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額賀澪のメシノタネ小説家とブリオッシュ――ドラマの「原作者」になったら

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小説家・額賀澪が「好きなことを仕事にする人たち」をテーマに書き下ろすエッセイ「メシノタネ」。#07のテーマは、クリエイターや作家が互いの仕事をリスペクトしながら良いものを生み出すために必要なこと。

プロフィール

小説家額賀澪

1990年、茨城県生まれ。東京都在住。日本大学芸術学部文芸学科卒。広告代理店に勤めた後、2015年に『屋上のウインドノーツ』で松本清張賞を、『ヒトリコ』で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。その他の著書に『タスキメシ』『転職の魔王様』などがある。

私の1日は朝10時に始まる。朝ごはんを作るのはルームメイトの黒子ちゃんで、その日の献立はブリオッシュとベーコンエッグとコーンスープだった。

ブリオッシュは神楽坂にある洋菓子店「Aux Merveilleux de Fred」で買った。メレンゲ菓子のお店なのだが、ここのブリオッシュがとにかく美味しい。

バターと玉子をたっぷり使ったブリオッシュは、真ん丸のドーム状に焼き上げられている。表面はパリッと、中はふんわり。重たくないのにずっしりしている不思議な食べ応えのパンだ。

このブリオッシュ、黒子ちゃんもとても好きで、私が神楽坂に行く予定があると必ず「ブリオッシュ買ってきて!」と言う。

だからこそ、かもしれない。

「行儀が、悪い……」

ブリオッシュ片手にPCから目を離さない私に、黒子ちゃんはずっと苦々しい顔をしている。

「こんな美味しいものを食べているのに、メールしか読んでない」

「しょうがないでしょう、PCが目の前にあるんだから」

我が家は私の仕事部屋兼寝室がリビングなので、食卓は私の仕事机でもある。朝食と夕食の時間は、私にとってメールチェックの時間でもあった。

「それに、ちゃんと味わってるよ。ブリオッシュ美味しい、ベーコンエッグ美味しい、コーンスープも美味しい。君は料理が上手だよね」

「スプーンをくわえたままメール打たない方がいいですよ。あとパンクズがぼろぼろ落ちてます」

パンクズを布巾で拭いたところで、新しいメールが1本届いた。

「うわ、届いたよ。ドラマ『転職の魔王様』の最新話」

私がPHP研究所から刊行している『転職の魔王様』が7月から放送されているのだが、毎週月曜夜10時の放送の数日前に、完成したドラマの映像が届く。

ベーコンエッグとコーンスープを平らげ、甘いブリオッシュを頬張りながら、ドラマの最新話を見た。

このエッセイが公開されるのは(恐らく)9月なので、ドラマも終盤に入っている頃だろう。

現時点で最終話の脚本が無事完成しているので、ドラマに関して私の仕事はすべて済んでしまい、心置きなく放送を楽しめばいいという状況である。

冷めても香ばしいブリオッシュを片手にドラマの最新話を楽しみながら、ドラマ化が決まったときのことを思い出した。

最初に映像化の打診が来たのは随分前なのだが、正式に決まったのは2022年8月末のことだった。

すでに本として刊行されていた『転職の魔王様』に対し、ドラマとしてこういう脚色をしたい、こういう膨らませ方をしたい、という話をいくつかいただいて、それらすべてに「ドラマとして面白くなるならいくらでもやってください」と返事をした。

自分の作品を他者に「ご自由にどうぞ」と手渡すことを危惧する作家も、もしかしたらそれによって「『ご自由に』なんて言わなきゃよかった」という経験をした作家もいるのかもしれないが、私は基本的に「餅は餅屋」の精神で仕事をしている。

ドラマ化に関しても、「ドラマを作っている人が一番いいと思う形で作ってほしい」と考えて『転職の魔王様』をお預けした。

そこには、かつて広告代理店で働いていた影響があるのだと思う。

私は代理店で制作職に就いていたので、営業と共にクライアントと打ち合わせし、デザイナーやカメラマンやライターを集めてチームを作り、広告を無事完成させて納品するのが仕事だった。

大きなものから小さなものまでいろいろなトラブルを経験したが、あるあるだったのは「こちらが想定していた仕上がりのものがデザイナーからあがってこない」というものだ。

「打ち合わせの内容と全然違うじゃん。何だこのデザイン、意図がわからん。なんでこんなものができてしまったんだ……!」

自分のデスクで頭を抱える私に、同じ制作の先輩がこんなアドバイスをくれた。

「デザイナーから変なものがあがってきたなら、それはディレクションした額賀のミスだよ。能力のない人を選んだ額賀のミス。その人が力を発揮できないジャンルの仕事を振った額賀のミス。その人がいいものを作れないような打ち合わせ、素材の提供をした額賀のミス。そういうチームを作っちゃった額賀のミス。ぜーんぶ額賀のミスさ!」

喪黒福造みたいにドーンと私を指さした先輩の言葉は、その後、作家デビューしてからもよく思い出す。

本を1冊作るのにも、デザイナー、イラストレーター、カメラマンなど、多くのクリエイターが関わっている。

「今回の本は装幀をデザイナーの○○さんに、装画をイラストレーターの××さんか△△さんにお願いしようと思うんですけど」

担当編集からそう相談されたら、名前があがった人の作品集を舐めるようにチェックする。

どういう作風で、どんなジャンルが得意で、これまでどんな作品に携わってきたか、どんなポリシーで創作や仕事をしている人か。ネット上にその人のインタビューが掲載されていたら、必ず目を通す。

そのうえで「この人の作品なら、どんなものが出てきても大丈夫だと思える」という人に、装幀や装画を依頼してもらうようにしている。

できあがったものが自分の思い描いたものとちょっと違ったとしても、「この人が熟考の末に作り出したものなら、間違いはない」と思えるように。

要するにそれは、ジャンルは違えど「モノを作っている人間を信じたい」ということなのだと思う。

結局私が広告業界を離れたのは(作家業が忙しくなってしまったのもあるけれど)、モノを作っている人間にリスペクトを欠いた対応をせざるを得ない瞬間があることに耐えられなかったからだ。

代理店やクリエイターを本当に軽々しく扱うクライアントにも遭遇する。おみくじで大凶を引くみたいに、とんでもないモンスターと遭遇することもある。

クライアントの無茶な要求を実現するため、「ごめんなさい、埋め合わせは必ず……」と同じチームのデザイナーやカメラマンに頭を下げて、無理を押し通してもらう。でも、本当に埋め合わせができることなんてほとんどない。私が依頼した仕事のせいで体調を崩した人もいたはずだ。私に見せないようにしていただけで。

無茶を押し通すのも含めてこの業界の仕事――と、多くの人間が割り切っている中、私はそこを割り切ることができなかった。

なので、せめて作家としては、どんな形であれモノを作っている人間に対し、最大限のリスペクトを持って仕事したいと思っている。

デザインのことはデザイナーに、イラストのことはイラストレーターに、写真のことはカメラマンに、そしてテレビドラマはテレビドラマを作っている人々に。

自分のキャリアに汚点を残そうと仕事をするクリエイターなどいないのだから、誰もがそれぞれの場所で最大限にいいモノを作ろうとしている。

モノづくりに生きる人々の善良さみたいなものを、私はどこまでも信じたいのだと思う。

今後、それで痛い目を見ることがあったとしても、だ。

ドラマの最新話を見終えて、つくづくそんなことを考えた。

いやあ、しかし、毎週すごく面白い。ドラマとしての膨らませ方に毎度毎度舌を巻いて、その都度、少し悔しいとも思ってしまう。原作者として素晴らしい体験させてもらっている。

やっぱり、餅は餅屋が一番いい。

1日のうち16時間くらいを過ごす仕事机

額賀澪新刊「青春をクビになって」

この記事を書いた人

額賀澪
額賀澪小説家
小説家、ときどき大学講師。 青春小説やスポーツ小説をよく書きます。強み:面白いと思ったら何でも小説にしたがること、休みがいらないこと。弱み:小説にしても面白くなさそうなものに興味が湧かないこと。

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