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資本主義ゲームの致命的なバグを知れば、無駄にしんどい競争に巻き込まれない? −特別対談「おりる思想」飯田朔×「ナリワイ」伊藤洋志

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資本主義ゲームに参加せずに生き残る方法とは? 資本主義における「不安」の正体について考えます。『ナリワイをつくる─人生を盗まれない働き方」の著者伊藤洋志さんと『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』の著者飯田朔さんの対談です。

現在、日本では中間層が消えていき、莫大な富を手にする一握りの富裕層か、完全にフリーランスになる方法しかないという二者択一の考えになってきています。そうした考えを誘発するのが、さまざまな「不安」。こうした不安を払拭するにはどうすればいいのでしょうか? 

ナリワイをつくる─人生を盗まれない働き方」の著者伊藤洋志さんと『「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから』の著者飯田朔さんの対談です。

伊藤さんは競争が発生しない性質の仕事をたくさん作っていく「ナリワイ」について実践し、その結果を著書で紹介しています。大学時代、不登校を経験した飯田さんは、就職をせずにスペインに1年間滞在し、その後、執筆活動をしています。

富の再分配ができない資本主義ゲームのバグ

➖現代の日本からは中間層がなくなっていると言われています

伊藤:

最近、最終的に35歳で年収3,000万円を目指すという新卒の話が話題になっていました。大ヒットしてる金融スタートアップ系ならそのような給料があるんでしょう。この現象を論評した社会学者が言っていますが、学生は好きなことだけやるフリーランスか、年収3,000万円を目指す会社員の2択しかないと思っている人が出てきているようです。

なんというか両極端で中間が溶けてしまってるっていうのがいいのかって言うと難しくて、二極化というのは想像力を奪っている面があると思うんですね。実は他の選択肢もあるのに二極化になると「二者択一でどちらを選びますか?」みたいなゲームに追いやられてしまう。中途半端な中間をやるなら2択に絞るという考えになってしまうが、他の選択肢を見落とすことになる。

➖中間層がいなくなっているのは資本主義に問題があるのでしょうか?

伊藤:

デヴィッド・グレーバー※1とかトマ・ピケティ※2の指摘の通り、自由に競争しているように見えても、もともと資本を持っている人が持っていない人を圧倒してしまう資本主義ゲームがわりとバグの塊になってしまっている。のめり込んでやってもあんまりいいことないだろうと私は考えています。

ただ、現実には、「資本主義システムはちょっと問題あるんちゃう?」と言おうもんなら、「公定料金の社会主義のどこがいいんだ!」と怒る方や「自由な社会は資本主義以外には選択肢がない。この中で改善していこう!」といさめられてしまうことも多いわけです。

いろいろツッコミどころはありますが、まず資本主義と市場が混同されている。人がそれぞれにできることを自分の裁量で値段を決めて提供して交換するような市場が悪いとは言っていないわけです。なかなか話が進みません。

ピケティは『21世紀の資本論』でそれを明らかにしています。「全体としては資本が多ければたいてい勝つ」みたいになっていることだと理解すると、今の経済ゲームは公正なゲームとしては機能していない。最初から勝敗が決まってるわけなので。これに強制参加させられていたら、多くの人のそれぞれの人の人生が楽しくならない。距離を取る必要があります。

※1;デヴィッド・グレーバー:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス人類学教授。著書に『ブルシット・ジョブ』(岩波書店)や『万物の黎明』(光文社)がある。

※2:トマ・ピケティ:パリ経済学校経済学教授。社会科学高等研究院(EHESS)経済学教授。著書に『21世紀の資本』(みすず書房)や『資本とイデオロギー』(みすず書房)がある。

➖資本主義ゲームに参加せず、でも完全にこぼれ落ちない方法とは?

伊藤:

いきなり山奥で隠遁生活もイメージしやすいですが、今は山奥でもメガソーラーがやってくるなど安泰ではありません。いろいろな距離の取り方があると思うんです。たとえば「バブルに巻き込まれない」のも脱出方法のひとつだと思います。

今「FIRE」みたいな言葉が流行っています。「金融商品を増やしていって不労所得を増やす」「融資を受けて不動産を買って運用すれば働かずに収入が得られる」など個人が経済的に自立する方法だと主張されています。

もちろん日本は空き家が多いので、余っている物件を活用することはいいのですが、やり方が悪いと投機合戦になってしまうわけです。事実、都心部の新築マンションなどは純粋に実用品として購入できる価格帯ではなく、投資込みでないと割に合わない。

「そこに乗るか?」ということです。たとえば、住宅がバブルになった場合でも、マネーゲームに参加せずに住宅を確保したり、空き物件を活用したりする方法も必要があるんじゃないかと思うわけです。

僕がささやかにやっている作戦は、バブルに参加しないで、床を自分で張り、住環境を自分でつくることです。実際、自分で床を張れる人は日本に何パーセントもいないわけだから、まずそこからやったらどうかと提案します。

何かから「おりる」、つまり脱出するには具体的な技も必要ですが、床は数日練習すれば誰でも張れるようになります。既に20~30件以上の床の張り替えをワークショップで経験しました。

そこで参加者からよく聞くのが「床が張れるなんて考えたこともなかった!」というセリフです。できるわけがないどころか、考えたことすらないことがたくさんある。これは不安を減らす機会が得られていないとも言えるわけで、こういうことはいろんな分野であるのかなと思います。

お金の価値とは?

➖お金にはどういう価値があるんですか?

飯田:

僕はまだはっきりした考えを持っているわけではないないです。でも、伊藤さんの『ナリワイをつくる』の中で、自分が日々その時間に楽しく生活するためにどれくらいのお金が必要なのかを計算するとか、減らせるところがあるなら支出を減らすとか、そういう話が出ている場所があります。

自分の生活のペースや、思考を把握することだと思いました。僕も厳密に計算はしていないですけども、せいぜいたまに外食に行けて本が買えるくらいのお金があればいいと感じています。お金は、あまりにもなさすぎると心に余裕がなくなってくるから、最低限はやっぱり必要だと思いますね。

普通の考えだと、フルタイムで働いて月に決まった金額をもらわないと、成り立たないという常識があります。そんなお金を稼げたら稼ぐだろうとは思いますが、それができないから実家暮らしをしています。実家暮らしをしながらも、自分に必要な分のお金は何とかバイトや文筆で稼いで、緊急のときには人にお金を借りてやりくりしていますね。

伊藤:

読者の方からよくある質問の一つに転職があって、例えば、「就職して数年経ってそろそろ違う職場に行ってみたい、周りは給与も上がってきて結婚する人も出てきた、自分もそれについていかなきゃと思うが、給与だけで見るとどうにもピンとこない内容だったりもする、どういう転職をするか見えなくなってきた」という相談が多いです。

周りが気になる、というのは自営業やフリーランスでもあります。無理して収入を増やそうとしたり、有名になろうとしたりして、おかしな方向に行くケースもあるなと観察していて感じることがあります。

飯田:

僕も周りで結婚してる人とか、ちょっと貫禄が出てきてるなって同級生がいます。「会社の中でお前根付いたんだな」と思いますね。それはいい意味でも落ち着いたんだなとは感じました。

あまりにも彼らが遠くに行き過ぎていて、もう追いつきようがないんで、そういうの気にならない面もあるけど、もちろんやっぱり気になる面もあります。

ただ同時に、自分は実家暮らしで就活しないでやってこれて、自分のペースで生活できてるとは思いますね。実家だと家族はみんな外に働きに行って、起きたら自分だけで、犬や猫だけがいます。冷蔵庫の昨日の残り物を食べるとき、すごい幸福感を覚えたんですね。残り物って翌日になると味が染みておいしくなっているんです。それを自分だけ食べて、しかも昼から犬と猫しかいないって幸せなんですね。

それを家族のメンバーに言うとひんしゅくを買いますが。必ずしも、マンション買ったりしなくても凄い幸福感を覚えることことはあるような気がしますね。

伊藤:

そういう自分のペースで暮らせる生活を定年後に夢見てバリバリ働いている人がいます。しかし、もう実現できている。

不安の正体とは

➖不安を感じずに「おりる」にはどうしたらいいですか?

伊藤:

不安が全くない、という人もいるのかもしれませんが、なかなかそうもいきません。「まあなんとかできそうだ」と解決可能だと思える状態を保つことが大事なのかなと思います。「選択肢をある程度持っておく」「床を張れるように技を覚えておく」とかもそうです。

また、世間に作られてる不安も多分に多いと思います。老後リスクを含むいろいろなワードを浴びると、そういう不安はどうしても増殖するので。どれだけ真正面に受け止めないで済むような暮らしをするか。単に、ネットニュースを見る時間を減らす、とかでもいいのですが、生活技術としてはあると思います。

よく話題になった、定年後、2,000万円必要という話もそうです。その言説の根拠を詳しくみてみるとそもそもそこまで脅されるべき話なのか、具体的な捉え方とか準備が分かると思います。

飯田:

実は、新型コロナウイルス感染症のオミクロン株が流行りだした頃、不安障害になりました。3、4カ月間くらい知り合いと一切会わないで、実家で過ごしていたんです。ひきこもり気味な生活だったので、人と会わないのは自分にとってプラスに働くと思っていました。

しかし不安障害になって、時々誰かと会うことですごく気分転換をしていたことに気づきました。アルバイトして実家で暮らせて最低限の生活ができれば、そっちの面での不安は生まれないけど、人と会わないと僕は不安を感じるようです。

人によって不安の基準は違っていると思います。自分はどうしてもこれは不安で仕事辞めるわけにはいかないなら、そこから「おりる」必要はないのかもしれません。

伊藤:

友達とおしゃべりしている間に分かることも多いでしょうし、自分の生活上で発見することもあるんじゃないかと思います。

➖不安を解消するにはどのようにすればいいのでしょうか?

伊藤:

不安を煽る情報って嘘も多いわけです。そういう悪しき通説を解体することができる書物も実はたくさんある。

一つ例を挙げると最近読み込んでいる考古学者と人類学者がコンビを組んで書いた『万物の黎明』という本があります。一般的に原始時代はみんな平和にしていましたが、人口が増えると王様が現れまして格差が出現し、警察や軍隊が誕生し「これは必然です」みたいなストーリーがあります。

ところがこの本によると、全然そのようなことが絶対的な法則ではないことが分かる。「巨大な都市なのに王様がいない遺跡」「王様がいたけど消えちゃった古代都市」とかいろいろな事例が紹介され解説されています。「人間社会ってこんなもんですよ、しょうがないよね」という思い込みを打ち壊す事例が考古学の発見の紹介とともに、たくさん出てきています。

さっき、二極化は選択肢を見えなくすると言いましたが、可能性はたくさんある、ということを知って実感するのは制御不能な不安に悩まされて動けなくなるリスクを減らせると思います。

不安を減らす習慣その1 激安物件情報をチェックする

伊藤:一つの趣味をお話しすると、「激安不動産をチェックすること」があります。これは面白いし、とてもいいイメージトレーニングになる。「床がボロボロだけど地方都市の駅に近い家がめちゃくちゃ安く売りに出ているな」と眺める。「床材だけだったらこれぐらいで直せるかな」とシミュレーションして楽しむ。実際にやってもいいのですが。

現代社会はいろいろな不安があると思いますが、大きいのは、住む場所がなくなるということだと思います。しかし、「これだけ空き家があるんやから直せる技があればなんとかなるやろう」と思って暇を見て経験を積む、というのは自分にとっては趣味でもあり、精神的な健康維持にもなっています。また今度、友人の家の床を張ってあげるのですが、直接友人の役に立てるのもいいですね。他人への信頼感を自分で作ることができる気がします。これはよいです。

不安を減らす習慣その2 テレビをあまり見ない

伊藤:あとは生活習慣として、僕はテレビを家では見ていません。現状のテレビメディアは不安増幅装置になりやすいと感じます。メディア環境を選択するのは結構重要です。実際、震災の時にテレビを見続けて調子が悪くなった人がたくさんいるんですよね。途中でラジオに切り替えました。テレビをずっと見てたらそれこそ「おりられない」って気持ちになりそうです。たまに電気屋の前で見るぐらいが自分にはいいですね。

インタビュー/webメディア I am編集部
文/今崎人実

この記事を書いた人

I am 編集部
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「好きや得意」を仕事に――新しい働き方、自分らしい働き方を目指すバブル(の香りを少し知ってる)、ミレニアム、Z世代の女性3人の編集部です。これからは仕事の対価として給与をもらうだけでなく「自分の価値をお金に変える」という、「こんなことがあったらいいな!」を実現するためのナレッジを発信していきます。

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