Interview
インタビュー

がん治療の「本当の目的」とは? がん研有明病院・高野利実医師に聞く「病気を治す」ということ

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ドラマや映画で描かれる「この人は治る」という医師の直感は、本当に存在するのか。がん研有明病院の高野利実医師が、がんと向き合う患者の心の葛藤に焦点を当て、医療の真の目的である「人間の幸せ」を支えるHBM(Human-Based Medicine)について語る。

鈴木英介

プロフィール

医療コンサルタント鈴木英介

1969年生まれ 千葉県野田市出身。
株式会社メディカル・インサイト/株式会社イシュラン 代表取締役。東京大学経済学部、ダートマス大学経営大学院卒(MBA)。住友電気工業、ボストンコンサルティンググループ、ヤンセンファーマを経て、2009年に「“納得の医療”を創る」を掲げ、「株式会社メディカル・インサイト」を設立。著書に『後悔しないがんの病院と探し方』(大和書房)がある。

がん患者と聞くと、多くの人が「つらくて、悲しくて、絶望的な日々」を想像するかもしれません。しかし、がん治療の最前線で多くの患者と向き合ってきた高野利実医師は、病気に対するイメージや心の持ちようこそが、その人の人生の質を大きく左右すると語ります。がんの病院・医師情報サイト「イシュラン」を運営、『後悔しない がんの病院と名医の探し方』(大和書房)を上梓した鈴木英介氏ががん研有明病院の高野利実医師に聞きました。

同じ病気でも、がんの受け止め方はいろいろですね

鈴木英介(以下、鈴木): 同じ「がん」という病気でも、精神的に苦しむ人と安らかな人がいるのはなぜでしょうか?

高野医師(以下、高野): がんそのものよりも、「がんのイメージ」に苦しんでいる人が多いのが現実です。例えば、早期がんの人でも、自分がもう「悲劇のヒロイン」になってしまったかのように思い詰めてしまうことがあります。一方、ステージ4のがんであっても、普通に働いたり、日常を過ごしたりしている人はたくさんいます。

彼らは特別にポジティブなわけではありません。ごく「普通の人」です。社会全体が「がん患者なのに」と特別な目で見てしまう風潮が、患者さんを苦しめている大きな要因だと感じています。がんがあろうとなかろうと、以前と変わらず普通に接することが大切です。これはがん教育でも子どもたちに伝えているメッセージです。

気持ちの持ち方は非常に重要です。がんの診断を受けたからといって、すべてが終わりではありません。悲観的に考えすぎると、がんのイメージに囚われ、必要以上に苦しんでしまうことがあります。がんそのものによる苦痛よりも、イメージによる精神的な苦痛の方が大きいと言えるでしょう。

鈴木: とはいえ、「不治の病」というイメージを患者さんは持ちがちだと思いますが、「治りたい」という願いに医師はどう応えているのでしょうか?

高野:私は、いつも患者さんに「治るか治らないかは、そんなに重要じゃない」と伝えています。多くの患者さんは「治してほしい」「治らないと幸せになれない」と考えがちですが、そもそも「治る」という状態を明確に定義することは難しいものです。

「治る」が身体の中からがん細胞が完全になくなることだとすると、私が向き合うのは、残念ながら「治らない」状態の患者さんの方が多いです。だからこそ、病気があろうとなかろうと、良い状態で長生きし、幸せを感じながら過ごすこと。それが医療が目指すべき本当の目標だと考えています。

「一人ひとりの、その人なりの幸せ」を目指す

がん研有明病院の高野利実医師(左)とイシュラン編集長の鈴木英介氏(右)

鈴木: 今のお話は、先生が提唱されている「HBM」につながるかと思いますが、「EBM」と「HBM」の違いは何でしょうか?

高野: 現代医療の根幹をなすのは、EBM(Evidence-Based Medicine)、つまり科学的根拠に基づく医療です。EBMは統計学的に最も多くの人が良い結果を得られる治療法を提示します。これは「最大多数の最大幸福」を目指す考え方で、決して間違いではありません。

しかし、HBM(Human-Based Medicine)が目指すのは、「一人ひとりの、その人なりの幸せ」です。例えば、「この治療法は治る確率が高いが、髪の毛が抜けてしまう」とします。患者さんが「命よりも髪の毛が大事だ」という価値観を持っていたとしたら、確率が高い治療法を押し付けるのではなく、その価値観を尊重し、別の治療法を一緒に探すのがHBMです。

「この人は治る」と医師が直感することはあるのでしょうか?

高野: 結論から言うと、それはまったくありません。ドラマや映画の世界ですね。私は、患者さんのことを診て「この人は大丈夫だ」と直感することはありません。ただ、全ての患者さんに共通して、診察の最初に「これから長いお付き合いになるのでよろしくお願いします」と伝えるようにしています。

この言葉には、二つの意味が込められています。一つは「治療がうまくいき、長く生きられるように」というメッセージです。もう一つは「私が責任を持って、ずっとそばで支えていきます」という意思表示です。この言葉を聞いて、少し安心した表情を見せてくれる患者さんもいます。

文/長谷川恵子

この記事を書いた人

長谷川恵子
長谷川恵子編集長
猫と食べることが大好き。将来は猫カフェを作りたい(本気)。書籍編集者歴が長い。強み:思い付きで行動できる。勝手に人のプロデュースをしたり、コンサルティングをする癖がある。弱み:数字に弱い。おおざっぱなので細かい作業が苦手。

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