40代からでも「なりたい自分」になる方法。心理学で効果が実証されたモノマネトレーニング

ロールモデルを決め、話し方や表情、ファッションなどを真似ることで「なりたい自分」になる。スピーチコンサルタントの矢野香さんに心理学で効果が実証されたモノマネトレーニングを教わります。

プロフィール
長崎大学准教授、スピーチコンサルタント矢野香
今、ChatGPTによって文章が自動生成される一方で、人とのコミュニケーションでは「話す力」が圧倒的に求められています。プレゼン、会議、コミュニケーションなどで「話す立場」におかれる40代キャリアに向けて、長崎大学准教授・スピーチコンサルタントの矢野香氏に専門分野である心理学・コミュニケーション論の研究とNHKキャスターの経験をもとに「爪痕を残す話し方」を学ぶ連載です。
* * *
スピーチコンサルタントの矢野香です。「話し方」はコミュニケーション能力であると同時に「ビジネススキル」です。この連載ではキャリア女性のための「話し方」、しかも好印象だけに終わらない「爪痕を残す話し方」をお伝えしてきました。最終回は、お伝えしたスキルをまとめて一度に練習できる「モノマネトレーニング」をご紹介します。私の研究室で心理学的にその効果を検証し実証された方法でもあります。
目次
「なりたい自分」になるトレーニングは「モノマネ」
この連載では、「好印象だけに終わらない、爪痕を残す人」になるためのスキルをお伝えしてきました。表情、眉の動き、声の出し方、ファッション……。これらたくさんある「話し方」のスキルを、一度にまとめてトレーニングできる効率的な方法があります。しかも、楽しみながら!
それは「モノマネ」です。ロールモデルを決め、その人ならどう話すかを想像しながら、話し方、表情、ファッションなどすべてをモノマネするだけです。いつのまにか話し方スキルが身についている、心理学研究でも効果が実証されたトレーニングです。
まず、自分が理想とするロールモデルを決めましょう。あなたが「なりたい自分」に近い人物です。自分の性別、肩書、業種と近い方がお勧めです。
たとえば、美容系のプロフェッショナルになりたいのに、金融業界で国際的に活躍するカリスマ女性をロールモデルにしても、業界で求められる理想が違うため参考になりません。同じ社内の憧れの先輩や、同じ業界で活躍されているリーダーから見つけます。少なくとも、業界は一緒にしておきましょう。
理想ですから、今の自分の肩書きや状況に近い人よりも、先を行く人、憧れの人を選びましょう。年齢が上、立場が上、自分ができていないことを達成している人、たとえば仕事とプライベートの両立をこなしている人などです。
私の場合、NHKキャスターの仕事をはじめたばかりの頃のロールモデルは、森田美由紀アナウンサー(現在エグゼクティブアナウンサー)でした。森田アナは、当時、女性で初めてNHKの午後7時からのニュース「ニュース7」を担当していた憧れの大先輩。局内でも、森田さんがニュースを読み間違えたのを聞いたことがない、と評判の「ニュースの森田」と言われた人です。
まずは形から真似ようと、大学時代からずっと肩まで伸ばしていたボブスタイルの髪を、森田アナと同じようなショートカットにばっさり切りました。本番で着る衣装も、それまでの女子アナを意識した水色やピンクのパステルカラーのスーツはやめました。森田アナと似たような色と形であるモノトーンカラーのテーラードスーツを購入しました。
そして、当日のニュースで森田アナが読んだニュース原稿を取り寄せ、放送されたニュースに合わせながら、自分も森田アナの声と一緒に読む練習を続けました。すると、声の高さ、話すスピード、どこで息継ぎをするのか、どの言葉を強調するのか、など自分とロールモデルの違いが明らかになります。ロールモデルの声と自分の声がぴったりと重なるようになるまで練習を繰り返しました。
声や滑舌など話し方のテクニック一つひとつを練習して習得するよりも、「モノマネ」ととらえたほうが、一度に習得することができます。
アナウンス研修で講師として森田アナがいらっしゃったときは、日常のロールモデルのコミュニケーション方法を知る良い機会。どんな服を着て、どんなバックをもっているのか。参加者にどんな声かけをしているのか、主催者とどんな会話をしているのか。ロールモデルの一挙手一投足を見落とすまいと、最前列でくらいついて参加した記憶があります。
もし、あなたが自分にまだ自信がないという場合は、トレーニングとして、ぜひ一歩先行くロールモデルのモノマネをしてみることをお勧めします。

お手本にするのは「意味のあるシーン」
一番注目されるのは登場するとき
ある女性お笑い芸人の方がパーソナリティを務めるラジオ番組に出演したときのこと。モノマネトレーニングに活かせそうな話を伺ったのでご紹介しましょう。
お笑い芸人の方とは、石井てる美さん。東京大学工学部を卒業しマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職したのちに芸人に転身したという異色の経歴の持ち主です。
石井さんといえば、ヒラリー・クリントン氏のモノマネ。
ぜひ今一度YouTubeで石井てる美さんの「ヒラリー・クリントン ショートネタ集」をご覧になってみてください。
特に注目は「5歩あるく間に7人の知り合いを見つけるヒラリー・クリントン」というネタ。2016年アメリカ大統領選におけるスピーチでのクリントン氏登壇シーンをもとにしたものです。
ヒラリーが聴衆の間を笑顔で手を振りながらゆっくりと歩いて登壇します。途中で大きく目を見開き誰かを指さします。歩きながらどんどん知り合いを見つけては指をさし、猛烈なアイコンタクトを送る、というコントです。
私も初めて拝見したときは、大笑いしつつも、あまりにヒラリー氏の話し方の特徴をとらえているので感動してしまいました。
笑顔、手を振るというのは政治家の常套手段です。ヒラリーはそれだけに終わらず、そこに知り合いを見つけて、親しみたっぷりに「あなたね! うれしいわ」と言わんばかりに指を指す。言葉ではなくノンバーバル(非言語)で誰でもわかるような伝え方をすることで、より自分の印象を爪痕に残すことに成功しているのです。
このヒラリーの話し方の特徴を、わかりやすくモノマネにしている石井さんに、「よくぞこの場面をとりあげてくださった! 」とお礼を伝えました。
モノマネトレーニングでは、手本からどの場面を切り取って練習するかで得られる成果が変わります。
あなたが人前に登場するときに与える印象はとても重要です。聴衆が話し手に一番注目しているのは、登場場面だからです。しかし、大勢の視線を一身に浴びながらステージに出ていくのは誰だって緊張しますよね。
そんなときの秘策の一つが、先に聴衆を見ておくこと。登場前にどこに誰が座っているか、集まっている人たちについて情報を入れておくのです。そして、登場しながら、自分の姿が相手に見えたところでしっかりと相手とアイコンタクトをとります。そして、正面に到着したら、お辞儀をする前に全体を見渡し再度アイコンタクトをとります。こうすると、聴衆からは「しっかりとこちらを見てくれる自信のある人」と思われます。その後に話すスピーチ内容に対する評価もあがるのです。
といわれても、ただでさえも緊張しているというときに、これらのスキルをすべて行うのは難しいもの。そこで難しいことは考えず、人前に出るときには「ヒラリーのモノマネ」をしながら登場するのです。これらの全てのスキルを、ヒラリーは演台まで歩いていく間に立ち止まり、聴衆としっかりとアイコンタクトをとるという方法で取り入れているからです。
石井さんはその話し方の特徴を見事に抽出して笑いに変えています。石井さんとの対談で印象的だったのは、石井さんが「私のはただの顔芸」「大げさに眼を見開くというヒラリーの真似を何も考えないでやっていただけ。そこに話し方のコツが隠されていたなんて」と驚いていたことです。モノマネは立派なスピーチトレーニングなのです。

ポイントは「数値化」「シーンの選び方」
石井さんのモノマネから私たちが学ぶポイントは二つです。
① 特徴を測定して数字にする
石井さんは一瞬の登場シーンをただ漫然とみるのではなく、「5歩あるく間に7人の知り合いを見つけて手を振る」と測定し数字に変えています。こうすることで、なんとなく真似ているのではなく、話し方として再現性あるスキルになります。
② 重要なシーンを選ぶ
第一印象を形成する大事なシーン、自分が緊張してしまいそうなシーンなど意味のあるシーンを選ぶことです。ロールモデルは、自分が苦手な質疑応答ではどうしているか、年上の社外の人に話すときはどうしているか、など自分が克服したい場面を取り上げてモノマネしましょう。
「なりたい自分」が実現した後は?
モノマネは、どんなお手本が手に入るかで身につく内容が変わります。
ロールモデルの映像が手に入る、音声が手に入る、実際に会って話ができる、などお手本の種類はさまざまです。気軽に声をかけることができる先輩がロールモデルでしたら、「勉強させてください」とお願いして、その方がスピーチするプレゼンテーションや会議を録音するのもいいでしょう。
録音を文字お越しし文章で言葉をみながら、前述の私がしたトレーニングのようにロールモデルと一緒に声に出してみましょう。どんな言葉であいづちをうっているのか、息継ぎのタイミング、質問の仕方、口癖などがわかります。
ロールモデルが身近にいないという場合は、実在しない人物でもかまいません。映画やドラマに出てくる人物をモデルにしましょう。クライアントに人気なのは、弁護士役をしているときの天海祐希さんや、北川景子さん。営業管理職役の松嶋菜々子さんなどです。
ドラマでは、スタイリストがその職業、その役職にふさわしい雰囲気の服を選んでいます。その業界におけるファッションの正解としても勉強になります。一度、自分の業界が映画やドラマになっていないか、日本だけでなく海外では制作されていないか、確認してみるとよいでしょう。
外資系の会社で仕事をしているクライアントから人気のロールモデルは、実在する著名人。
アメリカ合衆国のカマラ・ハリス副大統領や、イギリス王室のキャサリン妃、元国連難民高等弁務官緒方貞子さんが人気です。共通点は「知的な人」だということでしょう。このようにYouTubeなどで映像が手に入る人であれば、モノマネトレーニングをすることは可能です。
さて、森田アナをロールモデルとしてモノマネトレーニングをしていた私ですが、それから十年も後のこと。とある若いニュースディレクターから「矢野さんって原稿の読み方が森田さんみたいですよね」と言われたのです。思わず一人でニヤリとしてしまいました。ロールモデルに似ているねと言われたら、トレーニングが成功し自分のものとしてスキルを習得した証。卒業して、次のロールモデルを探しましょう。
この繰り返しで、いつのまにか「なりたい自分」が現実のものになるのです。この連載を読んでくださっているあなたが、次の世代にモノマネされる女性になっていくことを願っています。
写真/Canva
関連記事
この記事を書いた人

- 「好きや得意」を仕事に――新しい働き方、自分らしい働き方を目指すバブル(の香りを少し知ってる)、ミレニアム、Z世代の女性3人の編集部です。これからは仕事の対価として給与をもらうだけでなく「自分の価値をお金に変える」という、「こんなことがあったらいいな!」を実現するためのナレッジを発信していきます。