ビジネスアイデア地方創生には移住が必須じゃない! 元商社マンが説く「住まない地方貢献術」とは
大手商社に勤めていた20代のころ離島への移住にあこがれ、移住先選びを兼ねた観光で北海道・利尻島を訪れた大路幸宗(おおじ・ゆきむね)さん。そこで昆布の奥深い魅力に心を奪われ、地方の魅力を世界に伝える「文継」を起業に至りました。
ただ、現地で空き家を買った今も「移住する予定はありません」と東京に拠点を起き続けています。大路さんは、地方に移住しないからこそできる貢献があるといいます。
コロナ禍で人気の地方移住には魅力とデメリットが混在
東京での窮屈な暮らしに嫌気がさし、地方移住にあこがれる――。大路さんもかつては、そんな若い会社員の一人でした。しかも志したのはただの地方移住ではなく、離島暮らしです。
見渡す限りの海に抱かれた、人情あふれる緑豊かな島へ。思わず「Dr.コトーかよっ」とつっこみたくなるような夢を抱いた大路さんは、休みの各地の離島を訪れるツアーに積極的に参加していました。
「本当に移住先を探そうと思っていたんですよ……当時は」
近年は地方への移住が人気です。コロナ禍の影響もあり、総務省の調べで2020年~2021年上期の1年半に東京から地方に移住した人が、その直前の1年半に比べて約4万人も増えたことが大きなニュースになりました。
地方移住の魅力といえば、自然豊かな環境で暮らせることや通勤ラッシュのストレスから解放されること、少ない負担で広い家に住めること、物価が安いことなどが挙げられます。子育て世代は子どもをいい環境でのびのびと成長させたいという思いが、ベテラン世代は老後に備えて終のすみかを見つけたいといった思いが強いようです。
また、都会で身につけたスキルを地方創生や地域の活性化に生かせるという仕事や生き方に魅力を感じる人も増えています。自分の力で地方の魅力を引き出し、輝かせたいという思いで地方に移住したり、故郷にUターンしたりする生き方は、都会暮らしにはないやりがいを感じさせてくれます。
一方で、鉄道網が整備されていない、商業施設が少ないといった都会とは全く違う生活の不便さや、地方ならではの濃厚な人間関係へのストレスといったデメリットも指摘されます。実際、一念発起して移住してみたものの、これらのマイナス面から地方になじめず、結局は都会に戻ることになったり、また別の移住先を探さざるを得なくなったりといったケースも少なくありません。
先の総務省のデータでも、東京都から移住した4万人の転出先は神奈川県、埼玉県、千葉県といった都心へのアクセスが良好な地域が上位を占めています。大路さんが出会った北海道・利尻島は、そういう意味ではかなりハードルの高い移住先であることは間違いなさそうです。
地元の人が知らない島の魅力 「外の人目線」の大切さ
ツアーで訪れた利尻島で、大路さんは地元漁師の小坂善一さんと知り合います。「7~8月の昆布漁の時期に、昆布を天日で干すための人手が足りない」。小坂さんからそう相談された大路さんは、自身が卒業した京都大学の学生を、夏休みのアルバイトとして島に呼び込むというアイデアを思いつき、人手不足を一気に解決に導きました。これを機に大路さんは、島の人たちとの信頼関係を強めていきます。
「島のおばあちゃんは『えっ、なんでこんなに若い子が?』なんて驚いていますが、島には地元の人が気づかない魅力があります。僕自身も、その魅力にどんどんはまっていきました」
中でも大路さんが魅せられたのが、島の人々を人手不足で困らせていた昆布そのものでした。高級食材として人気の利尻島産昆布の多くは、採ったその年や翌年のうちに消費されてしまいますが、一部の高級料亭などでは3年熟成の昆布が珍重されています。
「ところが島の人たちは、昆布蔵の中で5年、7年と熟成させた昆布を使っていました。その出汁があまりにもおいしくて、調べてみたところ昆布は熟成させ続けると10年目でうまみ成分がピークになるという研究結果を見つけたのです」
「利尻産昆布の、そして利尻島の魅力を世界に伝えたい」。大路さんは初めて島を訪れた5年後の2022年1月には、10年熟成昆布の魅力を世界に伝えるため勤めていた会社を辞め、自身の会社「文継」を興すことになります。まさに、運命の出会いでした。
そんな島の魅力、そして昆布の奥深さに惹かれていく一方、大路さんの中にはどこか冷静な目線もありました。
「僕は島の外から『来た人』だから、島の人たちは気づけなかった様々な魅力に気づくことができましたし、かつて京都に住んでいたから学生を呼び込むというアイデアも実現できました。いわばビジターだからわかること、できることがあると気づいたんです」
「島のことは島の人で」 敢えて住まないメリット
ビジネスの面でも、次第に「移住しないことのメリット」を感じるようになったといいます。「例えば昆布を買い付けるにしても、島の外から来た僕ではうまくいきません。様々な調整も、僕ではなく小坂さんがやったほうがいい。島の中のことはすべて、島の人である小坂さんにお任せする。そして僕は、島の外で熟成させた昆布の魅力を伝え、商社マンの経験を生かして世界中に昆布を売る。そういう役割分担がベストだと考えるようになりました」
島の人になりきるのではなく、あくまで「外の人」として島のために働くことが、自分ができる最大の地域貢献だと気づいたのです。
地域貢献や地方創生という文脈は、移住とワンセットのものとして語られることが多いのですが、大路さんが見つけたのは「住まないからこそできる貢献」ともいえる手法です。先述したように、地方移住には様々なデメリットもつきまといます。本人の思いと、家族の思いにずれが生じることもあります。そういったマイナス面を避けつつ、地域貢献というやりがいを感じられる道があるなら、より多くの人材が地方のために働けるはずです。
もちろん、大路さんは島のことが大好きなので、島で暮らすために空き家だった一軒家も購入しました。特に夏場は長い時間を島で過ごしていますが、家族が住む自宅は現在も東京に置いています。
「全国を飛び回るためには、やはり交通の便がいい東京に拠点を置いた方が効率的です。利尻島にだって、東京からなら、朝羽田を出発すれば昼過ぎには着いちゃいますから」
島のお金は奪わない…「外の世界にパイを作る」
ビジネスの面で、大路さんがこだわっていることがあります。それは、「島からお金を取らない」ということです。実際、大路さんは小坂さんの漁業法人「膳」のCSO(戦略担当責任者)を務めていますが、報酬は受け取っていません。
「お金はいらないとか、ボランティアで何かをやるということではありません。僕も会社を辞めてこの道で生きていくわけですから、お金は当然必要です。ただ、島という限られたパイから、僕が奪っていくことはしないと決めています。島で稼ごうとすると、自治体から補助金やコンサル料を得る『補助金ビジネス』のような形になってしまいます。僕はあくまで、島の外に新しいパイを作って、それを自分の利益にしたいと考えています」
島からお金をもらうのではなく、利尻昆布の商品価値を最大限に高めて国内外に売ることによって、自身の利益を得ることを目指すーー。大路さんは「十年物昆布」を世に出すため、昆布の貯蔵を始めました。長い年月、熟成を重ねて価値を増す。思い描くのは、ウイスキーのようなビジネスです。
「たとえば子どもが産まれたときに昆布を買ってもらって、我々の蔵で熟成させて、10歳になったときに家族で味わえる。そんな商品もおもしろそうですよね」
「外の人」ならではのアイデアは、今日も止まりません。
大路幸宗(おおじ・ゆきむね)
株式会社「文継」代表取締役、利尻島の漁業法人「膳」CSO。京都大学文学部日本史学専修卒業後、三菱商事に入社。宇宙航空機部、ワシントンD.C.駐在、スマート農業などを手がける社内ベンチャーのスカイマティクス出向・転籍などを経て独立起業。石川県能登半島にある明治創業の鍛冶屋「ふくべ鍛冶」特別顧問や五島の織物工房「しまおう」の営業本部長も兼任。社名の「文継」は、「22世紀に日本文化を継承する文化商社」という意味を込めた。静岡県出身。