コミュニケーション

通信簿には「友達をつくりましょう」−引きこもり、コミュニケーション苦手でも自主製作映画。“金なし、コネなし”でも人を巻き込む方法

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「知名度なんてない」「知人・友人も多くない」「コミュニケーションも苦手」。だけど、「好きを仕事にするためには多くの人たちの協力が必須」という人に試してみてほしい“岸本さん流:人々を巻き込む極意”。

プロフィール

映画監督岸本景子

1979年大阪府出身。監督作として『ある夏の送り火』『家族の肖像』などがある。家族の喪失と再生というテーマを中心に、地域に根ざした映画制作に取り組む。また、子ども向けの映画ワークショップを行ったり、大人の映研部を立ち上げたりなど、映画の裾野を広げる活動もしている。

「知名度なんてない」「知人・友人も多くない」「コミュニケーションも苦手」。だけど、「好きを仕事にするためには多くの人たちの協力が必須」という人に試してみてほしい、元ひきこもりの映画監督・岸本景子さんの人を巻き込む極意とは?

「小学生の時には通信簿に『友達をつくりましょう』と6年間書かれ続け、さらにはパニック障害を発症、30代までひきこもりだったんです」

そんな岸本さんも現在では、制作スタッフや俳優をはじめ、ロケ地のさまざまな人々の協力を得て、自主製作映画をつくり、全国各地で上映会も開催しています。

協力者を“味方やファン”へ。その1人ひとりからつながりを派生させていく

人を巻き込んで仕事をしていかなければならない場合、味方やファンといった応援してくれる人の存在は欠かせません。岸本さんの場合、映画をつくることになったら、まずは協力者を探すところから始まります。映画『ある夏の送り火』では個人で街の病院を借りて撮影するのは難しいと思っていたところ、相談に乗ってくれて、実現に向けて働きかけてくれたのは、地域の自治会長でした。

その自治会長も最初から応援してくれていたわけではありません。一度は「映画製作について、よくわからないから協力できない」と断られました。それが2回、3回と訪問して対話を重ねるうち、少しずつ話を聞いてもらえるようになったと振り返ります。

どうして、全面的に応援してくれるようになったのでしょうか。そこまでファンになってくれたのでしょうか。岸本さんが起こした行動から、次のようなポイントが見えてきました。

 ①何度も通って対面で話すことで、言葉以外からも思いを伝える
 ②ぶれない思いの軸を持つことが、信頼を得るためには欠かせない
 ③自分の実現したいことと相手の“共通点”を見出し、相手にとっても“自分事”にしてもらう
 ④相手にとっても想像しやすい、いい未来を見せられれば、前に進む力になる
 ⑤関わる人へのまなざしはフラットに。苦手な人でも知ろうとすれば、味方に変わるかも?!

この5つのポイントについて、1つずつ見ていきます。

①何度も通って対面で話すことで、言葉以外からも思いを伝える

岸本さんは“対面して話すこと”を大切にしています。

初回だけは対面で、2回目以降は「遠方なら郵便でも。電話で済ませられるなら、電話でもいいんじゃないの?」と周りからは言われたそうですが、「大阪府から香川県まで週に3往復したこともあります。費用もありませんから車中泊したりして」と岸本さん。

そこまでして対面にこだわるのには理由があります。以前、協力を募るために訪問した先々で「協力できない」と断れて続けたことが。自分の「こうしたい」という欲が出すぎていたと反省し、再び訪問すると一瞬は「また、あんたか」となったものの、後から「以前と違って見えたから、話を聞いてみようと思えた」と言われたそうです。

対面だからこそ、雰囲気や態度、その場で生まれるやりとりなどがあり、言葉以上に雄弁に語ってくれることがあります。

②ぶれない思いを持つことが、信頼を得るためには欠かせない

1度だけではなく、何度も説明して協力を募っていく必要がある場面も往々にしてあるものです。そのたびに、話すことがコロコロ変わっていたら、信頼なんて得られません。ぶれない思いを持っていることが大前提です。岸本さんは、自分自身でも途中で見失わないように、「どうして、この映画をつくりたいのか? 何を実現したいのか?」と常に自問自答を繰り返していると言います。

③自分の実現したいことと相手の“共通点”を見出し、相手にとっても“自分事”にしてもらう

自分の思いを伝えるだけではなく、「あなたも、こんな課題に直面したことがありませんか?」と相手にも問いかけるようにしているそうです。

たとえば、「映画『ある夏の送り火』は母親が、亡くなった娘の死と向き合うストーリーでした。私も祖母の死と向き合いきれなかったので、同じようにそういった葛藤を抱えている人がいるのではないか・・・そんな思いからの出発点です。自分の体験もオープンに話した上で、『そういったご経験はありませんか?』と尋ねると、『実は』と話してくださることがあって。そうやって少しずつ対話を重ねる中で、『一緒につくりましょう』となっていったんです」と岸本さん。

相手に共通点を見出してもらうことで、自分事として捉えてもらう。すると、自分とも関わりのあることだから、より深く話を聞いてみよう、応援しようという気持ちになります。

④相手にとっても想像しやすい、いい未来を見せられれば、前に進む力になる

「こうしたい」という自分の思いが出過ぎたゆえに、地元の人たちから協力を得られず、映画製作を諦めることを考えたことがあったそうです。

「40年ぶりに復活した送り火をテーマに、大切な人の死を受け入れきれない人に向けて映画をつくりたいと思ったのに、その思いより『この地域行事を世界に知ってもらえる映画にしたい』という欲のほうが前面に出てしまった時期が・・・すると、だんだんと話を聞いてもらえなくなっていったんです」

その地域行事を地元でも知っている人が少ないのに、「世界まで」とは飛躍し過ぎ。岸本さんが考えたことは「地域を舞台に映画をつくることは、その映画は私の手を離れ、その地域で生きる人たちとともに残るもの。だから、その地域の人たちにとってどうかを一番に考えなければならない」ということでした。

以降は、舞台となる地域の人たちにとって何をもたらすのかを考え、そのことを対話の中心に置いて話をするように。すると、話を最後まで聞いてもらえ、映画も無事につくることができたそうです。

⑤関わる人へのまなざしはフラットに。苦手な人でも知ろうとすれば、味方に変わるかも?!

人間ですから「この人は苦手」と思ってしまうものです。そういった人とも関わらなければならない場合、岸本さんは「どうして、私は苦手と思ってしまうんだろう? どうして、その人はまわりから“苦手と思われる状況”になっているんだろう?」と原因を考えると言います。「自分から見えているのは、ほんの一部分。知れば変わる可能性がある」ことを体験として知っているからです。

「『このまちに何にもないから、ほかで撮ったほうがいい』と話していた人が、映画づくりの過程に関わる中で、まちの人たちと出会い、知っていく中で、『まちLOVE』に変わったんです。私自身、地元にはいい思い出がなく、嫌いでした。それが縁あって各所を巡り、人々と出会う中で、自分が知っていたまちのことはほんの一部分だったんだって。むしろ、いいまちと捉え直せたことがありました」

この人が苦手に見えるのにも理由があるし、その状態になってしまったのにも理由がある。そう考えると、「この人は苦手」とシャットアウトせずに知ろうとする姿勢が生まれ、関わることができます。

無理をしない。小さなハードルから試して成功体験を積み重ね、自分のモチベーションを上げる

「自分が1本の映画に救われたように、私も誰かにとってのそんな映画をつくることができたら」の一心で、さまざまな失敗も重ねながらの今。岸本さんのご経験から、自分にできることを地道にしていくことが大切と気づきます。

岸本さんが映画をつくり始める1歩目として、当時所属していた映画サークルで「3人からの出資を得て、半年間で映画を撮ること」というお題が出たそうです。

3人から出資を得ることによって、

 ●独りよがりの視点から脱する
 ●映画をつくる時の味方やファンをつくる

といった意図がありました。

岸本さんが協力を得たのは、母親と叔母、そしてかかりつけ医だった心療内科の先生。無理をして、協力を得にくい相手ではなく、身近から説得していくことで、最初の1歩目から心を無駄に折らない。「出資を得られた」という成功体験を積み重ねることが、更なる1歩への勇気になります。この先に失敗した時にも、この成功体験がきっと心の支えにもなってくれるはずです。

自分が始められる小さなことから少しずつ始めてみることが何よりの近道かもしれません。

この記事を書いた人

小森利絵
小森利絵
趣味はお手紙を書くこと。ライターとして人物インタビューをメインに活動。強み:浅くだが、広く、いろんなことに興味を持てるほう。弱み:即時に要点をまとめる・アイデアを出すなどが苦手で、時間を要す。

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