哲学者・苫野一徳による実践哲学対話会議の悩み「いいアイデアが出ない」「話がまとまらない」は、「哲学対話」で解決する?
世界が注目する「哲学対話」。哲学のフィールドには収まりきらない有用性を体験しました。「哲学対話」から得られる[共通了解][本質定義]は人間関係やビジネスの課題を解決してくれる福音?「癒し」からわかった私たちの驚くべき「認識のズレ」が意味するものとは?
プロフィール
熊本大学准教授苫野一徳
経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか、全国の多くの自治体・学校等のアドバイザーを歴任。著書は『親子で哲学対話』『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)など多数。
目次
コミュニケーションエラーの原因は「認識のズレ」
哲学対話は 2400 年前のソクラテスの頃から続いてきた営みです。かのソクラテスはさまざまな人と対話をしてきました。哲学対話は、まさに哲学の営みそのものなのです。しかしある頃から、哲学は一部の専門家の間でのみ実施されるようになってしまいました。哲学をもう一度、一般の人たちの間で実践していこう。哲学対話は、今日、そんな思いを持つ人たちによって世界各国で実施されています。
「哲学対話」は、文字どおり哲学的なテーマをめぐる対話のことです。中でも「本質観取(ほんしつかんしゅ)」と呼ばれる哲学対話は、みんなができるだけ深く納得できる、物事の本質を言葉にしていく営みです。
「愛の本質とは何か?」「教育の本質とは何か?」
そのような事柄の本質を明らかにしていくのが本質観取です。そこで実際に、哲学者で熊本大学准教授の苫野一徳(とまの・いっとく)さんの哲学対話に参加してみました。参加して気づいた点は2つ。
1.私たちは微妙な「認識のズレ」を抱えたままコミュニケーションをとっている
2.哲学対話によって、「認識のズレ」をすり合わせ、解像度を高めていくことができる
哲学対話の魅力は、意見を闘わせるのではなく、お互いの深い納得をさぐることが対話の目的なので、参加者は自分の意見を変容させ、より良い納得解を見つけるプロセスをたどります。
哲学対話の方法
ファシリテーターを決める
哲学対話の進行をつとめる司会者のことを「ファシリテーター」といい、とくに哲学対話では、ファシリテーターの役割が重要となります。ファシリテーターの役割は、参加者が対等な立場で、安心して自由に対話ができる場を作ること。また参加者の意見を受け止め、問いの理由や前提をさらに問い直したり、対話がテーマから横ズレをした際は、本質に戻るよう促したりもします。
「哲学対話」で準備するもの
目的や場所に応じて飲み物やお菓子、ホワイトボードなどを使うと、うまく対話を進められます。
飲み物とお菓子
参加者にリラックスしてもらうため、飲み物やお菓子を準備します。カフェや喫茶店で開催する場合は必要ありませんが、会議室で行う場合、事前に飲み物やお菓子などを用意するといいかもしれません。
ホワイトボード
対話の流れを記録するためにホワイトボードを準備。ファシリテーターとは別に板書係をあらかじめ決めておきます。ホワイトボードには参加者が話した内容を書き留めていきます。ホワイトボードに記録するメリットは、参加者が対話の流れを把握しやすくなること。
会場
会場は、参加者全員がお互いに顔が見えるように机や椅子を設置するのがポイント。机と椅子がなくても車座になれるといいでしょう。
「哲学対話」の進め方
哲学対話とは「本質観取」のことです。
テーマの候補を決める
テーマは「○○とは何か」という形にし、つぎの 3 種類から話すテーマを決めます。
・感情:不安・怒り・懐かしさ・恋、など
・事柄:教育・芸術・企業、など
・価値:正義・道徳・美・よい教育、自社の企業理念など
テーマもメンバーで決めるとよいでしょう。順番にテーマを挙げてみんなで何について対話するかを決めます。初心者が扱いやすいのは「感情」のテーマです。自分自身のありありとした「感じ」を手がかりに対話することができるからです。
わかりやすくすると下記のような図になります。
「哲学対話」をやってみた
参加メンバー:男女 4 名
ファシリテーター:苫野さん
板書担当:Iam 編集部
場所:Iam 会議室
テーマは「癒しとは何か?」
生活の中で感じた疑問や身近な出来事からテーマを立てます。
候補に上がったテーマは以下の6つ。
・優しさ
・癒し
・お金
・承認欲求
・切なさ
・自己肯定感
話し合いにより「癒しとは何か?」に決定しました。
哲学対話のコツ1 「癒しの本質がわかるとどんないいことがあるか?」
苫野:「癒しの本質がわかると、皆さんにとってどんないいことがありそうか、まずそれぞれ聞かせていただけますか?」
A さん:「子育てをしていて、仕事もフルタイムで働いているので、自分の時間が少ないのが悩みです。睡眠やお風呂などのわかりやすい体力回復はできますが、癒しの時間をあまり取れません。癒しの本質が分かると、自分にとって必要な癒しはどんなものなのかが分かる気がします。」
B さん:「自分自身がリラックスするというのが癒しです。めちゃくちゃ疲れているときに普段可愛いと思わない 100 均のキャラクターを見ると癒され、これも癒しなのかと思いました。癒しとリラックスは一緒なのかなということを知れると、面白いかなと思います」
【ポイント】「癒し」と「リラックス」の比較
本質観取をする時に、「似たような言葉と比べて何が違うのか? 何が一緒なのか?」を考えるのは一つのポイントです。「癒し」と「リラックス」は一体何が違うのか、それともほぼイコールなのか。その辺も掘っていくと、「癒し」の本質がより浮かび上がってくるはずです。
哲学対話のコツ2「リアルな体験や感覚を出し合う」
苫野:「では。これが私にとって「癒し」だと思われる事例を挙げていきましょう。」
A さん:「子供の寝顔は間違いないですね。寝かしつけるのがしんどかったのに、寝顔を見たら癒されるんです。起きているときはしんどいと思いますが、寝ているときはかわいいだけの存在ですね」
B さん:「私パンダや白熊とか大きい動物が大好きです。モフモフしたものに抱きつくのが好きなんです。恥ずかしいですけど、旦那さんが大きくて熊みたいな体型。モフモフしたフリースを着ている旦那さんに抱きつくと本当に癒されます。」
C さん:「お酒やサーフィンが僕とっては癒しです。結構明確に癒しとオフは近いところがあります。遠いところで海に入って浮かんでいる時、何か僕にとっては凄い癒しっていうのかな。非日常みたいなのが僕にとっての癒しですね」
D さん:「温泉入って、帰るときの帰りの車で『癒された』と言いますね。そういうときによく使います。美味しいごはんを食べられて、何もしなくていい。アトラクションとか遊園地に行って『癒された』とは言いません」
哲学対話のコツ3「具体的なキーワードを抽出」
事例が出てくると、いくつかの本質的なキーワードが見えてきます。本当に本質的な言葉であるかどうかは、最初に挙げた事例に立ち戻りながら確認していきます。
今回は、「かわいい」「緩む」「オフ」「自由」「安心感」といったキーワードが見えてきました。
かわいい
全ての癒しに「かわいい」があるわけではないかもしれません。「かわいい」じゃなくても癒されるも
のもあります。
緩む
ピンと張ったものが緩むのが「リラックス」。「緩む」は癒しの中に必ずありそうです。「緩む」は外せません。
オフ
オフの時に「癒し」を感じられるのは、やはりそこに「緩む」があるから。より本質的なのは、「オフ」という言葉より「緩む」なのでは。
安心感
癒されている時には確かに「安心感」があります。それは「ホッとしてゆとりができた」安心感。やはり「癒し」のど真ん中には「緩む」がある感じがします。あと「ゆとり」も重要なキーワードであることが見えてきました。
回復
癒しには「回復」の意味もありそうです。でも、回復とは傷付いたものが元に戻ること。「癒し」という言葉には、必ずしもそこまでの重篤さはないような感じもします。やはり「緩む」や「ゆとり」くらいのキーワードがぴったりかも。
哲学対話のコツ4 「本質定義を言語化する」
抽出したキーワードから本質定義を文章にしていきます。対話を重ねた結果、
「癒しとは、気が張った状態が緩んでゆとりが得られること」
となりました。
単に緩んだだけではなく、そこにゆとりや余裕ができたときに「癒し」が発生するのです。言葉を補足していくと、「癒し」には「受動性」「刹那性」などの特徴があることも見えてきました。
癒しとは、積極的に取りにいくというより、受け身になってふと与えられるもの。また、「回復」のように完全に治癒するというよりは、刹那的な緩みとゆとりのことを私たちは「癒し」と呼んでいるのではないか。そんなことも話し合われました。
【ポイント】言葉をチューニングする
「癒しとは、気が張った状態が緩んでゆとりが得られること」という今回の本質観取の結論は、参加した誰もが深く納得のいくものでした。「緩み」と「ゆとり」が、マッサージで得られる場合もあれば、猫動画で得られる場合もある、ということですね。
* * * *
実際に哲学対話をして分かったことは、「癒し」という非常に使用頻度の高い言葉でも、それぞれがもつ定義は千差万別。
「癒し」というテーマを仕事の会議やミーティングでの議題に置き換えると、メンバーが異なった認識のまま会議が進んでいるということが実感できます。
ビジネスの場においては、コンセプトや方向性といった重要なキーワードの認識や前提を一致させることができる有用な手段ではないでしょうか。
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この記事を書いた人
- 「好きや得意」を仕事に――新しい働き方、自分らしい働き方を目指すバブル(の香りを少し知ってる)、ミレニアム、Z世代の女性3人の編集部です。これからは仕事の対価として給与をもらうだけでなく「自分の価値をお金に変える」という、「こんなことがあったらいいな!」を実現するためのナレッジを発信していきます。