靴音もビジネスの成果に影響する。キャリア女性が「音」を味方にして人を動かす方法とは?

相手の記憶に残る音は、声だけではありません。靴音、拍手など自分が立てる音すべてを効果音にして、プレゼンや会議などで成果を手にする方法をスピーチコンサルントの矢野香さんに教わります。

プロフィール
長崎大学准教授、スピーチコンサルタント矢野香
今、ChatGPTによって文章が自動生成される一方で、人とのコミュニケーションでは「話す力」が圧倒的に求められています。プレゼン、会議、コミュニケーションなどで「話す立場」におかれる40代キャリアに向けて、長崎大学准教授・スピーチコンサルタントの矢野香氏に専門分野である心理学・コミュニケーション論の研究とNHKキャスターの経験をもとに「爪痕を残す話し方」を学ぶ連載です。
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スピーチコンサルタントの矢野香です。「話し方」はコミュニケーション能力であると同時に「ビジネススキル」です。今回は、キャリア女性が好印象だけに終わらない爪痕を残す話し方をするために、聴覚、なかでも自分がたてる音すべてを味方にする方法をご紹介します。自分が自分のプロデューサーになったつもりで挑戦してみましょう。
目次
立てる音すべてが自分を表現している
この連載の最初に、「人と人とのコミュニケーションは、言語と非言語の2つから成り立っている。人の印象を決めるとき、重要な役割を果たしているのは非言語だということが、数多くの心理学の実験で報告されている」とお話しました。
今回は、非言語のうち、相手に伝わる聴覚に注目します。聴覚表現とはあなたの声だけではありません。立てている音すべてです。
立てている音には、歩いた時の靴音、資料や荷物を置いた時の音、キーボードをたたく時の音……。動作から出るすべての音が、あなたの印象につながっています。たとえば、資料を持ってきて机の上に置いたとします。音がしないよう優雅にそっと置く人と、積み重なった資料をバサッと倒してしまう人とでは、印象が違ってきます。
動作の大半は無意識ですので、「立てる音すべてが、自分を表現している」という意識を持ってみましょう。さらに、自分が立てている音だけでなく、相手と会っているカフェなどでBGMが流れていたらもちろんそれもあなたの印象に影響を与えます。スマホの着信音もあなたを表現します。予想外の昭和懐メロやアニメの主題歌などが流れてきたら、それまで築いてきたイメージが台無しです。
靴選びのポイントは「靴音」?
あなたは普段、どのような基準で靴を選んでいますか?流行、ブランド、値段、デザイン、色、歩きやすさ、ヒールの高さ。これからはそれだけでなく音も加えてみてください。靴は、種類によって音が変わります。サンダルはペタペタという音、ミュールはカッカッと高く鋭い音が、ブーツはガッガッと硬い音が響くこともあるでしょう。人前に出るときは、ヒールの音で靴を選びましょう。
靴音はプレゼンテーションや会議の場で「爪痕を残す話し方」ができるようになる強い味方。なぜなら、靴音が第一印象を左右するからです。
あなたが人前でスピーチやプレゼンをすることをイメージしてください。聞き手が最初に聞く音は何でしょうか。あなたの声ではありません。そう、最初に聞く音は靴音なのです。あなたが演台へと歩いたり、前へ出たりする時の靴音です。どんなに話すときに堂々とした大きな声で話そうと思っていても、その前の靴音がペタペタと頼りない音であれば印象操作を失敗していると言わざるを得ません。第一印象は靴音に左右されるのです。
音はヒールの素材や高さ、太さで変わります。ビジネス場面のおすすめは、ヒールの高さが5~7センチの靴。コツコツと、優雅で自信のある音を立てることができます。聞き手の注目を足音であつめ、地声で話し始めれば、そのあと話す内容への信頼性が高まります。特にその他の登壇者が男性ばかりのときは、印象づけるチャンスです。男性のビジネス靴は女性に比べて種類が少なく、音が似通っているからです。
もちろん、この戦略は床が絨毯のときには残念ながら使えません。床や演台が木製なのか、じゅうたんなのかなど事前会場の下見をしておくことで効果的な音も仕込んでいきましょう。
問題は、音の良い靴と、歩きやすい靴の両立ができることが少ないこと。私も講演会場まで音を優先した7センチヒールで出かけたものの、足が痛くて本番中、話に集中できなかったことがあります。帰路は、たまらず靴をぬいでストッキングで歩いてかえりました。こんな情けない目にあわないように、会場入り直前にはきかえることをお勧めします。荷物が増えて面倒だと思うかもしれません。しかしそのひと手間こそが、その他大勢とあなたを区別するのです。頑張りましょう。
自分が立てる音を味方にする
日常で自分が立てる音を味方にしたら、さまざまな場面で効果を発揮できます。
ここでは、3つご紹介しましょう。
注目を集める
話が単調になりがちでメリハリをつけたいとき、注目してほしいところで音をたてる方法。
■会議の時
① 「…というように、現状は売上が減ってきています」
②パンッと1回拍手
③聞き手がはっとして注目する
④ 「そこで提案です」(大きめの声で言い切る)
⑤大事なポイント(ここでは提案内容)を話す
■壇上でプレゼンをする時
① 「…とデータが示すように、お客様のニーズは年々多様化してきています」
②ヒールでカンッと音をたてる
③聞き手がはっとして注目する
④ 「そこで今回わが社が新しく始めるサービスがこちらです」(大きめの声で言い切る)
⑤大事なポイント(ここでは新サービス詳細)を話す
このように②で音を立てたあとは、静かに参加者を見渡してから話すことを心がけてみてください。数秒間の「間」が、相手の注目を集め、話す内容への興味を引き出します。
期待を高める
個人事業主の方や、自由度の高い会社なら、プレゼンテーションが始まる時間まで小さくBGMをかけてみるのも効果的です。場が温まり、「これから始まる」という期待感を高められます。
外で打合せをするときは、その店にかかっているBGMにも注意しましょう。選曲でセンスを伝えたり、緊張感や高揚感に一役かってくれたりすることもあります。
緊急性を伝える
今の状況を周りの人たちに伝えるためにも、音は使えます。たとえば、忙しいから話しかけてほしくないときは、ボールペンを押すカチカチという音や、キーボードをたたく音を活用してみましょう。早い音は緊張感を高めます。通常より早く、大きい音を出すことで焦りを表現したり、話しかけないでほしいといった、言葉では言いにくい感情を伝えたりすることができます。
疲れていることをアピールしたい場合は、歩くスピードを落とし、とぼとぼという弱い足音にする。資料はゆっくりと音を立てずに置くなどの動作は、元気がない、疲れていると推測してもらえることでしょう。
NHKでキャスターを務めていたときにアナウンサーの上司からこんな指導をうけたことがあります。
「どんなに原稿を受け取るのが本番ぎりぎりになったとしても、走ってスタジオに入るのはやめなさい」。なぜなら、本番直前に走ったとしたら、慌てたような声になってしまうからです。いつもより浅い呼吸や高めの声です。こうした話し方はなにか重要な緊急性が高いニュースを伝えているのかと誤解を与えかねません。
堂々と落ち着いた印象を与えたいときは、どんなに急いでいても走らない。反対に、緊急性を伝えたいときは、急いでいなくても、ヒールの音を立てながら走って伝えに行きましょう。

舞台は自分でつくる
自分の話はきちんと伝わっているのか。誰もが少ながらず不安に感じたことがあることでしょう。相手に「伝わった」という感覚は、自分の意図した表現をためした結果、想定した反応が起きると体感できます。今回お伝えした音の工夫は、とくにこの体感を得られやすいスキルです。人前で話すということは日々が実験のようなものです。この靴をはいてプレゼンしてみたらこうなった、こちらの靴ではこうなった、と実験を繰り返すのです。どんな音や声なら想定した反応が起きるか楽しみながら試してみましょう。
ある女性役員のクライアントは、人前に出るたびに緊張してしまうためなるべくプレゼンなどを避けているという方でした。しかし、三か月のトレーニングを終えた今では、人前で話す機会を心待ちにしています。なぜここまで変わったのか。それは「伝わった」という感覚を体験したからです。
事業計画についてプレゼンをしていたときに、つまらなさそうにスマホを触りながら聞いていた人がいたそうです。そこで靴音でメリハリをつける作戦をためしたところ、相手がハッとした表情でこちらを向き、そのスマホでスライドの写真をとったのだそうです。そして配布資料にメモを取りながら真剣に聞き出したという経験をしたとのこと。聞き手が興味を持ってくれた、「伝わった」瞬間を目撃したことで、なんともいえない達成感を得たそうです。以来、今度はどこで音を仕掛けようかと作戦を考え、「伝わった」瞬間を目撃するのが快感となってしまったそうです。
相手に伝わった成功体験は、体験すればするほどスキルが上達していきます。自分が得意な必殺技も見つかります。まずはなにかひとつを選んで、自分が立てる音をコントロールすることを楽しんでみましょう。それが、「爪痕を残す話し方」につながっていきます。
次回は「信頼性を身につけるための3つの身体表現」についてお伝えします。
写真/Canva
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この記事を書いた人

- 「好きや得意」を仕事に――新しい働き方、自分らしい働き方を目指すバブル(の香りを少し知ってる)、ミレニアム、Z世代の女性3人の編集部です。これからは仕事の対価として給与をもらうだけでなく「自分の価値をお金に変える」という、「こんなことがあったらいいな!」を実現するためのナレッジを発信していきます。