京都大学のクセが強すぎる利尻島の住み込みバイト先。人手不足の漁業で働く京大生の昭和スタイル
日本の最高学府の一つ、京都大学の学生が利尻島で昆布干し。 「利尻島京大昆布干しバイト」とは、利尻島の漁師、小坂善一さん(47歳)の昆布漁を手伝う一次産業体験バイト。文字通り、利尻昆布を一枚ずつ干す、住み込みバイトだ。 通 […]
日本の最高学府の一つ、京都大学の学生が利尻島で昆布干し。
「利尻島京大昆布干しバイト」とは、利尻島の漁師、小坂善一さん(47歳)の昆布漁を手伝う一次産業体験バイト。文字通り、利尻昆布を一枚ずつ干す、住み込みバイトだ。
通称「京大荘」はこの昆布干しバイト専用宿舎。最果ての地・利尻まで昆布を干しにやってくる京大生が集う「京大荘」、おもしろいに違いないと思って、話を聞きにきた。
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アテンドしてくれたのは大路幸宗さん。大路さんも京都大学出身の元商社マン。現在はコンサルティング会社を経営。利尻の漁師、小坂善一さんに惚れ込んで、出身校のツテを使ってこの「京大昆布干し」バイトを6年前から開催、自身も夏の間は利尻に移住するという激アツな管理人だ。
目次
「京大荘」でのカオスな共同生活
通称「京大荘」は、漁師の小坂さんがアルバイトのために民家を宿泊施設にしている。田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家という感じだ。
10人中9人が男子学生。女子学生は話し合いの末、特別に2階の個室が与えられることになったが、男子は雑魚寝だ。入ると12畳ほどの居間があり、その奥の部屋には人数分の万年床となぜか大きな仏壇。
短くて2週間、長ければ6週間をここで共同生活をする。
朝起こし係
昆布干しの仕事の最重要任務は「朝、起きる」から始まる。
漁のあるなしは前日の天気予報で決まる。問題は微妙な天気で前日には判断がつかない時だ。そんな日は漁師の小坂さんが、深夜2時ごろの最新の気象情報で判断。漁決行となれば2時半に漁師「朝起こし係」に連絡が入る。
そこから30分で学生を叩き起こして昆布干しに駆けつけなければならない。
ちなみにこの連絡係は毎日、くじやゲームで決めるという。離島での長期共同生活に欠かせないのはユーモアとアイデア。毎回じゃんけんや蕎麦の早食い、10秒で体感を当てるゲームなど、さまざまなくじの方法で決められる。
得意なことを提供する緩やかなルール
「京大荘」での生活は完全な自主的共同生活だという。食事の支度、掃除、入浴の順番といった基本的な生活ルールは自分たちで決め、上下関係はない。
「いろんな役割分担を決めますが、得意なことをするのが一番スムーズだと思うんです」と話すのは今年の世話役を務める三浦聖太郎くん。
10人分の食事の夕食を賄うのは、料理好きな黒田暁くん(教育学部・二回生)だ。食卓の準備や後片づけは他の学生が率先して行うのも暗黙のルールだ。食事が終わって、一番風呂に入るのは黒田シェフの特権だ。
食料事情
利尻島には東京や京都のように、少し歩けばスーパーマーケットやコンビニがあるわけではない。
利尻にはざっくりいうと漁港が4つあり、漁港ごとに街が形成されている。そして、街に一つコンビニか食品店があるかないかだ。ちなみに京大荘の周辺の食品店は車で10分のコンビニだ。
ということで、食料は小坂さんから定期的に「配給」される。
ちなみに1食で米一升を炊くという。米、肉、食パン、バター……。リクエストを小坂さんに送るが、すべてが配給されるわけではない。
「去年は牛乳がダメでしたが今年はOKでした。でも、豆板醤はありで、甜麺醤はなしでした。謎です !」と、日々のやり取りを通してお互いが感触をたしかめい、関係性を構築していく。
自給自足
滞在中「鹿のバーベキューをやります。食べに来ませんか?」というラインが来た。
橋本竣史くん(理学研究科修士一回生 )が子鹿を持ってきたから急遽、バーベキューをすることになったという。京都からバイクで稚内まで爆走、フェリーにのる直前の初山別(しょさんべつ)でロードキルされた子鹿を拾ったという。
「僕はバイクで訪れた自治体のゴミ袋を集めるのが趣味です。ゴミ袋を買えば自治体への寄付にもなります」。
そのゴミ袋に入れてリュックに詰めて京大荘に来たという。鹿を捌いたのは独学で狩猟を学ぶ三浦聖太郎(文学部、三回生)くんだ。
京大荘では裏庭で野菜を栽培。ゆるい自給自足生活が営まれている。
授業のこと
「京大昆布干し」は最低2週間以上の滞在のため、授業と試験の調整が必要になる。一回生で参加した塩崎翔太くん(農学部・四回生)は、高校生のときからこのバイトに来る決意をしていた。農学部ということもあり二、三回生は実習で忙しくなると思ったので、一回生で参加したという。
黒田暁くん(教育学部、二回生)は入学してから京大昆布干しを知ったがすでに28単位を履修していたので断念。今年は8単位だけ取って6週間コースを選んだ。7月末までいると試験と被るので、試験はない科目を選んだという。
「京大荘」の住人たち
近年は学外からの応募もあり、参加者はバラエティに富んでいる。特筆すべきはリピート率の高さ。6年前から始まった「京大昆布干し」、口コミと校内のビラだけで定員をオーバーするため、一次産業の現場としては異例の「お断り」をしている状態だという(大路さん)。
今井壮太:京都大学文学部、七回生(2回目)
岡村日花里:京都大学人間総合学部、五回生
塩崎翔太:京都大学農学部、四回生(2回目)
三浦聖太郎:京都大学文学部、三回生(2回目)
宮本直也:京都大学教育学部、中退
橋本竣史:京都大学理学研究科修士一回生
黒田暁:京都大学教育学部、二回生
野間隆寛:京都大学医学部、四回生
*
菅野陸都:北海道大学理学部、二回生
西脇侑希:北海道大学経済学部、二回生
寺本宗正:大阪大学法学部、二回生
濱本美波:早稲田大学文学部、五回生
あの「エク帰」の中の人がいた
話は変わるが「エクストリーム帰寮」をご存じだろうか。
通称「エク帰」と呼ばれる熊野寮の名物イベントだ。目隠しをされて車で運ばれ、放り出される。スマホは事前に没収、手渡されるのは食パン1斤と緊急時の1,000円のみ。そこから自力で熊野寮まで帰ってくるというサバイバルイベント。
「面白い人に会いたくで京大に入ったのに、意外と普通だった。京大昆布干しにきたら、絶対面白い人に会える」と思って参加した黒田暁くん。
黒田くん:今年は、エク帰にも参加したい
橋本くん:あ、僕、エク帰を作った人です
橋本くんは現在、京都大学大学院生。ロードキルされた小鹿を持参して京大荘にやってきた。そもそも登場の仕方がおかしい。京都からバイクで稚内までツーリング。稚内で子鹿を見つけたという。訪れた自治体のゴミ袋を収集するのが趣味で、この日も北秋田市のゴミ袋を所持。ゴミ袋に入れて稚内からフェリーで利尻島にやってきた。
(ちなみに日本では狩猟法(鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)が定められており、免許を持たない者が狩猟し食べることは禁じられているが、死んだ動物はこれに当てはまらない)
熊野寮祭りの恒例行事「総長室突入」参加者も
京大荘の層の厚さは、持ち帰った子鹿をさばける人がいるということ。独学で狩猟を学んだ三浦くんだ。さっそくバーベキューが執り行われる。残った肉は、先の京大荘の料理担当・黒田くんが赤ワイン煮に、鹿を持参した橋本くんが鹿汁 に。子鹿の肉は柔らかくて美味しかった。
熊野寮の寮生 でもある三浦くんは「有名人」だそう。学内・学外でもさまざまな活動を行っている。12月の「熊野寮祭」のイベントの一つ「総長室突入」がある。学生が大学運営に意見表明する場として、恒例だった時計台占拠に変わり2008年から始まったもの。突入の際、先頭でスクラムを組ん だことで譴責処分が上申された。「学生懲戒規定の恣意的な運用です」としながらも、七夕の短冊には「譴責処分が棄却されますように」と書いている。「総長室突撃」は学生による、数少ない大学運営への数少ない場。譴責処分の上申は無言の圧力ともいえる。七夕の願いが叶うことを願うばかりだ。
高校時代から京都大学の熊野寮への憧れ
そんな三浦くんに魅せられ、大阪大学ながら参加したのが寺本宗正くん(法学部・二回生)。寺本くんは高校生のときに熊野寮のオープンドミトリーに参加するほどの京大ラバー。しかし推薦で大阪大学に合格してしまったという。SNSで昆布を干している三浦くんのSNSを発見「めっちゃ面白いことしてるな。行くしかない」と、参加を決意。
一次産業への熱い思い
昆布干しでは華麗なフォームを見せていた塩崎くんは農学部の四年生。彼も高校生の時にニュースで京大昆布干しを知り、「京大に行く前から、行くと決めていました」という。一回生で早々に参加。この経験から一次産業の体験を深めてきた。今年は院に進むための試験勉強も兼ねて再び利尻に。将来は地方自治体で働きながら、一次産業に関わりたいと考えている。
今年の昆布干しバイトの面接を担当した今井壮太くん。年齢だけでなく、昆布干しやサマーキャンプなど利尻暦も長い。新規就農をしたくて3年間休学したが、母親から「理屈じゃないの、とにかく卒業して」と懇願され、京大を去ることを決意したという。京大荘での共同生活をはじめとする各地のコミュニティ経験で「人は一人では生きていく生き物ではない」ことに辿り着いたという。共生を目指す京都の不動産会社に就職するが、昆布干しに巻き込んだ友人を利尻に移住させてしまった。友人・川添くんについては機会があれば書きたい。
ゴリゴリの今井くんとは違う、音楽を愛するみやもんこと宮本くんは超マイペースなフルート奏者だ。取材中は姿が見えなかったが食事の時間になるとどこからともなくやってきて「裏庭でフルートを吹いていました」。京大荘では共同生活の最低ルールを守れば、自由なのだ。
エリート京大生のモヤモヤ
ギャップイヤーで5回生となった岡村日花里さん。人はどのくらい穴を掘れるのかと、裏庭で黙々穴を掘り続ける不思議ちゃんだが、卒論の終わらせ、あとは卒業と就活を残すのみ。でも、「私はガチっと決めて京大に入ったわけでも、学部を選んだわけでもなく、心の赴く方向に進んできました。でも就職活動をはじめたら、いい企業にはいんなきゃいけないんじゃないかみたいな感じがあって」と、自分の中のモヤモヤを吐露してくれた。
学閥を超えて北大生も参入
北海道といえば北大。土地柄、農林水産や獣医学に強い。そんな北大からも個性的な2名が参加。
競走馬のファームなどでバイト経験を持つ菅野くん(北大理学部、二回生)は、仙台出身だが北海道が好きで北大へ。北海道らしいバイトがしたくてここに来た。お金よりも面白い経験や人を優先する好奇心ハッカーだ。
菅野くんと同じ地理学研究会に所属する経済学部、二回生の西脇侑希くんは「在学中に農林水産のバイトはコンプリートしたいと思っている」と意欲を見せる一方で、全身全霊で「働きたくない」「バイトも辞めたい」とぼやく、京大荘では珍しい陰キャだ。京大昆布干しはどうかと聞くと「最高です!」。ともかく、よかった。
来年の参加者へのアドバイス
昭和を再現したような「京大荘」。明確な目的を持たない経験だからこそ、口コミで広がるのかもしれない。京大荘は「面白い」という本来の人間の欲求を満たしてくれる貴重な場所だ。
来年は参加したい思った人へのアドバイス。稚内から船で利尻に渡る場合、稚内のミスタードーナツで、先住の人数分のドーナツを手土産にすると大変喜ばれるとのことだ。
写真/田部信子
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この記事を書いた人
- 猫と食べることが大好き。将来は猫カフェを作りたい(本気)。書籍編集者歴が長い。強み:思い付きで行動できる。勝手に人のプロデュースをしたり、コンサルティングをする癖がある。弱み:数字に弱い。おおざっぱなので細かい作業が苦手。