサージに通うようになりました。
しかし、ここは指導がとても厳しく、「お稲荷さんもお味噌汁の油揚げもダメ」という脂抜き食事指導をされたり、それができないと叱責されるなど、苦しいものでした。それでも、藁にもすがる思いでほぼ毎日通っていました。当時の私にとって医療は「使えない」ものだという考えが強くなっていきました。
そんな時、友人が「末期がんの患者も診ている」という整体師を紹介してくれたんです。
当時は仕事柄、論理やエビデンスを重んじる世界に身を置いていました。しかし、仕事では自分の主観や感情を語る機会がなく、心の中に溜まったモヤモヤを吐き出せる場所がありませんでした。さらに、2人目の出産を機にプライベートでも大きな変化があり、さらに実家との距離も置くことに。そんな状況で誰にも本音を話せない孤独を抱えていたんです。
そうした心の隙間を埋めるように、その整体師の言葉がすっと入ってきました。自分がスピリチュアルにハマるとは思ってもいませんでした。施術といっても2時間ほど半裸で泣いたりするんです。まるで宗教のような空間でした。
論理的な思考とは対極にある非科学的なものに、心から「寄り添って欲しい」と願う気持ちが向けられてしまったのだと思います。
「私はすごいものを知っている」という優越感さえあった
Q. しこりがあるにもかかわらず、整体師の言葉を信じてしまったのは、どのような心理からだったのですか?
2人目の出産前、2017年の人間ドックで左胸に「石灰化があるから再検査」と言われていました。しかし、直後に妊娠が分かり、再検査はできませんでした。2人目を産んだ後も、乳腺炎がひどかった時期に、しこりがあることは自覚していたんです。最終的に2020年に見つかった時には、ゴルフボールくらいの大きさになっていました。
整体師に「まさか乳がんじゃないですよね?」と聞くと、わずか0.2秒くらいで「それは老廃物だから」と即答されました。当時、私は心のどこかで「非科学的だ」と気づいていたはずなのに、その言葉を信じてしまったんです。
Q. 非科学的なものににのめり込んだ時の心境を、もう少し深掘りして教えてもらえますか?
スピリチュアルにのめり込んでいる時は、むしろ優越感さえありました。「私はすごいものを知っている」「みんなは信じないけど、自分はいい情報を知っている」という感覚でした。一方で、周囲にはその整体に通っていることを隠していました。やめろと言われそうな、後ろめたさがあったからです。しかし、誰にも言えない秘密の場所だからこそ、より一層、頼れる場所だと信じ込んでしまったのだと思います。
「寄り添って欲しい」という心の隙間に付け込むスピリチュアル
Q.「自分だけ良い情報を知っている」という優越感をくすぐるからか、リテラシーの高い人ほど、非科学的な情報にハマる傾向があるように感じます
私もそう思います。「一流の人しか知らない、アクセスできない情報だ」と思い込んじゃうんですよね。
実際に、仕事で関係のあった方から高額な重粒子線治療を勧める電話がかかってきたこともありました。1回50万円、1,000万円払えば生涯打ち放題だと。それを勧めてきた方は、2年ほどで亡くなられましたが……。聖路加国際病院のがんの専門医にその話をすると、開口一番「絶対やめて」と一蹴されました。
Q. ある意味「寄り道」をされたわけですが、その後、がん告知という形で自身の生き方を見直すことになったのですね。
はい。がんという病は、身体だけでなく、心にも大きな問いを投げかけました。私の赤裸々な告白が、誰もが「完璧な自分」を演じなければならない社会の空気と、その裏側にある心の弱さを浮き彫りにするきっかけになれば幸いです。
苦しいとき、辛いとき「寄り添って欲しい」という心の隙間を非科学的な情報に付け込まれてしまう落とし穴は、誰にでも起こりうることだと感じています。
文/長谷川恵子
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この記事を書いた人

- 編集長
- 猫と食べることが大好き。将来は猫カフェを作りたい(本気)。書籍編集者歴が長い。強み:思い付きで行動できる。勝手に人のプロデュースをしたり、コンサルティングをする癖がある。弱み:数字に弱い。おおざっぱなので細かい作業が苦手。